【第08話】招かれざる客
「え? 報酬金、三倍!?」
椅子を蹴り飛ばさん勢いで、おもわず立ち上がったカレンが、テーブルの上に身を乗り出す。
内巻きなメリッサとは逆で、セミロングの毛先が外ハネした、カレンの金髪が激しく揺れた。
「そうよ。三倍よ、三倍!」
同じように前へ身を乗り出し、三本の指を立てたラッカが、ニヤリと楽しそうな笑みを浮かべた。
「私達としては嬉しい話ですが……。そんな急に、魔石の買い取り額を引き上げて、運営の方は大丈夫なのですか?」
テーブルを挟んで、至近距離で興奮したように見つめ合う二人とは違い、メリッサは戸惑い気味な顔で俺に尋ねてくる。
過去に探索者ギルドの事務員として働いていたからか、まず先に村の金回りを気にかけてくれるのは、この開拓村を運営する上で欠かせない優秀な人材だと思う。
「レベッカさんとの買い取り価格の交渉が、上手くまとまったからね。俺達が予定してたより、かなり上がったよ」
「あの金額から、まだ上がったのですか? それは、すごいですね……」
先生がいろいろと頑張って、金の成る樹を強調した迷宮に、レベッカさんが物凄く食いついてくれからな。
逆に言えば、レベッカさんの「これだけ投資してるんだから。もちろん、ろくに利益が出なければ、分かってるんでしょうね?」と言いたげな、遠回しな強いプレッシャーをヒシヒシと感じるが……。
マリーネから聞いた話だと、初期投資で数百万単位のお金が既に動いてるらしいからな。
レベッカさんに、借りを作るのはいろいろ怖いから、早く借入金を返済できるくらいの利益を上げたいが。
うちの村で、果たして返しきれるのだろうかという、不安はかなりある……。
「では、確認しますね……。住民登録を兼ねた、迷宮ギルドへの登録。および、パンドラ商会を介した納品物の買い取りに、了承すれば。報酬金の配分が、一割から三割になると……」
「そうだね」
紙にペン先を走らせながら、メリッサがメモを取る。
「へー。メッチャお得じゃん」
「そうよー。うちの商会に登録した方が、お得なのよー」
手に握り締めた算盤をジャラジャラと鳴らし、カレンに相槌を打ちながら、ラッカが満面の笑みを浮かべた。
この村に来た当初は、レベッカさんの商会と変わらない取引価格だったから、予想通りな不満の声が上がってたけど。
カレンの食いつき具合から察するに、亜人からの反応は悪くなそうだ。
「昨日も、駄目だったんでしょ? タダ同然で買い叩かれるよりは、良いと思うよ~?」
ラッカの問い掛けに、溜め息混じりにメリッサが肩を落とす。
昨日も転移門を使って、商業国家スサノギにある迷宮都市ルームガントへ、魔石の買い取り先を探しに行った亜人がいたようだが、結果は聞くまでも無いようだな……。
「こちらの取り分を、どこに割り当てる予定かは、簡単に書いておいた。もし聞かれた時に、参考に使って欲しい……。俺の懐にほとんど入ってないと。それで信用してもらえるかは、分からないけど……」
箇条書きで簡単に書いた、予算案のメモ用紙を差し出すと、メリッサが資料に目を通す。
「亜人の私達に、ここまでいろいろしてもらって。これ以上の文句を言うのは、ただの我儘になりますね……。私はリュートさんの条件で、断る理由は無いと思います。カレンはどうですか?」
「お金のことはよく分からないから。メリッサが良いって言うなら、それで良いよ……」
「じゃあ、登録だね? 新規二名様、ご案にゃ~い」
商会を立ち上げたのに、新しい住人の登録ゼロ人という、悲しい時代がこれで終わるのか……。
あ、でも、レミアが登録してくれたから、ゼロ人ではないのか?
