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竜迷宮の魔女と契約した俺は、底辺人生から成り上がる  作者: くろぬこ


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【第09話】招かれざる客2

 

「リュート、コレを見て。肉が赤黒く焦げてるでしょ」

 

 マリーネが獣毛で覆われた腕を拾うと、切断面を俺に見せてくる。

 

「コレが、火の魔剣で斬られた時の残痕ざんこんよ」

「なるほど……」


 鼻を近づけると、微かに肉の焼けた匂いがした。

 本来なら、黒い床に落ちてるべきモンスターの青い血液が、どこにも見当たらない現場を目の当たりにして、抱いてた疑問がすぐに解決する。

 肩口あたりから脇腹へ斜めに、袈裟懸けに斬り捨てられたのか、半身が分かれた狼頭の人型モンスターが床に寝転がっていた。

 俺より頭一つ大きい人型モンスターが、一振りで真っ二つにされるとか、どんな怪力だよ……。

 

「どの死体も、魔石をほじくった形跡が無いね……。先へ進むためだけに、斬り倒した感じよ。うちの村だと、大半が犬人コボルト狩猟犬ハウンドの群れ止まりなのに……。こんな金を捨てるみたいに、勿体ないことをしてるの見ちゃったら。他の皆が怒りだしそうね」

 

 群れを作るタイプの犬人コボルトと、上位種に当たる狼人ワーウルフが率いる群れでは、強さも報酬金も倍以上は違うから、ラッカが不機嫌そうに表情を変えた気持ちも分かる……。

 

 息絶えた狼人ワーウルフの上半身をまさぐっていたラッカが、おもむろに立ち上がって周りを見渡す。

 長い通路の道中には、群れのリーダーと共に行動したであろう、半身の分かれた狼の死体がいくつも転がっていた。

 

「戦力にもならない、足手まといのシスターを連れて。もう六階層まで降りたのかね? 初見にしては、なかなかに早いの……」

 

 五階層に繋がる階段を降りて来た先生が、足下に転がるモンスターの亡骸に目を留めた。

 うちの迷宮では、六階層から出現し始める狼人ワーウルフの死体が、スライムに掃除されず転がっているということは、奴らは近くにいるのだろうか?

 

「もうすぐ陽も沈むわ。もしかして、夜まで迷宮に潜るつもりかしら?」

「マリーネ。奴らは、迷宮暮らしをしてる連中よ。たぶん、そのまま迷宮に居座るつもりじゃない?」

「……理解に苦しむわね。迷宮で寝泊まりするなんて」


 困惑するマリーネの言う通りだが、悪党と呼ばれる連中が日陰暮らしを選ぶ理由は、だいたい察しがつく。

 おそらく気軽に表を出歩けないほどに、普段から犯罪行為ばかりをしてるんだろう。

 

「長い夜の暇を潰せる相手はいるし。人気のない暗闇の方がむしろ。奴らにとっては、好都合なのかもしれんな……」

 

 先生が呟いた言葉を耳にして、その意味を理解した女性二人が、みるみると顔色を不快に染めた。

 

「やっぱり悪党からは、クズ野郎の悪党しか産まれないのかしら? どうしたら、か弱いシスターにそんな酷いことができるのか。すごく理解に苦しむわね……」

「人間がどうなろうが、知ったことじゃないと思ってるけど……。今回ばかりは、ホントに腹が立つわ」


 怒りに声を震わし、殺気立つ女性陣の圧をヒシヒシと感じる。

 連中の居場所を早く見つけようと、慌てて壁に手を当てた。

 俺の得意とする、迷宮魔法の一つである迷宮探査ソナーが発動し、青白い光が波紋の如く通路の黒い壁を走る。

 

 周囲百ブロック――およそ百メートル――の地形情報と生命反応が、3Dマップを上から俯瞰ふかんした視点で、俺の脳内に映像化される。

 通路の床から青白い霧が発生し、地を這うスライムのシルエットが、ポコポコと次々に現れた。

 小柄な体躯の背中を丸めた鼠頭が、曲がり角から何かを覗き込む姿で、その時の様子を静止画像として映す。

 

 先生と会うまでは、せいぜい十メートルが限界だったが……。

 およそ五十メートル先でも鼠人ワーラットと分かるレベルで、半透明な青白い人型のシルエットが視認できる。

 

 魔女と契約を交わしたおかげで、以前の十倍になる最大百メートルまで、範囲が伸びたのはありがたいことだが……。

 鼠人ワーラットが様子を伺う視線の先、行き止まりの小部屋に注目してると、それらしき三つの人影が映像化される。

 どれがシスターか認識できるレベルになった瞬間、俺は奴らの位置だけを把握して、映像を即座に脳内から消した。

 

