第六章 十五、ミリアとの再会
第六章 十五、ミリアとの再会
ミリア・ノイシュ。
王国の東沿岸部を治めるノイシュ辺境伯の令嬢。
柔らかい雰囲気で、背は私よりも少し低いままだった。
しつこくない程度に、上手に甘えるのが得意だと言っていたけれど、しっかり者でお姉さん気質がある。
ノイシュ領には夕方に到着し、街で一泊してからお屋敷に向かった。
朝からずっとミリアと一緒に過ごして、午後からのお茶も目一杯に満喫した。
小さめの丸テーブルは二人が近くに居られるためで、少しのお菓子と、ティーカップセットを置くのに十分なくらいだった。
その計らいが、ミリアからの親愛の情をとても感じたし、会話の流れでその手をぎゅっと握り合うことも出来た。
そんな風に、彼女とのお茶の時間は、エイシアや翼の話も含めてあっと言う間に過ぎてしまった。
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久しぶりの再会を喜び合い、ノイシュ伯爵ご夫婦も直接ご挨拶下さって、とても歓迎して頂いた。
伯爵は肩幅が広く、日に焼けた褐色の肌が海の騎士だと示している。優しそうなタレ目で微笑みかけてくれて、初対面の緊張を解いてくれた。
夫人は、ミリアが大人になった姿だと言い切れるほどに瓜二つだった。少しだけ違いがあるとすれば、同じ色の青い瞳が一層輝いて見える。
そして、成人の儀ぶりのミリアは、焦げ茶色の髪を下ろしていて少し大人びて見えた。
青い瞳にはどこか深みが出ていて、可愛いだけの少女ではない、令嬢としての責任や役割を担う女性としての魅力が垣間見える。
「ミリア。すごく素敵になりましたね」
見た目に表れるのだから、きっと充実した日々を送っているのだろう。
「エラ様こそ、不思議な魅力が溢れ出ていますよ?」
二人で褒め合うのは、なんだかこそばゆかった。
言葉の後でお互いに笑うと、『会えて嬉しい!』と、抱き合った。
それからは、巷のうわさ話からお互いの出会いに関する秘密話、婚約の予定が無いのでどの令息が有能そうだだの人柄が良さそうだだの。そういう話で盛り上がった。
でも、無駄話をしたかったわけではない。
だから、お互いに有益になる「きっかけ」になれば、という内容を厳選しているのが分かった。
だからこそ、本当の友達として心で繋がれているのだ。
久しぶりだから、無駄な時間は使わない。
でも、これが毎日会えるなら……無駄も沢山取り入れただろう。
二人で過ごすことが重要であって、重要な話などそんなにはないのだから。
「ところでミリア。本題があって来たのよ」
「そうだと思った。噂は随分と広まっているのかしら」
社交界で聞く程度には。と言えば、ほとんど皆に知れ渡っているのだと伝わる。
「私、翼を使って沈没した辺りを見に行ってみようと思って来たの」
「エラ様? それは、とても危険な事です。お分かりですよね?」
厳しく窘めようとするのは、私を心から心配してくれているから。
「もちろん、おとう様にもしっかり相談したし、海で方角を知る術も、教師を付けてもらって習得しました。偵察に行くに当たっては、抜かりはないはずです」
「……そこまでしてくださったのですか? 呆れた……」
ミリアは空を仰ぐようにして、それから額に手を当て、本当に呆れた顔をした。
「私や父上が、ダメだと言ったらどうするつもりなのですか」
「もう! そんなに言わなくても……。それだけ本気だってことです」
横目で見やるように軽く拗ねると、ミリアも片方の頬を膨らませて困り顔をしてみせた。
そして、二人してまた笑った。
「敵いませんね、エラ様には。父上に相談はしてみますけど、ダメと言われますよきっと」
「それはたぶん大丈夫です。おとう様から、委任状を預かっていますから」
「な……なんの委任状ですか?」
目を見開いたミリアに、私は――。
「此度の助力は、全てアドレーとして娘に委任するものである」
――と、覚えていた内容を読み上げた。
「……信じられない。エラ様、それは父上にとっての指令書みたいなものですよ……」
知っているから持って来たのだし、お義父様は親心で書いてくれたのだ。
「フフ。準備はしてきたと言ったでしょう?」
「いつの間にか、随分と恐ろしいご令嬢になったのですね。本当に敵いません……」
少し疲れた顔になったミリアに、「褒めて?」と頭を差し出した。
