第四章 四、兵器と呼ばれたもの(五)
兵器と呼ばれたもの(五)
わたしは今、馬車の中に居て……これからガラディオに怒られるところだ。
他の者に示しがつかないからと、その配慮をしてもらった形だけど……二人きりは良くないと思う。それに……本当に、怒られたくない。
「さてと……何度言っても分からないお嬢様からは、何か言い訳がおありでしょうかね」
体の大きなお義父様も入れるのだし、ガラディオもやっぱり入れるんだ。などと現実逃避をしながら彼を見上げている。
その彼の顔は、怒りを通り越して微笑んでいるようにも見える。ただ実際には、よく見ると感情の無いお面のような表情をしている。
「えぇっと……エイシアに敵が居ると教えてもらって。そう、それで時間も無いし、わたしなら無傷で対応できるだろうと思っ……い…………ました」
目を逸らし続けながら、あった事を思い出しながら述べていて、ふと、彼と目が合った瞬間だった。
わたしは怖さのあまり、言葉に詰まってしまった。
「そ、そんなに睨まないでよ。あなたって、怖い顔しないほうがいいわ。女性が寄り付かな……いえ、なんでもありません」
無反応で、そして怒りを押し殺した無表情で見下ろされるのが、こんなに恐ろしいとは思わなかった。その目だけが血走っていて、鬼か悪魔に処刑される直前のような気持ちになった。
「ごめんなさい……」
とにかく、謝ろうという事しか頭に浮かばない。
「……何についてのごめんなさい。でしょうか?」
抑揚が無く、圧のある低い声色。
「や……その。また飛び出して、しまったこと……です」
「ほほう。正解ですよお嬢様。……ちなみに、その羽で飛ばれたら誰も追い付けない。分かっているんだよなぁ?」
普段、わたしには使わない敬語だったのも怖かったけれど、急に静かな怒声を……それも、怒りを抑えきれない威圧感の籠った低音で言われると、もう失神しそうだった。
「ゆ……ゆるして……」
顔を背けて、背もたれに助けを求めるも、無機質にそこにあるだけだった。
「こちらを向け。目を見て話せ」
(なんでリリアナは居てくれなかったの。わたしのこと、助けてほしいのに……)
「これで何度目だ。言ってみろ」
彼は、大きい岩のような手で、わたしのあごをつまんで前を向かせた。
「ゃだ……。ほんとに、こわいから……」
カミサマは、どうやってこんなに恐ろしい人と普通に会話していたのだろう。
「俺を怖がるような奴が、なんで矢の雨に突っ込んでいくんだ? おかしいよなぁ?」
ああ……。あの時にはもう、しっかり見られていたのだ。
「前には俺や重騎士が出る。お前は後ろからだ。この言葉の意味が、分かっていなかったのか?」
(だめだめだめ。もうむり。ムリよ。誰か助けて。ガラディオは怖すぎる……)
「答えろ。こんな基礎的な隊列も出来ないなら、お前は戦場に出さんと言ったよな」
ふるふると首を、横に振ってはいるものの……彼の言葉は頭に入ってこない。ただ恐ろしくて、イヤイヤをしているにすぎない。
『申し上げます! ドーマン以下三百騎、出発準備が整いました! エラ様にお伝え願います!』
敵だったドーマンが、とてもいい人に思えた。
わたしは、わなわなと震えながら「ひゅ、ひゅっぱちゅ、ひゅるって……」と、伝えるのが精一杯だった。
ガラディオは、「ちっ!」と強く吐き捨てて馬車を出ていった。
「了解した! 今よりドーマン以下三百は、俺の指揮下に入れ! そのまま前方を受け持ちファルミノへ迎え!」
「はっ!」
というやり取りが聞こえている最中に、リリアナが馬車に入ってきた。
「私も……怒られちゃった……ガラディオって、怖いわよね」
ものすごく落ち込んだリリアナを見るのは、初めてだ。
まさしく意気消沈していて、わたしにさえ目を合わせない。
「リリアナ……わたしのせいですよね。ごめんなさい」
わたしが出るのを、わざわざ手伝ったとあっては示しがつかないとか何とか、言われたのだろう。馬車にはリリアナと入れ違いで入ったので、わたしの前にもう、怒られていたのだ。
(王女に怒れる……部下。……部下だよね?)
