第七章 二十一、救い
第七章 二十一、救い
キャンプをしているのは、二十人程が集まれるように周辺の草を刈り取り開いた場所だ。
その中央に焚火を置き、それを囲むように彼女達を休ませている。
さらにその周りを囲むように、十班に分けた小隊が少し離れて、隊員達も焚火を囲んでいた。
一応の警戒と、そして作戦の終わりを労う、小さな宴。
食事が行き渡ると、まともな味付けの物はもう長く食べていなかったと、彼女らは涙を流しながら頬張っていた。
女児に至っては、目を丸くしながら。
きっと、初めて食べるものばかりなのだろう。
年の頃は八歳くらい……もしくは、もう少し幼いかもしれない。
痩せた体が痛々しい。
「ルネ様。今夜も豪華な食事をありがとうございます。我々はもちろんですが、彼女達にとっては……希望の始まりのように感じている事でしょう」
「ベリード隊長……」
立ち尽くしてその光景を眺めていた私に、声をかけてきた。
「気落ちされていると、状況を部下から聞きました。あまり無い事なのですが……よくある事でもあります。まさか、ルネ様の前で起こるとは……すぐに駆け付けられず、すみませんでした」
彼は心底から詫びているようで、沈痛な面持ちで頭を下げている。
私に頭を下げる必要なんてないのに。
「やめてください。私が未熟なだけなんですから。実際、落ち込んではいますけど……誰のせいでもありません。隊長は特に、異端な私を快く受け入れてくださった一番の功労者なんですよ?」
普通なら、私のような存在を突然戦力に組み込むなんてしない。
それを、作戦成功のためならと柔軟に対応して、そして成功させてみせた。
しかも、戦果としては期待以上のものだったはずだ。
「功労者はルネ様です。ほとんどをルネ様に頼る形になった上に、辛いものをお見せしてしまいました。というか……こういう事が起きかねないと、予測出来なかった私の責任です」
敵地で生活を――させられている女性が、どんな扱いを受けるかなんて容易に想像がつくし、ついていたはずだった。
でも、極限の状況下で、その現実を見失っていた。
まず今回は、全員死んでいるだろうという予想の元での作戦だったから。
その予想が外れて、保護すべき人達が居るのをどうするかに、相当頭を悩ませたのだ。
誰もが、「可能な限り彼女らを保護する」という所までしか意識が向いていなかった。
そこで殺してくれと言われることなど、普通なら滅多と無いことだから。
「どうするのが……正解だったんだろう」
これ以上、隊長に責任を感じてほしくない。
私達は、誰も悪くないのだから。
だから、彼女達が死を選んだ時に、どうしたら……何が正しかったのかを聞きたくなった。
「……正解などございません。我が隊はその時その時、各員に判断を委ねております。そして何を選んでも、後悔せぬようにと厳命しております」
「それぞれの、判断に?」
それなら彼女らの要望を汲まずに、連れ帰る結果も有り得たのだろうか。
「はい。特に今回のような戦闘中には。一瞬の隙が自分の、そして仲間の命を奪います。ですから……直感で迷わずに動けと」
「……強いのね。みんな」
究極の選択を、一瞬で決めなければいけないなんて。
私は、それが出来なくて逃げた。背を向けた。
「いいえ。そうする事しか出来ないのです。それに、先程聞いたのですが……死を求めた娘は、あまりに悲痛な経験をしてきたのでしょう。特有の死相が出ていたと言います。ならばせめて、同胞の手で送ってやるしか……それしかありません」
私は……彼女達の顔をまっすぐ見ることが出来なかった。
手足を落とされたその姿に、やつれきった様子に、それだけで尋常ではないものを感じたから。
それだけで恐ろしくなって、死相を浮かべる程に辛い顔つきをしていたかさえ、見れていない。
「……どうしてこんな、惨いことが起きるんだろう……」
死相を浮かべるほどの事を、受け続けていたということだ。
体だけでも、あのように酷い状態だったというのに。
女性であるという上に、綺麗な人たちだったから……筆舌し難い毎日だったに違いない。
それが何年も、ともすれば十年以上……。
「人の姿をしたけだものが、どうして生まれてくるんだろう」
今になって、彼女達を救えなかった悲しみだけではなく、その『怒り』が目を覚ました。
「ルネ様……あまり気に病まれませんように。生きて救えた者達も居るのです」
「隊長……。送ることになったけど、あの二人は救われたかしら」
「そう信じたいですね。でも、きっと救われたのだと思います。あまり見せるものではありませんが、死に顔をご覧になりますか?」
「え……?」
「安らかな寝顔のように、とても美しい顔をしていますよ」
「……ほんとうに?」
「ええ。我々の選んだ事が、少なくとも間違いでは無かったと思わせてもらえます」
そうして見せてもらった彼女達の死に顔は本当に、うっすらと微笑んでいるようだった。
しばらく呆然として見ていたのに、いつの間にか私は二人に跪いて、両手を組んで祈りを捧げていた。
「ルネ様…………。さぁ、もう休ませてあげましょう。そして王都に連れ帰って、丁重に弔いしましょう」
「うん……」