ラッカに練菓子で買収されて、ようやく子供が登録してくれたという、切ない過去を思い出してしまい、涙が出そうになったが……。
「にゃふふ。じゃあ早速、買取する?」
「……そうですね。お願いしましょうか。カレン、今日の分も出してちょうだい」
「はいはい」
持ち歩いていた皮袋の結び紐を解き、迷宮で回収した魔石がバラバラと、テーブルの上に転がる。
魔石の一つ一つを摘まみ上げてラッカが鑑定し、算盤を弾きながら買取価格を決めていく。
「私が探索者ギルドの職員になるのは、良いのですが……。一人で運営するのは、さすがに厳しいと思うので。何人か手伝って頂ける人を、増やして欲しいのですが……」
カレンがテーブルにバラ撒いた、魔石の一つをメリッサが手に取り、鑑定作業をしながら俺に尋ねてくる。
「そのへんは、ラッカと先に話してて。魔石を一緒に鑑定してる人達に、声を掛けたんだよね?」
「したよー。もともと戦うことは苦手って、言ってる娘達だから。たぶん手伝ってくれると思う。メリッサも知ってる、いつもの面子だよ……」
「ああ、なるほど。彼女達なら、なんとかなりそうですかね……」
「職員として正式に採用するかは、メリッサの判断に任せるよ」
「責任重大ですね……」
「ていうかさ、リュート君って本当に十六歳? よくそんなに頭が回るよねー?」
周りの話についていけなくて、頬杖を突きながら静観していたカレンが、そんなことを呟く。
その点については、あまり突っ込まないでくれると嬉しいのだが……。
「先生の受け売りですよ」
「先生ねぇ……」
やや疑わし気な目を、カレンが別の方へ向ける。
――村長でも座っていたのか――前後に揺れるタイプの椅子に深く腰掛け、ゆっくりユラユラと動かしながら、千年振りになる外での生活を、ご機嫌な顔で先生が満喫していた。
「リュートいる?」
外出していたはずのマリーネが、入口から顔を出す。
「ラッカもいるのね。ちょっと来て」
「おかえり。どうした?」
どこか様子のおかしいマリーネが、表情を険しくして俺とラッカを手招く。
「面倒なヤツらに、目を付けられたわ。リュート、前に死を泣き叫ぶ亡霊女のトラップをわざと踏んで。双頭火犬の火で死んだ、屑野郎を覚えてる?」
「それは覚えてるけど……」
「あの馬鹿。王都を根城にしてるファミリアだったのよ……。裏切りの悪鬼バモンって男、知ってる?」
聞いたことも無いと俺が言うよりも先に、ラッカが大きな舌打ちをした。
「王都迷宮の十三階層を住処にしてる。闇組織の悪党共よ」
* * *
「もう一度。状況を整理しましょう」
緊急で開かれた評議会のメンバー四人が、険しい表情でテーブルを囲む。
重苦しい沈黙を破るように、最初に口火を切ったのはレベッカさんだった。
「マリーネが王都へ行った時に、立ち寄ったのは迷宮ギルドだけなのよね?」
「そうよ、叔母様。しばらく他所の迷宮で稼ぐつもりだから、あまり顔を出せないかもって、受付嬢と世間話をして……。サコンに頼まれた、情報収集も終わったから。荷馬車に戻ってみたら」
「待ち伏せされていたと?」
「そうね」
「迷宮ギルドから、荷馬車に戻るまで。どこにも立ち寄らなかったのよね?」
「さっきから、思い出そうとしてるけど……。どこにも、立ち寄ってないわね」
視線を宙に彷徨わせ、考える仕草をしたマリーネが、レベッカさんの質問に答える。
「やっぱり。街に入ってから、つけられたんじゃないの?」
最初の説明を聞いてる時にした、同じ質問をラッカが口に出す。
「んー。人に見られるっていうのは、よくあるから。つけられたとしても、気づけなかったのよね……」
普段から危険な環境に身を置いてるためか、警戒心が強くて目つきが鋭いところを除けば、マリーネは美人だからな。
そのせいで、あの厄介なナンパ男につきまとわれて、今回の面倒ごとに巻き込まれたんだけど……。
「私は、それは違うと思ってるわ……。マリーネがファミリアに目をつけられたのは。こっちで死んだ馬鹿に、王都で声を掛けられたタイミングからよ……。たぶん、王都の入口にも見張り役がいて。デイルとか言う馬鹿が、あなたと一緒じゃないのを見たから。声を掛けて来たんじゃないかしら?」
「……そこまでするの?」
「そこまでするのが、ファミリアよ。死んだ奴がどんなにクズ野郎でも。そいつがファミリアのボスと、血が繋がってるのなら。一人くらいは、お目付け役がいると思うしね……」
妙に確信を持った言い方で、ファミリアのやり方をレベッカさんが説明する。
「待ち伏せしてた知らない男に。名前と特徴を聞かれたのよね?」