元は王国騎士団の団長だったというから、立場は割と強いのだろうか。
「エラ……私、あんなに怒られたの、初めてだわ……」
「リリアナに、そんなに言えるのって――」
国王や王妃、もしくはお兄様方の王子達くらいしか居なさそうなのに。
「――よっぽど怒らせちゃったんですね。ほんとに、向こう見ずな事をしてしまって、ごめんなさい」
立ち上がってお詫びしようとしたところで、「出発します」と御者から声が掛かった。
「あ。はい――」
馬車が動き出す前に頭を下げようとしたけれど、間に合わなかったらしい。
「――わっ、きゃっ」
揺れに対応出来ずによろめき、躓いてリリアナに向かって倒れ、抱き付いてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
反射的にリリアナも受け止めてくれて、抱き合う形になっている。
頭同士でぶつからなくて良かった。
「……フフ、あなたがコケるなんて、珍しいわね。いつも浮いているみたいにスっと立っているのに」
「え、エヘヘ……」
体の扱いは、カミサマのように出来ていない……という事だ。
という事は、あまり接近した戦闘は、しないほうが――。
――(――するな。人魔としての魔力は今のお前が上だが、身体操作は見るに堪えん)
エイシアの声が、急に頭に飛んできた。
――(失礼ね。……でも、そんなにひどいの?)
――(あの男の命令に従っておけ。本当に死ぬぞ。まぁ、我には都合が良いが)
大人しく、馬車の側から離れないエイシアは、ガラディオの逆鱗には触れていないらしい。
(なぜ助けないんだ。くらい言われたらいいのに)
「エラ……その姿勢、つらくないの? 私は抱き合っているのも構わないけど」
中腰で片膝をシートに乗せた形で、彼女にぎゅっと抱き付いたままだった。
「あ。いえ、はしたないですよね。きちんと座ります……」
その後は、二人とも何も話さなかった。
時折目が合っては、照れ臭く笑うくらいで。
ガラディオに本気で怒られたショックが尾を引いて、楽しい話題が見つけられない。こんな時は、シロエやアメリアが居てくれたらなと思う。
(もうすぐ、フィナにも会える)
リリアナにも、シロエが必要なんだろうと思った。長年連れ添った侍女が側に居ないのは、やっぱり寂しいだろう。わたしでさえ、フィナとアメリアが居なくて心細いと思うのだから。
ファルミノに入る直前に、隊が止まった。
「あいつらの処遇について、話し合っているみたいです」
御者は一旦降りて、確認に行ってくれた。
「ありがとう」
ちょうどリリアナと揃ってお礼を述べたのが、少しこそばゆい気持ちになった。
リリアナも同じだったらしく、お互いにクスクスと笑っている。
「はあ、久しぶりに落ち込んだ。シロエも居ないし、エラには格好いいところだけ見せていたかったのに」
「私なんて、恥ずかしいところばかり見られているので、少しくらい良いじゃないですか」
もうすぐ、皆に会えると思うと元気が戻ってきた。自然と会話が生まれる。
『食料は半月分はあります! それまでに処遇をお願い致します!』
ドーマンの声が遠巻きに聞こえてきた。
きっと、街にすぐ入れるわけにはいかないと、そういう感じの状況なのだろう。
たしかに、ついさっきまで敵として命を狙って来た人達を、易々と信用は出来ないだろう。
わたしの魅了の力も、どの程度なのかが分からないのだし。
(一生続くのか、しばらくして効果が消えるのかさえも)
側に居ないといけないのか、全く別の所にいても大丈夫なのか。何も分からないままの力だ。
彼らで、少し試さなければと思った。
わたしの力を確かなものにしなければ、安心して使えない。
――(人体実験というやつだな。恐ろしい事を思い付くものだ)
――(そ、そんな大それた言い方しないでよ!)
――(力とは、そうした実験の積み重ねだろう。遠慮する必要はない)
――(心にくるものがあるから、そういう言い方しないで……)
エイシアには、なぜ記憶の網があって、わたしには無いのだろう。あれば、もっと色々と知れるのに。
悔しい気持ちと、『実験』という言葉に心を抉られてしまった。
(エイシアは本当に、いじわるよね……)
お読み頂き、ありがとうございます。
年始初投稿出来ました。なんとなく、元旦にあげたかったので。
本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。今後もお付き合い頂けると幸いです。
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読んで「面白い」と思って頂けたらば、ぜひとも他の人に紹介して頂いて、広めてくださると嬉しいです。
「つまらん!」という方も、こんなつまらん小説があると広めてもらえると幸いです。
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*作品タイトル&リンク
https://book1.adouzi.eu.org/n5541hs/
『 オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』




