最終話 百合の楽園へ
〈日向未来視点〉
放課後。
部活が終わり、帰ろうとした時だった。
「未来先輩!」
振り返ると、満面の笑みで紅葉が抱きついてきた。
「……紅葉。いつも言っているが急に抱きつくと危ないだろ」
「それは急にじゃなかったら良いってことですか?」
揚げ足を取られた気分だ。
でも、こうして紅葉に甘えられるのは嫌いじゃない。
「……ああ、急にじゃなかったらな」
「わーい、未来先輩、ありがとうございます!」
紅葉は嬉しそうに、スリスリと頭を擦り付けてくる。
「未来先輩は相変わらず良い匂いがしますね」
「そうか?」
言われて悪い気はしない。
「はい、抱き枕にしたいです」
「……」
そんなこと言われても困るんだが……。
「あっ、そうだ未来先輩! 今度の日曜日デートしませんか?」
紅葉のデートの誘いにアタシは正直迷った。
紅葉と遊ぶのは嫌いじゃない。
だけど、前回みたいなことがあったら困る。
「当然、前みたいなことはしませんよ」
「……よく分かったな」
もしかして、顔に出てただろうか……。
「……キスした後、未来先輩すごく怒ったじゃないですか」
紅葉は苦笑いしながらそう言った。
前の話だが。
夕暮れの公園で紅葉が、アタシの同意なしにキスしてきたことがあった。
アタシはすごく怒ったのを覚えている。
その時のアタシは紅葉の告白の返事で悩んでいたから情緒不安定だったのだ。
そして、アタシは大人げなく紅葉を置いて帰った。
次の日、紅葉が謝ってきたので許したが……。
アタシが中々答えないのを感じたのか、紅葉が不安な面持ちでアタシを見つめる。
そんな顔されたら……断れないだろうが。
「……わかった、いくかデート」
投げやりな口調で言うと、紅葉は表情を華やかにした。
「本当ですかっ!?」
「ああ」
「やったー!」
右手を上げて子供のように喜ぶ紅葉。
よかった、よかった。
それから、他愛ない話をして別れ際。
「また明日です。未来先輩」
「ああ、またな紅葉」
紅葉が手を振り、アタシも応じた。
紅葉の背中が見えなくなると、アタシは頬を緩めた。
「デート、か」
その言葉は自然に口から出た。
楽しみだ。
どんなことをしようかな……。
鼻歌を歌い始めような上機嫌で、そんなことを考えていた。
そして、ふと、最近のことを思い出した。
学校での同性愛への差別がなくなったことで、紅葉のアプローチが多くなった。
でも、嫌じゃない。
それどころか――
〈泉凪沙視点〉
停学があけて、久々に学校にきた。
そして、第一声がこれだ。
「……夢か」
「ボクも同じことを言った」
俺が呟くと、レンが空かさず言った。
「一体どうなってんだ、本当に……」
目の前の光景が信じられない。
頭がスパークを起こしそうだ。
「ボクが知っている限りだと、会長が上手くやったみたいだ」
「会長が? なにを?」
「同性愛への差別の撤廃」
あっさりと返ってきた答えに、俺はしばし呆然とした。
「……一体、どうや――」
「と、言うことでこれからは堂々とイチャイチャできるようになったわけだ」
レンの言葉に遮られた。
さらに、レンの視線は俺ではなく、別の方向にあった。
怪訝に思い視線を辿ると、
「菜月」
菜月がこちらを見ていた。
「一つアドバイスをしてやる。女というのはボクたちが思っているより、ずっと強い」
一体、なにが言いたいんだろうか……?
