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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
第1幕 大団円目指して頑張ります!
22/88

22場 持つべきものは顔の広い知り合い

 地獄のような夜が明けた。


 一睡もできずに目の下にクマを作ったメルディに、グレイグもレイも何も言わなかった。


 パンとスープだけの質素な朝食を囲みながら、マルクとロビンだけが心配そうにこちらを見つめている。

 

「あの……。メルディ、大丈夫?」

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。ちょっと眠れなかっただけなの。ウィンストンに着いて色々あったから」

 

 ちらりとレイを伺う。相変わらず平然とした顔だ。最初は切なくて悲しくて仕方なかったが、だんだん腹が立ってきた。


 この旅でレイに泣かされたのは二度目。やられっぱなしは性に合わない。いつか絶対に「負けた」と言わせてやる。

 

「お姉ちゃん、僕のパンも食べる?」

 

 メルディの怒りを鎮めようと、グレイグが自分の皿を差し出してきた。ちょこっと齧ってあるのはご愛嬌だ。


 食いしん坊な弟が自分の食糧を差し出すなんて、最大限の気遣いである。方向がちょっと間違っているけど。

 

「いいわよ。あんたデュラハンなんだから、人一倍食べるでしょ。いつブラムの居場所がわかってもいいように、しっかり力つけときなさい」

 

 皿を押し戻して力なくため息をつく。


 ベッドに潜り込んで泣くメルディに、グレイグは優しかった。疲れて眠かっただろうに、ロビンと一緒に布団をぽんぽんと叩きながら、泣き止むまでそばにいてくれたのだ。

 

「もう別の人探す?」と言うグレイグに、「やだ」と性懲りもなく返しても、「そっか」と答えるだけだった。


 素っ気のない、けれど温かみの込もった言葉に弟の愛情を見た。たぶん次は一年後ぐらいまでない。

 

「今日はどうするの? 師匠の居場所ってこれから探すんだよね? 街に情報収集に行くなら、俺も連れて行ってほしい。身元が割れないように変装はするから」

 

 広いウィンストンといえども、マルクの美形さは目立つ。だから今もフードを被っている。


 念の為メルディもだ。美形ではないが昨日騒いでしまった手前、あまり視線を集めたくない。

 

「そうだ。マルクにも説明しておくね。実は協力者ができたの。あのね……」

 

 フランシスとの一件を話すと、マルクは目を点にした。逆の立場だったら、メルディもそうなるだろう。

 

「フランシス・ドレイクが……。そんなことがあったなんて……」

「結構騒いでたんだけど、気づかなかった? 疲れてたんだね。朝まで一度も部屋から出てこなかったし、物音ひとつしなかったもんね」

 

 マルクの眠りが深くて本当によかった。レイとのあれこれを聞かれていたら、今頃メルディはここにいない。恥ずかしすぎて。

 

「ごめん……。ぐっすり寝てたみたいで」

「仕方ないよ。工房があんなことになってショックだったよね。でも、希望はまだ残ってる。ブラムが見つかるのも、きっと時間のうちだよ」

「ありがとう。メルディはすごいな。そばにいてくれるだけで元気が出るよ」

 

 嬉しそうに目を細めるマルクにロビンが飛びかかった。それを必死に制止して胸に抱きしめる。

 

「ちょっと、ロビン。どうしたのよ。何怒ってるの?」

「大丈夫。きっと、またやきもち焼いたのかな」

 

 ロビンが威嚇してもマルクは穏やかに微笑んでいる。顔も青くない。ついに動くぬいぐるみの恐怖を克服したのかもしれない。

 

「ねえ、メルディ。よかったらあとで一緒に街に出ない? ウィンストンを案内したいんだ。ドレイクさんに任せきりってのも気が引けるし、情報収集を兼ねて」

「え、でも……」

「いいじゃん、行っといでよ。君もたまには同年代と交流したら。いつドレイクから連絡が来てもいいように、僕とグレイグは宿で待機してるからさ」

 

 目も合わさずにレイが言う。昨日の今日でさすがにカチンときた。


 あんなことしといてそれはない。売り言葉に買い言葉で声を張り上げる。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて行ってきます! 遅くなっても心配して迎えに来ないでよね! もう子供じゃないんだから!」

「はいはい。でも、ロビンは連れて行きなよ。マルクもそれでいいよね?」

 

 マルクがこくりと頷いたのを合図に、散々な朝食はお開きになった。





 

 ウィンストンは朝から賑わっていた。


 メルディの気持ちを反映するように、空はどんよりと曇っている。たとえ晴れていても、工場や製鉄所から吐き出される煙で一年中くすんでいるらしい。

 

 ところかわれば技術も変わる。さりげなく情報収集しつつ、首都ではお目にかかれない武具や工具を見て歩くのは楽しかったが、太陽が中天を通り、鉄錆通りを一周する頃にはふらふらになっていた。

 

 やっぱり仮眠してから出ればよかったか。


 マルクは「起きるまで待つよ」と言ってくれたのに、メルディが断ったのだ。宿にいたくなかったから。

 

