32場 ケジメの付け方①
「よう、お前ら生きてるか?」
「フランシスさん!」
小さく開いた穴から覗く豪快な笑顔に、ほっと胸を撫で下ろす。マルクスを送り出して小一時間、ようやく発掘隊が到着したのだ。
「ちょっと待ってな。土魔法でこの土砂を取り除くから、近寄るんじゃねぇぜ……って、おい!」
フランシスの怒声とともに、土砂が盛大な音を立てて吹っ飛んだ。レイが咄嗟に風魔法で石つぶてを弾き飛ばしたので、メルディたちに被害はない。
目をまん丸に見開いたドワーフたちの中心で立つのはグレイグだ。手には凶悪な大きさのツルハシを掲げている。
グレイグはツルハシを軽々と投げ捨てると、鎧をガシャガシャと鳴らしてこちらに駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん! もう! 心配したんだから!」
「グレイグ、ちょっ、死ぬ、死んじゃうっ」
全力で抱きしめられて息ができない。というか、背骨がミシミシと軋んでいる。デュラハンの怪力にかかれば、ヒト種の胴体なんて簡単にちぎれてしまうのだ。
「落ち着きな、グレイグ。姉殺しの異名を得るつもり?」
見かねたレイが魔法で生んだ木の根でグレイグを引き離してくれた。圧迫されていた肺が一気に解放され、少し咳き込む。
「大丈夫? 痛いところはない?」
「う、うん。大丈夫。ありがとう、レイさん」
「あれ? なんか距離近くない?」
まとわりつく木の根を引きちぎったグレイグが、メルディの顔を覗き込むレイを訝しげに見つめる。
それもそうだろう。今までなら背中を撫でることはあれど、頬に手を当てたりなどしなかったのだから。
「ええっとね。実は私たち……」
「僕たち結婚するから。よろしくね、義弟くん」
「えっ」
声を上げたのはグレイグではなく、メルディだった。気持ちが通じ合ったばかりで急展開すぎる。
ずっと先の未来まで一緒に歩くとは言ったが、いつそんな具体的な話をしただろうか。キスで頭がぼうっとしていたとき?
頭を疑問符だらけにするメルディに、レイはしれっとした顔で言葉を続けた。
「十三年間、ずっと結婚してって言ってたじゃん。あれは嘘だったの?」
「う、嘘じゃないよ! 嘘じゃないけど……! え? 本当に結婚してくれるの?」
「うん。だからもう、どんな美形が現れても揺らいじゃダメだよ。君は僕の奥さんなんだから」
「奥さん……」
素敵すぎる響きに自然と笑みが浮かんでくる。
頬に手を当てて、気持ち悪いぐらいニヤける姉に引くことなく近寄ってきたグレイグが、はしゃいだ声を上げ、メルディとレイを一緒くたに抱きしめた。
「よくわかんないけど、よかったね! お姉ちゃんの粘り勝ちじゃん! レイさんなら大歓迎だよ!」
「よくねぇよ。こっちは、これから口説くつもりだったんだぜ。子供のままでいてほしかったんじゃねぇのかい、エルフの兄さんよ」
ずかずかと坑道の中に踏み入ってきたフランシスがレイを睨む。視線だけで人を殺せそうな迫力だ。
レイはグレイグの腕の中から抜け出ると、はらはらと身守るメルディを尻目にフランシスに対峙した。その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
「君の言う通り、好いた惚れたに年齢は関係ないってようやく気づいただけさ。この子が大人になっていくのは止められないってことも、失ってからじゃ遅いってこともね。なら口説かれる前に手に入れておかないと。さんざん煽ってくれて、君には感謝してるよ」
「言うねえ! あれだけビビってたくせに」
「今もビビってるよ。でも、この子が……メルディが一緒に歩いてくれるって言ったから、僕は未来に進んでいける。この気持ちは百年経とうが、二百年経とうが変わらない。きっと寿命が尽きるまで、僕はメルディのことを想ってるよ」
「レイさん……」
思わずほろりと涙をこぼしたメルディを見て、フランシスがふっと口元を緩める。しかしそれは一瞬で、すぐに表情を引き締めると、仰々しい仕草で肩を竦めた。
「けっ。なんで助けに来て惚気を聞かねぇといけねぇんだか」
「フラれちまってわけねぇな、フランシス」
「うるせぇな! ぼうっと突っ立ってねぇで、隅に転がってるやつらを運べ! これ以上、馬に蹴られる前にズラかるぜ!」
「あっ、待って、フランシスさん。助けに来てくれてありがとう」
野次を飛ばすドワーフたちに指示を出し、自分も二、三人肩に担ぎ上げたフランシスに駆け寄る。
