第五章 十二、少女の言葉
第五章 十二、少女の言葉
城門の前では、第九王子であるアーロが、アドレー公爵の兵に抑え込まれていた。
アーロの兵達は、アドレーの兵数を見るとすぐに諦め、抵抗を見せずに終わったようで死傷者は出ていない。
抑え込まれようとも、アーロ王子の威勢はそのままで、何なら馬上よりも強い語気で周りを威嚇していた。
「貴様ら! 後でどうなることか! 覚えていろよ!」
そこにようやく、アドレー公爵とガラディオが到着した。
「フン。よく吠える。ワシの娘を手にかけようなど……」
公爵が大きめのひとり言を言った後、ガラディオは進言した。
「将軍、援軍はありがたかったのですが、良いのですか? このままでは将軍まで反逆罪に問われます」
それもそのはずで、例え国を護る要の大公爵といえども、王族相手に捕り物劇を繰り広げるなど前代未聞の事だからだった。
「かまわん! 娘を狙う者は皆、誰であろうと、だ」
そしてアドレーは、アーロ王子に近付いて行く。
あと数歩というところまで来て、馬上からその怒りをぶつけようとした時だった。
「アドレー! きさま、公爵風情が! 王族である俺に何をしたか、分かっているんだろうな!」
「アーロ王子よ、貴様こそ、ワシの娘に何をしてくれた」
二人は一歩も譲らず、お互いの怒りと尊厳をぶつけ合った。
「貴様の娘など、ただの平民だろうが! よりにもよって古代種など! 目先の戦しか分からぬ耄碌将軍めが!」
「なん……だと? これが初陣の引き篭もりごときが、戦場でワシを愚弄するか! 覚悟せい!」
アドレーは自分が貶されたことよりも、大事な娘をなじられた事に一層腹を立てた。
それは誰の目にも明らかで、手綱を握っていたはずの左手さえ、右に持つ黒い槍に持ち替えたからだった。
槍の穂先をくるりと返し、その切っ先をアーロ王子の首に向けた。構えた腕を伸ばせば、いつでも獲物を貫ける状態だ。
「ふはははは! 王族に逆らえん貴様が! 俺を討てるわけがないのだ! そこで指でも咥えながら、古代種が死ぬところを見ていろ!」
それでもなお、アーロ王子はアドレー公爵を煽った。
王族の絶対的権利には、誰も逆らえないのだからと。
だが、アドレーの口からは、意外な言葉が発せられた。
「ほざけ! 貴様がワシの敵となった時、討って良しとする約束は王に取り付けてあるぞ! これまでの貸しを帳消しにするという条件付きだがな! それでも続けるか!」
「なっ……父上が、俺を売っただと?」
予想外の言葉に、アーロ王子は躊躇を見せた。
この土壇場で、公爵がつまらぬ嘘を付くはずがない。
それは、今は敵のようであっても、その人そのものを知る身としては、疑うものではないからだった。
「よく考えて口を開けよ? 間違えればその瞬間、貴様の首を串刺しにしてやる」
アドレーはまだ、先程の怒りを携えたままだった。
大切な娘を害しようとした上、さらに愚弄してきたのだ。
その溜飲は――命でもって償わせてやらなければ――下がるはずもない。
「……待て。貴様はよくても、他の兵どもはどうだ。俺に逆らってみろ。家族郎党、全て処刑してやるぞ」
「愚かな……今から死ぬ貴様の、そんな脅しが通じるとでも思っておるのか? 頭は、あまり良い方ではないな。……さて、話はこれで終わりか?」
アーロ王子は必死に考えたようだが、アドレー公爵は怒りの中でも冷静だった。
そして、後はその矛先を、彼の喉元に突き立てるだけとなった。
「まっ、待て待て待て! 俺が! この国を陰から支えているこの俺が! なぜ父上から切り捨てられるのだ! 暗部を使って、ずっと支えてきたのだぞ!」
アドレーの兵に抑えられながらも、アーロ王子は己を信じきった口ぶりで、どこまでも食い下がる。
その言い逃れに、公爵は半ば呆れつつも、しっかりと付き合う姿勢を見せた。
「その暗部の仕事だがな。手抜かりばかりで、ワシが拭ってやっていたのだ。貴様が掴んだ情報も、ワシから流してやったものばかりだ」
「なんだと! 適当なことを言うな!」
「甘やかされてきたのは、リリアナばかりではないぞ。貴様も同じだ。あれは子育てがぬるくていかんな。再三言ってやったというのに」
「貴様……父上まで愚弄するか」