「リュート、見つかったの?」

「ああ……」

「どうしたの、リュート? 急に黙り込んで……」

「ちょっとな……。魔法の光で、たぶん向こうにも気づかれたと思うから。ここからは慎重に行こう」

 

 さっき自分が視た胸糞の悪い光景を、わざわざ詳細にマリーネへ語る必要は無いだろう。

 もっと鮮明な映像が視えるらしい先生とは違い、俺が視えるのはシルエットレベルだから、逆に良かったのかもしれない。

 亜人達を探しに迷宮へ潜った時に、先生が相当に気分を害した気持ちを、あらためて理解した。

 奴らは絶対に、野放しにしてはいけない悪党だ……。

 

「モンスターっぽくない、妙な声が急に止まったけど……。そういうことなのね?」

 

 俺が行き先を教えるよりも前に、ラッカが十字路の一点を見つめている。

 先を進んだようにも見える、狼の死体が転がる入口正面の道ではなく、右の通路を睨んでることからして、耳の良いラッカが彼らの音を拾ったのは、間違いないだろう。


 俺はあえて、ラッカの質問には答えなかった。

 ラッカの感情のたかぶりを表すように、猫のように真ん丸だった青い瞳が、縦長に伸びている。

 

「途中に鼠人ワーラットが一体いるから、気を付け――」


 俺が言い終わるよりも先に、何かを見つけたラッカが走り出す。

 獲物を見つけた獣のように通路を駆け抜け、十ブロック先の曲がり角に到着したタイミングで、いきなり死角から小さな人影が飛び出した。

 

 小鬼ゴブリンくらいのサイズで、体長一メートルほどの小柄なモンスターが、鋭利に尖った前歯をラッカの柔肌に突き刺そうとする。

 しかし、猫のように素早く飛び跳ねたラッカが、待ち伏せしていたモンスターの不意撃ちを、身軽に横へヒラリと避けた。

 ショートソードを両手で握り締め、鼠人ワーラットの丸まった背中めがけて、すれ違いざまに上から一気に貫く。

 

「ギギッ!?」

 

 全身を灰色の体毛に覆われたモンスターが、鼠頭の口から獣らしい悲鳴を漏らす。

 窮鼠猫きゅうそねこを噛むじゃないけど、追い詰められた臆病者の攻撃は、ラッカには届かなかったようだ。

 背中を靴底で踏みつけ、突き刺した刃を乱暴に引き抜くと、すぐに刃を振り下ろして止めを刺した。

 村に住む亜人の中では、首狩り姉妹を除いて一番に腕が立つらしい彼女なら、大丈夫だと思っているが……。

 

「ラッカ。リュートが、慎重に行こうと言ったばっかりでしょ?」

「むしろ今の方が(・・・・)、不意打ちが取れるわよ。ほら、急ぎましょ」

 

 たしなめるようなマリーネの発言を気にした様子もなく、ぶっきらぼうに答えたラッカが先を促す。

 奥の状況を理解してるような彼女の言動に、何かを察した周りは誰も止めれず、皆が足早に先を進む。

 曲がり角を進み、一本道の通路を抜けた先には、予想通りの開けた小部屋があった。

 

「兄貴、来やしたぜ」


 見張り役らしき男に声を掛けられ、背中を向けてたもう一人の男が、俺達に聞こえるくらいの大きな舌打ちをした。


「あん? なんだよ……。誰かと思えば、ケツでか女かよ。今度は仲間連れか?」


 上半身が裸のむさ苦しい男が、カチャカチャと外れたベルトを留めながら、俺達の方へ面倒臭そうな顔を向けた。

 偉そうにしてるこっちの男が、おそらく悪鬼バモンの息子、ダインなのだろう。

 

「いや、ムジナ。服よりも剣を寄こせ」

「へい、兄貴」

 

 さっきの鼠人を思い出すくらいに、背中を丸めてフードを被った手下らしき男が、大きな剣を抱えるようにして、ダインに差し出す。

 両手持ちサイズの大剣であろう、長く太い刀身が鞘から抜かれていく。


「あそこに倒れてるの、シスターじゃない?」


 悪党の二人組も気になったが、マリーネの言葉に奴らの足元へ目がいく。

 青い服を着たシスターらしき人物が、地面に倒れていた。

 着衣が激しく乱れ、捲れたスカートから肌色の太ももが、あらわになっている。

 羞恥を感じる姿を周囲に晒されてるが、こちらに背中を向けて寝転がるシスターは、ピクリとも動かなかった。

 

「この……悪党がッ!」

 