「凪沙、いってこい。そして、男ならバシッと解決してこい」
レンは俺の背中をペシッと叩く。
それが、レンなりの後押しだと俺は分かった。
「レン、ありがとな」
レンに礼を伝えて、菜月のもとに歩み寄る。
「久しぶりだな、菜月」
「……うん、久しぶりだね、凪沙くん」
「……」
「……」
ぎこちない雰囲気が流れた。
久しぶりの会話だから仕方ないよな……。
俺はショックを受けながら、菜月を誘った。
「場所変えないか?」
今俺達がいるのは校舎の前なので、大変人目につく。
少なくても、真剣な話をする場所ではない。
「そうだね」
連れてきたのは、相変わらず人気がない体育館裏。
菜月を正面から見つめた後、頭を下げた。
「菜月。ごめん」
意固地になっていたのが、嘘のようだ。
ここまで、素直に謝れたのは偽恋人をする必要がないからだ。
もう、学校では差別は起こらないのだから。
しばらく頭を下げていると、足音が聞こえた。
「凪沙くん、頭上げていいよ」
許しがでたので、頭を上げてみると、
「!」
菜月との距離が近かった。
「わたしもごめんね、変な意地張っちゃて」
菜月は俺の頬に手を当てて、悲しげな表情を浮かべた。
「……別に気にしなくていいぞ、勝手にやったのは俺だしな」
「そう」
菜月は俺の頬を優しく撫でる。
なんか、恥ずかしい……。
しばらく、恥ずかしさを堪えていると、
「仲直りしようか」
撫でるのをやめて、菜月が笑いかけてきた。
「……そうだな」
俺が笑ってそう答えると、菜月は優しく抱きついてくる。
吐息がかかるほど近く、菜月の顔があった。
恥ずかしさを感じながらも菜月から目を離さなかった。
「じゃあ、キスして」
「えっ?」
なぜキスを?
仲直りをするんじゃないの?
「恋人同士の仲直りは、キスが当たり前なんだよ」
「そうなのか?」
なんか、胡散臭い……。
そう思っているが、すでに俺の視線は菜月の桜色の唇に注がれていた。
「うん、だから早く早く」
菜月は子供のように制服を引っ張り、キスを急かす。
仕方ないな……。
恋人同士の仲直りがキスかどうかは知らないが、まあ、いい。
俺は気合いを入れて顔を近づける。
菜月が頬を赤らめて、目を閉じた。
俺も目を閉じる。
そして、キスをした。
仲直りのキスは、一時間目の授業の開始チャイムと共に終わった。
今から教室に行っても間に合わないと、授業をサボることに。
生徒会役員としてあるまじき行為だがたまには良いだろう。
たまにはね。
地面にハンカチを広げて座る。
そして、俺は菜月にこの学校の状況について訊ねた。
菜月は語った。
同性愛者の増加のこと、全校集会のこと。
成功していじめがなくなったこと。
しかし、一部ではまだ差別があるようだ。
そして、菜月が会長に協力したこと。
「俺のためを思って……」
「うん」
「そうか……ありがとな」
素直に嬉しいと思った。
同時に自分の情けなさが分かった。
レン、お前の言ってたことがわかったよ……。
女てのは俺達が思っているよりも、ずっと強いな。
もしかしたら、俺達、元男のほうが弱いかもしれない……。
俺が自傷気味になっていると、菜月が俺の手に指を絡めてきた。
「凪沙くん、キスしようか」
「またか」
「嫌、なの?」
菜月はかわいらしく、俺を覗き込むようして、瞳をウルウルさせた。
いつの間にそんなあざとい表情を覚えたんだ……。
「……わかった」
俺がそう言うと、菜月は小さくガッツポーズをして、嬉しそうに笑った。
俺はそっと片手を菜月の頬に添えた。
「凪沙くん」
「なんだ?」
「さっきのは仲直りのキスで、今度のは――」
菜月は俺の頬に手を添えた。
「愛を育むキスです」
愛を育むキスね……。
なんか、恥ずかしい。
まあ、気持ちが大事てことだろう。
菜月は自分で言っておいて恥ずかしがったのか、顔を赤らめて微笑んでいた。
俺は違う意味で顔を赤くする。
相変わらず菜月とのキスはドキドキするし、恥ずかしいとも感じる。
でも、したい。
俺は顔を近づけと、菜月も近づけてきた。
「菜月」
「凪沙くん」
互いに名前を呼び合い、目を瞑った。
そして、キスをした。
一年後。
同性愛への差別がなくなり『同性結婚法』が制定された。
元男と女、女と女、元男と元男の十六歳以上が結婚できることになった。
皆さん、最終話です。
無事最後まで書き終えることができました。
これも、読んでくれた皆さんのおかげでしょう。
本当にありがとうございます。




