第八章 十四、即決の恐ろしさ
第八章 十四、即決の恐ろしさ
咄嗟に許すと言ってしまったけれど、少し後悔している。
なぜなら話を聞くと、好いように踊らされたのだと分かったから。
先ず、何が「オルレイン隊長の負け」なのか。
それはどうやら、「国王との賭け」にだったらしい。
そしてその賭けについて知るには、それ以前の経緯からの話を聞くことになった。
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――オルレイン隊長が、この辺境に隠れたことはすぐに国王の追跡でバレていたという。
その後しばらくは放置されていたけれど、全てを不問にするから戻って来いと、再三の通知を受けていた。
でも、妻子を惨殺された隊長は体調不良を理由に断り続けた。
そうしている間に、王都から色んな人間が訪ねてくるようになった。
オルレイン隊長を追って、共に過ごしたい人。
どうせならと商売をしにくる人。
支えたい人。
妻でも愛人でも良いからと愛をささやきに来る人。
様々な人が訪れては残り、住み着くようになって今の規模の城砦となった。
ある意味勝手に、小さな町を造ってしまった形だ。
それも、誰もがオルレイン隊長を慕って。
ただ、そうなってしまうと今度は、身が重くなってしまったのだと言う。
隊長とその直属の部下達だけが帰れば良いという、単純な話ではなくなった。
この城砦を獣どもから護るための兵が必要で、それを担っていた隊長達が居なくなると町の人達が安全に暮らせない。
数年が経ち、隊長の心も少しは落ち着いた頃には、もう城砦から動けない状況になってしまっていた。
それからまた国王の遣いが来た時に、状況を加味して賭けを提案したのが「国王との賭け」なのだ。
賭けの結果を城砦に住む全員にも言い渡し、「この条件で負ければ全員が王都に帰る」という取り決めをした。
そして、問題の「賭け」の内容に移る。
その内容とは――。
――『オルレイン隊長が納得する夫人候補の女性が現れること』
だった。
そして、その夫人候補に対する条件というのが……。
――『隊長の小細工を見抜けること』
――『自分を護る力を持つこと』
この二つ。
そのお眼鏡に適ったのが、私という存在らしい。
正直なところ、勝手に候補に入れられたのは無礼だし、そもそも私には「知ったことではない話」だ。
それなのに、そんなことはお構いなしに騒ぐ町の人達と、勝手に話を進めようとするオルレイン隊長。
もしかすると、王都に戻ろうとした時には戻れない状況になってしまっていたのを、一発で解決する方法として採用したのかもしれないけれど。
ただそれは、かなり好意的に考えた話であって、実際は知らない。
……どちらかというと、その視線に妙な悪寒を感じることから、まんざらでもないのかもしれない。
「……よくも、アドレー家をダシにしてくれたわね」
おとう様に命令を下した国王は、確信犯だ。
殺されたオルレイン隊長夫人に、どこか私の雰囲気が似ているのを、謁見でお会いした時にはもう利用するつもりだったのだ。
今回の命令を、私ではなくおとう様に下したのも、国王が素知らぬ顔をしたいがためだろう。
――喰えない。
民を想う気持ちは本物だとは思うけれど、そのための犠牲には何の躊躇もしない。
そういう政治家的な思考が染みついているのだろう。
オルレイン隊長は……どうだろうか。
まさか戦える女が居るなんて、思ってもみなかったのか、いつか現れると思っていたのか。
……直接聞かなくては、態度からは読めなかった。
**
「それで、結局利用したんですか?」
つまりは、王都に帰りたかったのか。
それを、与えられた部屋のソファで、対面して座っているオルレイン隊長に聞いた。
一人用のテーブルを挟んで、一人掛けのソファが一つずつ。
砦の中ということもあって、とてもシンプルで手狭な感じの部屋だ。
奥へと続く扉があり、そこは寝室だ。
「さあ。俺もまさか、君のような人が現れるとは思っていなかったさ」
暗く沈んだ彼の青い瞳に、小さな光が宿っているような気がした。
「現れて良かったのですか? それとも悪かったのですか?」
私にとってはどちらでも状況が変わらないので、不要だなと思いながらも会話を広げてみた。
と同時に、そういえばおとう様は、この人のことを嫌そうに言っていたなと思い出した。
「我々近衛騎士は、王国のために、臣民のために力を振るうと心に決めた生き物だ」
そう語るオルレイン隊長の瞳は、とても真っ直ぐだった。
「……つまり当初は、ここまで事態が大きくなるとは、思っていなかったわけですか?」
「この話を、信じてくれるならな」
――なんだか……負けたせいかは分からないけれど、恰好良さげにしている彼を見ると、イラっとする。
だから私は、やはり今後の予定を聞こうと思い直した。
「それで、いつ王都に向かうのですか?」
彼は少し困ったような顔して、だけどすぐに答えた。
「君はすぐにでも帰りたいのか?」
当然だ。と思った。
「ええ、一秒も早く帰りたいですし、何なら一人で今から帰ります。帰還命令には従うのですよね?」
帰りたいという旨と、国王命令に従うかどうかの再確認を、淡々と聞いた。
「もう夜だぞ。それに、いかに君と言えど一人で帰すわけにいくものか。明日の昼までには第一行を編成して出発しよう。それまで我慢してくれ」
そういえば、もしかしなくても帰り道は馬か馬車だ。
(馬で何日と聞いていたかしら。十日? 二十日?)
「私には翼があるのですから。あれで飛べば一日で帰れるんです」
長い道のりを、長い時間を掛けて行くのは嫌だなと思った。
「……第一行にも、住民を編成する。ルネ嬢は護られる側ではなく、騎士として護衛をしてもらうのだ。帰還命令を遂行するために、手伝ってくれ」
「う……。そう言われては、手伝う他ありませんね……」
してやられた。
国王といい隊長といい、抜け目がないというか計算高いというか。
「助かる。……いろんな意味でな。出発はなるべく急がせよう。よろしく頼んだぞ、ルネ嬢」
そう言って彼は、部屋を去った。
経緯の説明という理由で部屋に来たけれど、最初からこれがメインだったのだ。
……頭脳戦では勝てる気がしない。
「最低。ずる賢くて狡猾で……この借りは、いつか返してやるから」
せめてひとり言として、文句くらいは言わせてほしい。
戦闘では……電撃や光線を使えば勝てるのだ。
でも、今日の戦いは兵器を使わないことが大前提だった。
単なる、力比べの模擬戦だったから。
だから本当の意味では、負けてはいない。
――負けるはずがない。
(でもやっぱり、悔しい……)
ソファから立ち上がっては軽く地団駄を踏み、隣の寝室でベッドに飛び込んでは、枕を叩いた。
そして、勝負の約束をした時のことを思い返した。
もしもあの時、オルレイン隊長も含むという約束だったら……この城砦に軟禁か監禁を、されるところだったのだ。
そう考えては、もう二度と――即決などしないでおこうと心に誓った。