 いきなり飛び出したラッカが、獣の如くダインへ突撃する。

 迷わずダインの顔を目掛けて、ショートソードを勢いよく振り回した。

 しかしダインが、その斬撃をすかさず大剣で防ぐ。

 

「いきなりかよ、て思ったら」


 鍔迫り合いの状態で、間近に接近したラッカの目を覗き込むダインが、何かに気づいた。


「亜人の女かよ……。コイツは生かしてもヤレねぇぞ、ムジナ」

「ヘヘッ、残念ですね。じゃあ、殺しますか?」

「あー、そうだな。でも、胸はソコソコあるぞ。どうせ一生、交われない獣だ。病気がうつされないよう、殺してから揉んでやれ」

「はぁあ? くたばれよ、ケダモノ」

 

 斬り合いが始まっても、下劣な会話を止めない悪党達に、ラッカが怒り混じりの唸り声を漏らす。

 

「あ? こっちはてめぇらに。せっかくの楽しみを邪魔されたんだ……。ファミリアにも喧嘩を売って、楽に死ねると思うなよ? モンスター女」

 

 鉄色の一部に、紅色の波紋が混じる刃に、魔力的な変化が生じた。

 ダインが両手で握り締めた大剣が、マナを纏ったように、青白く淡い光に包まれる。

 

「ラッカ、さがりなさい!」

 

 なにかを察したのかマリーネが叫び、刃を交えていたラッカが後方に跳ぶ。

 俺の想像していたより何倍も早く、大剣とは思えない速度で刃が空を切った。

 ラッカが猫のように素早く屈み、ギリギリで刃をかわしたかに見えたが――。

 

「ギャン!?」

 

 次の瞬間には、蹴り上げたダインの姿が目に映る。

 くの字にラッカが身体を折り曲げ、悲鳴を漏らして後方へ飛んだ。

 

「まずは一匹」

 

 四つん這いになって地面に膝を落とし、ラッカが胸元を抑えながら咳き込む。

 武器を手放したラッカに、獰猛な笑みを浮かべたダインが高速接近して、再び距離を詰める。

 畳み掛けるように、ラッカの顔をめがけて、片手で軽々と大剣を薙ぎ払う。

 大剣の刃が激しく衝突する音が、室内に響き渡った。

 

「……あん? どういうことだ?」

 

 おそらく肉を斬り裂く音を、予想していたのだろう。

 楽し気に笑っていたダインの表情が、困惑の色に染まる。


 二人の間に滑り込んだのは、ダインの強烈な斬撃を盾で防いだマリーネ。

 ラッカを背にして盾を構えたマリーネが、まるで大地に根が張ったように、一歩も退がることなく立っていた。

 

「魔剣じゃないけど。私も、優秀な盾を持ってるのよ……」


 古びたカイトシールドの表面に、見覚えのある青白い光が浮かんでいる。

 先生の研究所で見かけた、竜迷宮騎士団を示す紋様だ。


「へー。魔法の盾か……。ケツだけじゃなく、盾も良いモノを持ってんのか? やっぱ両方、欲しいな……」

「ラッカ、立てる?」


 ダインが下種な笑みを浮かべて、気持ち悪い舌なめずりをする。

 完全にそれを無視して、マリーネが視線を動かさず、後方に声を掛けた。

 ラッカが咳き込みながら、口元に垂れた唾液を手の甲で拭う。

 

「ケホッ。大丈夫、立てるわ……」

「ラッカは軽いから、相性が悪いわ。コイツは私が相手する。もう一人を、お願いして良い?」

「……了解」

 

 悔しそうに顔を歪めながらも、ラッカが転がる剣を拾い上げ、静観していたダインの手下へ視線を移す。

 もう一人の男も腰に提げた短剣を抜き、刃をラッカに向けた。

 

「ヤリてぇケツに、金になりそうな盾か……。契約が外れると、いろいろメンドくせぇな……。なあ、俺の女にならねぇか? 死ぬほど可愛がってやるぜ……」

「ホント、死んだ方がマシな質問ね……。兄弟揃って屑野郎のあなたに、一つ良いことを教えてあげるわ。あなたの弟はモンスターに焼かれて、とっくに死んだから。ここを探すだけ無駄よ」

「……は?」

「それと。あなたは私を抱けない……。絶対にね」

 

 魔力を纏う剣と盾を交えたまま、マリーネと見つめ合っていたダインが、何かに気づいた。

 

「そういうことかよ……。だから、村に亜人しかいなかったのか……」

「やっと気づいたのね」

 

 マリーネの持つ魔法盾が、濃厚な青白い光を纏い始める。

 

「屑野郎と混じるのは、ホント嫌だけど……。喰らうわよ」

 

 視線を鋭くしたマリーナが、妙に艶のある唇をペロリと舐めた。


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