「まぁ。憎めなさ過ぎて、逆に憎いくらいですよ? ほんとにもう」
そう言いながらも、撫でてくれるミリアがやっぱり好きだ。
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「エラ嬢……いえ、エラ様。これは……いかに書状があろうとも、賛同するわけにはいきません。万が一の事があっては、将軍に顔向け出来ないどころでは無い」
ミリアが御父上に話を通してくれたので、私はノイシュ伯爵の、豪華過ぎず品のある応接室に案内された。
のだけど、話を通したら開口一番で断られそうになっている。
ただ……それでも、お義父様の委任状は無下には出来ないはず。
そして確かに効果はあるらしく、伯爵は顔を青くしながら、断り切ってしまうわけにもいかないと、悩んでいるように見えた。
はっきりと断りの言葉を口にした割には、頭を抱えているから。
なので、私は次の言葉を期待しているという眼差しを向けて、じっと伯爵を見ていた。
……すると、唸るように出した声で、折れて欲しいということだろう条件を、後に続けた。
「それに……いえ、それなら、その翼というものを我々にお貸しください。さすがにエラ様に向かわせる訳には」
普通なら良い案だろうけれど、それは出来ない理由がある。
「いいえ。ノイシュ伯爵、翼は私を登録しているようなのです。人を変えて何度も試してみましたが、私以外が使うことは出来ませんでした。ただ、同乗というか、私にしがみついて一緒に飛ぶことは可能です」
でもそれは、ガラディオのような体力お化けでないと、落ちてしまう可能性がある。
「ううむ…………。ならば、疑うわけではありませんが、エラ様が偵察可能かどうかを、我々で少しずつ試させてください。危険を承知での申し出はありがたいのですが、だからこそ何かあってはなりませんので」
「はい。それで結構です。私のミスで、皆さんに責任を感じて欲しくはありませんから、私の実力を見てご判断ください」
言い切った私に、ゆっくりと頷いた伯爵にもう一つ、伝え忘れていることを思い出した。
「そう言えば伯爵、安心して頂ける材料があるのを忘れていました」
「というのは?」
怪訝な顔に、苦悩と心配をごちゃ混ぜにしたような表情の伯爵には、なんだか悪いことをしているみたいで少し罪悪感が出てきた。
けれど、これを聞けば本当に安心してもらえるだろう。
「実は、翼には拠点を登録出来るのです。今思い出したのが、心苦しいのですが」
つまり、どこか遠くに行き過ぎて帰る方向を見失ったとしても、「拠点まで」と言えば自動飛行で帰れてしまうのだ。
「早く覚えられたらいいのに」と、方角確認の練習をしている時のひとり言に翼が反応して、急に機能を教えてくれたのがきっかけだった。
それを伝えると、苦しそうだったノイシュ伯爵の表情が、パァッっと明るく変わったのを見て、本当に申し訳なかった。
「先に伝えるべきでした……申し訳ございません」
機能は使いこなしてしまうと、それが特別だということを忘れてしまうものらしい。
ただ、そうとは言っても故障か何かで頼れない時のために、練習も懸命にしたのだ。
だからこそ、実力を見て欲しいと本気で思っていた。
そんなことを思いながら深々と頭を下げてお詫びすると、伯爵は慌てて頭を上げるように仰った。
「あっ。すみません、つい……」
久しぶりに心を許せる貴族にお会いしたので、偉い人だという認識が先に立って、平民の時のように頭を下げてしまった。
「ア……アドレー公爵の前では、間違えても頭を下げないでくださいね? 絶対ですよ?」
「あ、はい。きっとおとう様の前では、教えがしっかり頭にありますので」
『アドレーとして、娘を我と同じくして接するように』という、お義父様の言葉がどの貴族にも届いているのを、ここでも垣間見てしまった。
(貴族社会って、本当に難しい)
ともあれ、やっと、ミリアやノイシュ伯爵の役に立てるかもしれない。
冬に噂を聞いてから、数カ月間ずっと待っていた。
慌てて飛び出すのではなくて、しっかりと備えて迎えるというのは、なんだかとても充実感がある。
焦らずに、しっかりと役目を果たす。
ミリアの友達として。
アドレーの名を任された身として。
成果よりも、先ず自分の安全をという皆の声に応えるために、慎重に行動しよう。
(この日まで待ったんだから、必ず無事に……偵察任務を完遂させるんだ)
お読み頂き、有難う御座います。




