第七章 十八、突入作戦
第七章 十八、突入作戦
敵の見張りを倒してから、二日後の夜。
やつらは、こちらが予想していなかった動きを見せた。
「見張り台から少し離れた所に、女子供が四か所に計五人。縛られて放置されています」
その偵察隊の報告が信じられなかった。
「生贄……というわけ?」
「おそらくは」
私の口から漏れ出た言葉に、ベリード隊長が反応した。
「……許せない。生贄を罠にして、仕留めようというつもりよね」
見張りを倒したのが、獣の仕業だと思い込ませることには成功したけれど……卑怯な手を使わないと勝てないと踏んだのだろう。
だとしても、まさか弱者を捨て駒に使うなんて。
「弓隊を置いているのでしょう。喰らいついた所に打ち込む算段だと思います」
「……その子達が、矢に当たってしまうかもしれないのに?」
「元より、喰らいついた隙を狙うつもりでしょうから、最初から子供らの命など捨てているのです」
仮に思い付いたとしても、それを実行するなんて頭がどうかしている。
「……信じられない。でも……ちょうど良いから助けてくる」
集落の外に、救出すべき人達を出してくれているのなら、むしろ好都合かもしれない。
「ですが、他にどんな罠を仕掛けているかは分かりません。危険です」
「考えられるのは、虎挟みや括り罠かしら」
地面を踏むと、半月状の輪が足を瞬時に挟み込むものや、縄で吊り上げるような狩猟罠。
「そうですね。我々なら、それらを多数仕掛けます」
獣になら有効かもしれないけれど、私は飛んでいくのだから意味が無い。
「翼で急降下して、さっと拾い上げるから大丈夫よ。弓矢にも当たるはずがないわ」
「しかし、ルネ様……」
彼らは、私がオートドールだということを知らないから、許可出来ないと言われるかもしれない。
でもなんとか誤魔化して、生贄にされた子達を早く助けてあげないと。
「絶対に大丈夫。この翼は盾にもなるんだから。それに急がないと、本当に獣に噛まれちゃうかもだし」
気が急いてしまう。
だけど落ち着いて、どうにか全員を助けなくては。
「駄目です。四か所同時に出来るならともかく、二カ所目からは警戒されて上手く行かないでしょう。下手をすれば、こちらが総攻撃する前に我々の存在までバレてしまいます」
「そんな……!」
独断で飛び出したいくらいだけど、ベリード隊長の言うことが正しいと思った。
「こうなったら、少し早いですが突入しましょう。その代わり、ルネ様にはかなり働いて頂きますよ」
少し悪い顔で微笑む隊長は、その作戦を教えてくれた。
……それは、私の奇襲攻撃を軸にしたものだった。
皆と訓練したことのない私が、初手を務めることになるなんて。
タイミングを失敗すれば、皆の突入攻撃がグダグダになってしまう。
つまり、作戦の失敗率が跳ね上がる。
「ルネ様。我々はプロですからご安心ください。必ずルネ様に合わせてみせます」
作戦は何度か確認したけれど、ぶっつけ本番。
失敗は許されないのに……。
気持ちがすくんでしまった。
「さっきまでの勢いはどうされたのですか。それに、この作戦の連携は最初だけ。ルネ様は基本、奇襲と陽動をご自身の感覚で行ってくださればいいのです。後はこちらで処理しますから」
「でも……できるだけ数を、減らして欲しいって……」
私の役目は、上空から急降下して、木の上に配置されている弓隊を奇襲して殲滅。
その後は集落の中央でかく乱。
会敵次第、順次倒していくというものだ。
でも、最初の奇襲時に撃ち漏らしてしまうと、味方の誰かが危険に晒される。
私の突入とほぼ同時に、皆も四方から集落になだれ込むから。
オートドールの照準能力が、高速移動中でも外さずにいてくれるのかは試したことがない。
「私の仕事、忙し過ぎないですか? 光線を使っていいのは助かりますけど、撃ち漏らしたら……」
皆には、指先からではなくて、エラのように剣や翼から光線を撃てると伝えてある。
だから、森林火災は気にせずに光線を使って欲しいと言われたのだけど……。
エラの翼と違って、この翼の火力を放つと地形が変わってしまう。
剣の方は微調整出来るけれど、連射力がない。
つまり……この指先から正確に撃たなくてはいけない。
それがプレッシャーで、緊張してしまっている。
「一度でダメなら、何度でも撃ってくださって結構です。そのために上をお任せするのですから」
仲間に当たらないように、地表と中空で棲み分けをしたから問題ないというのが、ベリード隊長の考えだった。
私は……私の撃ち漏らした敵がその瞬間に、仲間の誰かが射られるのではという心配をしているというのに。
「ああ、ルネ様のご心配は杞憂に終わりますよ。やつらの弓など、我々には当たりません」
「………………それって、訓練で?」
私の心配事は、ちゃんと汲み取ってくれていたらしい。
「ええ。自分に当たる軌道のものは、肌で感じますから」
見て避けられるという次元ではなくて、感じ取れるというのは……言っている意味が分からない。
彼らは一体、普段からどんな訓練を受けているのだろう。
「……ありがとう。少し気が楽になりました」
それでも、夜襲をするなら赤外線モードもしっかり意識しておかないと。
見落としたでは済まないのだから。
「あ。お伝えするのを忘れておりました。突入は昼前に致します。夜襲を警戒されているので、その後の気が抜けた時間にしてやりましょう」
そう言ったベリード隊長の顔は、やっぱり、少し悪い笑みを浮かべていた。
「りょ、りょうかい」
作戦の立て方もその笑みも、お義父様に似ている。
皆、お義父様を見て、お義父様と共に戦ってきた人達なのだと思うと、感慨深い。
お邪魔な私が混ざるというのに、私なんかに初撃を任せる度量もある。
それがなんだか、お義父様みたいだと感じたのかもしれない。
――お義父様のご意思が、私の側に居てくれているような。
集団戦の、作戦行動としての初陣、それも初撃が私。
そう思って気後れして、緊張していたけれど……。
今はもう、落ち着いている。