マルクスやリアン、それにトゥールはどうなったのだろうか。洗脳を解いたブラムや領主のことも気になる。
そう問うと、フランシスは肩を揺らして豪快に笑った。
「自分のことより人の心配か? 痛々しい顔しやがって。トゥールは治療魔法で回復して、今は眠ってるよ。他のやつらのことなら、あんたのお仲間に聞きな。横穴の外で待機してるからよ」
「お仲間?」
「メルディ!」
「エスメラルダさん! マーガレットも!」
ぐねぐねと入り組んだドワーフの横穴を抜け、ようやく見えた青空の下では、見慣れた法服を着たデュラハンが、肩に熊のぬいぐるみを乗せ、こちらに手を振っていた。
彼女の背後に控えているのは揃いの鎧に身を包んだ国軍兵士たちだ。近くの駐屯地から派兵されてきたらしい。領主の洗脳が解けたから許可が下りたのだろう。
「無事でよかった! 捕まったって聞いて、心臓が止まるかと思ったよ」
デュラハンにしては小柄なエスメラルダだが、やはり力はヒト種より強い。ぎゅうっと抱きしめられて息が止まりそうになったが、必死にこらえて抱きしめ返す。
「心配かけてごめんね。忙しいのに、首都から来てくれたんだ」
「当たり前よ。大事なお友達のためだからね。それに、相手が魔属性なら私とマーガレットの出番でしょ?」
エスメラルダの聖属性の魔力は他者の追随を許さないほど強い。その魔力を得て命を宿したマーガレットもだ。この二人にかかれば、あの魔素だまりも一瞬で浄化できるに違いない。
「アルティたちも来たがってたのよ。でも、トリスタン様を抑えるのが大変で……。今すぐウィンストンに乗り込んで街ごと潰すって言うんですもの」
「お、おじいちゃん……」
「トリスタン様だけじゃないわ。職人組合の荒くれものさんたちも荒れて荒れて……。グリムバルドは上から下まで大変よ。あなた、自分がみんなから愛されているって自覚して」
「……うん。無茶して本当にごめんなさい」
エスメラルダはにこっと目を細めると、メルディから体を離し、レイに視線を移した。
「レイさんも、お疲れ様。メルディを助けてくれてありがとう」
「それが僕の役目だからね。それより、残党を連れてきたから回収してくれる?」
「お引き受け致します。重ね重ねお手数をおかけして申し訳ない」
レイの言葉に答え、身なりのいいドワーフが国軍兵士たちを掻き分けて歩み寄ってきた。
左右に傭兵らしき獣人を従えているところを見るに、彼がご領主さまらしい。名は確かビクトールと言ったはずだ。
横穴の中を案内される道すがら、フランシスの幼馴染だと教えてもらったが随分とタイプが違う。長い髭は美しく整えられているものの、体つきは細身で、ドワーフというよりもヒト種に見えた。
「国の方々が詮議を開始するまで、光と聖の魔素で満たした領主邸の地下牢へ収監致します。山を出たばかりでお疲れでしょうし、謝罪の場は改めて設けさせて頂きたい」
「そ、そんな謝罪なんて。ご領主さまも操られてたんだし……」
謹んで辞退しようとするメルディに、レイとエスメラルダが同時に首を横に振った。
「受けてあげな、メルディ。それがケジメってもんだよ」
「そうよ、メルディ。いくら職人の道を選んでも、あなたはれっきとしたリヒトシュタイン家の娘なの。目に見えてわかる『お許し』がないと、ウィンストン家は社交界で居場所がなくなっちゃうわ。今後の領地経営にも支障がでるかも」
「え? そういうものなの?」
貴族教育なんて欠片も受けていないからわからない。慌てて了承すると、ビクトールは顔を輝かせた。
「ありがとうございます。フランシス、戻ってきたばかりで悪いが、お前たちは国軍の方々を魔素だまりへ案内してくれ。ドワーフの横穴は複雑だ。安全性重視で頼むぞ」
「おう、任せとけよ。完全に目が覚めたみてぇだな。急にご領主さまらしくなりやがって」
「元々家を継ぐ予定のなかったボンクラだ。英雄の父上にも、死んだ兄上にもまだまだ遠く及ばないよ。——それでも、俺にやれることをやるだけだ」
小さく笑い、ビクトールは残党たちを引き受けた傭兵たちと共に去っていった。
「じゃあ、行こうかい。デュラハンのお嬢さんよ」
「ごめんなさい、ドレイク様。もう少し待っていてくださる?」
嫋やかに微笑み、エスメラルダは近くの国軍兵士が差し出した通信機を受け取ると、スイッチを入れ、そのままメルディに手渡した。
「はい。今度はこっちもケジメをつけないとね」