「メルディ、大丈夫? ちょっと休憩しようか」

「うん……。ごめんね、せっかく案内してくれてるのに」

「いいんだ。俺が言い出したことだから。向こうに公園があるんだ。あまり人が来ないところだから、ゆっくり休めると思うよ」

 

 優しく手を引いて連れて行ってくれた先には、緑に覆われた小さな公園があった。


 複雑な裏路地を二つ三つ通ったところにあるからか、確かに人はいない。すぐ向こうには工房がひしめき合っているとは思えないぐらい静かだ。

 

 設置されている街灯も魔石灯ではなく、ガス灯である。まるでここだけ時代に取り残されたような空間の真ん中で、メルディたちは並んでベンチに座った。

 

「はい、アイスティー。今日は暑いからね。一応持ってきておいてよかった」

「ありがとう。その腰のポーチ本当に便利ね。今度見つけたら絶対に買おう」

 

 差し出された水筒の蓋に注がれたアイスティーを一気に飲み干す。


 冷たくて気持ちいい。マルクに感謝しつつ蓋をハンカチで拭こうとして、「そのままでいいよ」と制止された。

 

「え? でも、口つけちゃったし……」

「メルディならいいってことだよ」

 

 戸惑っている間にメルディの手から蓋を取り上げたマルクが、蓋にアイスティーを注いで口をつけた。


 これはあれだ。よく恋愛小説に出てくるやつだ。リリアナがこっそり隠し持っているのを読んだから間違いない。

 

 フードの中でばしばしとメルディの頭を叩くロビンの肉球を感じながら、そっとマルクから目を逸らす。なんだか無性に恥ずかしくなってきた。

 

「メルディ? どうしたの? 体が辛い?」

「う、ううん。大丈夫。メガネがずれちゃっただけ」

「普段かけてないと、なんか気持ち悪いよね。俺も初めてだから違和感すごいよ」

 

 ずれてもないメガネを直すふりをするメルディに、マルクは笑みを浮かべた。その顔にはお揃いのメガネがかけられている。


 変装のためにマルクが用意してくれた伊達メガネだ。マルクは美形だから何をかけても似合うが、メルディは田舎から出てきた事務員みたいになってしまった。

 

「ごめんね、無理させて。メルディとデートしてるかと思うとテンション上がっちゃってさ。つい、あちこち連れ回しちゃった」

「デ、デート?」

「俺は最初からそのつもりだったよ。こんなときに不謹慎なのはわかってる。でも、君といられるのもあと少しかもしれないから」

 

 まっすぐに好意を向けてくれるマルクに罪悪感が湧く。まるで男の人を弄ぶ悪女になった気分だ。


 黙り込んだメルディを心配してか、フードから抜け出たロビンが膝の上に飛び降りてきた。その頭を撫でながら「ごめんね」と呟く。

 

「なんで謝るの?」

「私、マルクにひどいことをしてると思う。今日だって来るべきじゃなかった。あなたの気持ちを知ってて、利用するみたいな真似を――」

「待って。その先は言わないで。……昨日レイさんと何かあったの?」

 

 とても話せるわけがない。力なく首を横に振るメルディの顔をマルクが覗き込む。

 

「メルディ。俺と出かけることで、君の気が少しでも晴れるならいいんだ。利用されてるなんて思わないよ。だって俺、君のことが――」

 

 その瞬間、ロビンがマルクに飛びかかった。しかし、マルクはロビンの体を捕まえると、そのままベンチに押さえつけた。


 あっさりあしらわれて、ロビンのつぶらな瞳が丸くなった……気がする。

 

「ごめんね、ロビン。俺の邪魔しないでくれる?」

 

 マルクの言葉に逆らうように、ベンチの上でじたばたと手足を動かす姿に思わず口元が緩む。可哀想だが可愛い。

 

「ロビンのこと、怖くなくなったの?」

「ああ、うん。もう大丈夫なんだ。今は俺の方が強いしね」

「今はって、前はぬいぐるみより弱かったの?」

 

 くすくすと笑うメルディに、マルクも微笑みを返す。

 

「ねえ、メルディ。師匠が見つかっても、君は連れて行ってもらえないよね。俺にいい考えがあるんだけど」

「え?」

「耳貸してくれる?」

 

 ひそひそと囁かれた内容に目を見開く。そんなことが可能なのだろうか。伺うように見上げるメルディに、マルクが力強く頷く。

 

「心配しないで。何度か実験済みなんだ。君も最後まで見届けたいでしょ?」

「それはそうだけど、本当にいいの? あとでマルクが怒られない?」

「いいんだよ。ここまで助けてもらったんだから、何か恩返しさせて。レイさんたちには言わないでね。二人だけの秘密」

 

 こくりと頷いたそのとき、聞き慣れた声が公園に響いた。

 

「お姉ちゃーん! 見つかったってー!」

 

 公園の入り口でグレイグが大きく手を振っている。その後ろでは、レイとフランシスが並んでメルディたちを見つめていた。

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