「アドレーの後ろ盾無くして、全てをやってのけてから文句を言うのだな」
「おぉぉのぉぉぉれえぇぇぇぇ!」
何もかもを否定されたアーロ王子は、怒りのままに、その細身の体を大きく震わせた。
抑えつけている兵が、意外な力に振りほどかれそうになったほどに。
「はっ。気でも狂うたか」
公爵は、見苦しいものでも見るようにして、その言葉を吐き捨てた。
そして、アドレーの兵がもう一人加わって、アーロ王子は完全に地面に抑えつけられた。
「はなせ! きさまらああああああ!」
アーロ王子の、激高した叫び声が響き渡る。
「今、楽にしてやる。だが、ワシの娘を狙った事、あの世で後悔し続けるといい」
公爵は、その後は無言で槍を構え直した。
――その目には、何の慈悲も無い。
大切な娘を愚弄し、命を狙う者に、そんなものは必要ないからだった。
アーロ王子は何事かを叫びながら、首をねじってその穂先を睨みつけている。
……その次の瞬間には、一つの屍となるだろう者は、皆似たような目をするものだ。
と、アドレーは止めを刺す時、いつも同じような事を想うのだった。
「おとう様あぁぁぁ!」
その時だった。
本当に、一瞬でもその声が遅ければ、アーロ王子は帰らぬ人となっていた。
「おとう様ぁぁ! だめ! だめです~!」
叫ぶ声でさえ、可憐な容姿が浮かぶほどの澄んだ声。その主を、アドレーが間違えるはずもなかった。
「なんと! 我が娘よ。飛んできよるとは!」
娘と呼ばれた少女は、真っ白な翼を纏い、はるか後方から飛んできたのだった。
それは、尋常では無い速度であったのに、優しい風のようにふわりと中空で止まる。
そして、その銀髪赤目の少女は、黒い鎧に包まれた公爵に抱き付いた。
「えへへ……おとう様。助けてくださって、ありがとうございました。ほんとに……嬉しかったです。それから、かっこいいです」
「ほっ? ハッハハハ! そうか! ワシはかっこいいか!」
「はい! おとうさま、とってもかっこよかったですよ?」
少女は屈託のない笑顔で、今この瞬間に王子を殺そうとしていた公爵に、そう言った。
「嬉しい事を言うてくれる。だが、またこういう輩を助けるのか? さすがにもう、いくら王族とて許せんぞ? それに、王に許可はとってある。貸しを帳消しにする約束だがな」
人を殺めんとする非情な顔つきから一転、破顔して笑みをみせる公爵は、少し窘めるように少女に言った。
「そう、なんですか? でも……もしも、もっと悪いことをする王族が出た時に、王様への貸しを今ので帳消しにしちゃったら……次は殺せませんよ?」
見るからに可憐な少女も、物騒なことを平然と言ってのける。
「ほう……。ふむ、そうだな……」
少女の言葉に、公爵は一考した。それは確かに、核心を突いていると。
「私、この程度の数なら……どうしてもという場合なら、一人で殲滅できますから」
事実、少女の纏う翼は、大量破壊兵器としての力を備えている。
「なんだと? エラ、お前…………、変わったな。良い目をしておる」
「エヘヘ、ありがとうございます……」
国の盾であり、剣であるアドレー公爵家としての覚悟が、娘のエラにも備わったようだ。と、公爵は思った。
「ふ~む……。良し分かった。こやつは見逃してやろう。国王への貸しも、今まで通り残しておこう」
「はい。それがいいと思います」
「ハッハッハ! 強くなったなぁ、エラ。このひと月で何があった。後で聞かせてもらおう」
「はい!」
二人は、ただ再会したことよりも、その成長を見れた事と、それを感じてもらえた事に、喜びを感じていた。
アーロ王子は……その頭上での会話ひとつで命が長らえた事に、なんとも言い難い屈辱と安堵する気持ちがある事に、唇を噛んでいた。
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*作品タイトル&リンク
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『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』
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