第八章 十五、長い帰り道
第八章 十五、長い帰り道
オルレイン隊長が言った通り、午後にかかる前には出発できた。
総数は住民約百五十と、騎士八十三騎。
およそ二百七十人の内の半数近くが、第一行となった。
準備の早かった人達がこの部隊で、続いて第二行も、それほど間を置かずに出られるという。
私を先頭に、隣にオルレイン隊長が並んで行列が進む。
住民と騎士達がある程度の間隔で交互に隊列を組み、獣の横からの襲撃に備えた行軍となる。
「随分と、皆さん準備が早いのですね」
こんな夜逃げのような速度で、準備が出来るのだろうかと不思議なのだ。
王都に旅行に行くのではない。移住するのに、だ。
「ここには生活道具だけで、いわば仮の住処だったろうからな。皆、奇特な者達だよ」
「それをあなたが言いますか……」
「俺が頼んだ訳ではないからな。とはいえ、その気持ちは本当に嬉しいさ。皆、大切な家族のようなものだ」
「ふぅん……」
彼らにしか分からない絆と、その内輪だからこその物言いだったらしい。
「これでも急いでもらったが、ルネ嬢のご機嫌は芳しくなさそうだな」
それはそうだろう。
気に食わない人と並んで、これから二週間以上の道のりを行かなくてはならないのだから。
「……先頭は私一人で十分ですから。群れが出たら、後ろで取りこぼしの処理をお願いします」
「ほう。それではルネ嬢の、腰下の白い肌でも眺めさせてもらうか」
「――は?」
「気付いていないのか? ズボンが横一文字に裂けている。馬に跨っているせいで開いて見えているのだ。馬車の御者では見えんだろうが、馬に乗っていれば丸見えだ」
「さ……最低!」
忘れていた。来る時にトラ相手に余裕をかまして、爪が服に掛かったことを。
「教えてやったのだ。最低よりは上だろう」
「こ、こいつ……」
「うん? 何か言ったか?」
彼はこんな性格だったのかと、ますます腹立たしい。
いや、考えてみればこの人も軍人だ。
綺麗な顔をしていても、下衆な話もするだろうしデリカシーも期待してはいけないのだ。
「見た者は金貨十枚頂きます。あなたは特別に、百枚頂きますから」
「なんだ、そんなもので良いのか。ならば千枚渡せばどこまで見せてもらえるのかな?」
「はぁぁ?」
彼はまた、あのニヤリとした笑みを浮かべている。
「金で見せてもらえるというなら、金さえ払えば君は素肌の全てを晒さねばならんぞ。そういう道理を君が言ったのだ」
「う……」
そう言われると、そうかもしれない。
「君の戦う力は相当なものだが、まだ若い。それでは足をすくわれる」
「…………忠告、ありがとうございます」
「ふ。素直なのは良いことだ」
――悔しい。
こいつは嫌いだ。
好きになれない。
言葉巧みに……卑怯な手を使う。
「ところでルネ嬢。君の武は誰に倣った? 鉄壁のアドレー将軍ではないだろう。そしてガラディオでもない」
「……答えたくありません」
私の出自に関わるから、こういう詮索の得意そうな人に言いたくない。
「王国の人間ではないのか?」
「聞いてどうするのです」
「いや……興味があるだけだ。詮索と受け取ったならすまない。他意はない。本当だ」
……一瞬、またあの嘘をつこうかとも思った。
けれど、それはそれで神隠しに遭っていた間のことを、根掘り葉掘り聞かれるだろう。
余計に墓穴を掘りそうだ。
「私に構わないでください」
「なら、話を変えよう。ルネ嬢には婚約者は居るのか?」
「いません。というか、私に質問しないでください。話したくありません」
きつく言ってしまった。
「そう怒らないでくれ。君の事が知りたいだけで、悪気はないんだ」
「……怒ってはいませんが、あまり……話したくありません」
――失敗した。
感情的になったせいで、この後の会話を、断りにくい状況にしてしまった。
「そうか。外の人間と、それも腕の立つ者と話すのは久しぶりでな。どうも気になってしまったのだ。非礼をしたならお詫びする」
彼は、どうも会話の流れを作るのが上手い気がする。
グイグイ来るかと思えば、さっと引く。
下衆なことを言ったり、褒めたり紳士的に詫びたり。
そのせいで、会話を切ってしまうとこちらが悪者のような気になってしまう。
「……ところでルネ嬢。あれは君の仕業か?」
彼が前方を指差したその先には、おびただしい数の獣の死骸があった。
ちょうど直線が続く道で、今の地点から見ると道の脇いっぱいに、血だまりと獣があった。
帰り道の邪魔にならないように、斬ると同時に体当たりを打ち込んで、道から弾いておいたやつだ。
跳ね翔ける速度感にテンションが上がって、目に付いた獣を全て斬っていたのだけは覚えている。
――けれど、あんなに居たなんて。
「…………はい」
「道の端ばかりに並んでいるから、馬車も通れそうだな」
そう言いながら彼は、じぃっと、私を見ている。
「本当に……君が、一人でやったのか?」
「……ええ」
「返り血はどうした。洗えるような川は近くにないだろう」
「浴びないように、気を付けましたから」
先に体当たりで弾き、当たる瞬間に向こう側を斬ったのだ。
もしくは向こう側を先に斬り、その瞬間に体当たりで弾いた。
右から当てたならば、左側に刃を突き入れ、突進速度と合わせて突き斬る形で。
それが面白いように上手く決まって、楽しくなっていたのを思い出した。
「……どれも見事な切り口だな。部下達では歯が立たないわけだ」
それは褒めてくれているはずなのに、どこか引いているような印象を受けた。
「そう言うあなたは、近接戦闘で私に勝ちましたけどね」
(ああ……これでは、ものすごく根に持っていると言ったようなものね)
実際、そうなのだけど。
「はは。やはり気にしていたか。まあ……戦争を経験していない君では辿り着くのは難しいだろう。しょうがない事だ」
「な……」
簡単に言われてしまった。
……でも、確かに。
オロレアの人の寿命は長くて、その上、五十年前まではずっと戦争をしていた人達なのだ。
銃や兵器ではなく、弓や剣を使って。
獣だと、膂力は強いけれどパターンがあって、それ以上がない。
でも人は……常に創意工夫して、技術というものを高める。
人を殺めるための技術を高め続けた結果が、私と彼らの差になっているというなら……納得せざるを得ない。
「それでも、隊長クラスでなければ君には勝てないだろう。十分に強いさ」
「そ、そうですか……」
心を見透かされた上で褒められるというのは、どうにも居心地が悪い。
でも……今言われたことが本当なら、やっぱりちょっと、嬉しい。