「そうね。お前みたいな、ケツのデカイ女は目立つんだよって、いきなり言われたわ……。胸とお尻を、いやらしい目でジロジロ見られて腹が立ったけど。なんか普通の人とは、明らかに雰囲気が違ったから。蹴るのは我慢したわ……」
マリーネが不満げな顔で、口を尖らせる。
「それは正解ね。それで……。声を掛けてきたダインって男が、悪鬼バモンの息子だと名乗ったのね?」
「そうよ……。いきなりファミリアの名前を出されて。俺に嘘をついたら、どうなるか分かってるのかって、脅されて……。ちょうど迷宮ギルドで、そいつらの悪い噂を聞いてすぐだったから。最悪ねと思ったわ……」
「聞かれたのは、弟デイルの行き先だけ?」
「だけね。アイツらと話をした感じ。私があのクズ野郎と一緒にいたのを、決めつけてるみたいだったから。下手に誤魔化さず、迷宮までは一緒だったことを素直に話したわ……。付き合えとか言われて断ったら、トラップスイッチを踏んで。私をモンスターの群れに置き去りにして、どっかへ逃げたわって……。死んだこと以外を喋ったら。今度は、その迷宮はどこだって聞かれてね」
「それで……。うちに連れてきたと?」
「あいつらが、勝手について来たのよ……」
喋り終えたマリーネが椅子に背を預け、心底うんざりした顔で深く座り直した。
「やっぱり死んだことは。喋っておいた方が、良かったかしら?」
「なんとも言えないわね……。もう存在しない男を探して。諦めて帰ってくれるまで、しばらく待つでも良いと思うけど……。それよりも問題は、その悪党と一緒にいるシスターの方よ」
いま一番の議論の的になってる女性へ、話の流れが再び戻ってしまう。
「マリーネの見た感じだと。そのシスターは、無理やり連れ回されてるのよね?」
「ええ、たぶんね……。俺の女だとか、アイツは言ってたけど。どう見ても、シスターは怯えてる感じだったわ……。ただの雑魚だったら、強引にでも問い詰めたけど。相手は二人だったし。ダインの方は、魔剣持ちだって自慢してたからね……」
「それも確認したのね?」
「見せびらかすように、鞘から少し抜いた時にね……。鉄色の刃に、ありえない紅色の刃紋があったから……。魔剣の可能性が高いわね」
手出しができなかった場面を思い出したのか。
苦虫をかみ潰した表情に、マリーネの顔が変化する。
「そのまま、無視でいいでしょ? そいつらに捕まったシスターは、ちょっと可哀そうだけど。わざわざ裏の連中に喧嘩を売って、うちの村を危険に晒す必要は無いわ」
少し前と同じく、村のためにシスターを切り捨てる、非情にも聞こえる発言をラッカが口にした。
「裏切りの悪鬼、バモンの悪い噂は。うちの商会でも耳にするくらい。すごく厄介そうな相手なのよね……」
レベッカさんが腕を組んで、少し考えこむような素振りをする。
「今回ばかりは、ラッカの意見に賛成ね……。昔から言うように、触らぬ神に祟りなし。こちらから手を出さなければ、ファミリアの面倒事に巻き込まれないのなら。シスターには悪いけど、今は様子見が無難ね……」
採決を行うまでもなく、二人がシスターを助けることに反対なのが分かる。
いつもは仲の悪い二人が、意見が合うことは珍しい。
それだけ裏組織のファミリアが危険だと、彼女達が共通認識してることは理解できた。
魔法で治療をしたり、人を癒すことに熱心なイメージの強い聖職者のシスターが。
それほど危険な悪党共と、なぜ一緒にいるのかは誰にも分からない。
間近でシスターを目撃したマリーネの話から察するに、なにかしらの不運に巻き込まれた可能性が、高いのだろうか?
「とりあえず、亜人達は迷宮から逃がしたぞ」
再び重い沈黙が流れ始めたタイミングで、元衛兵のカレンと一緒に、迷宮へ潜っていた先生が姿を現した。
「ありがとう、リュカ。助かったわ」
「採決は終わったのかね?」
「まだよ。票が割れる可能性もあるから、リュカの帰りを待ってたわ」
「ふむ……。少し話したいことが、私の方からもあったが。先に票が割れそうな理由を、簡単に説明してくれるかね?」
首から提げた竜印を胸元で光らせ、――この村で絶対に欠かせない人材として、全員の満場一致で――評議会への参加権を手に入れた先生が、五人目の評議員として席につく。
「私は地下に籠っていた時間が長いから、外のことはよく分からん。君達の話すファミリアなる悪党共が、どれほど恐ろしい存在かもな。ただ……モンスターの方がマシだと思うくらいの連中を、野放しにするのは。とても気に食わないのが、私の本音だな」
「それは、どういう意味かしら?」
「あれほどに、むごい仕打ちを受けてたら……。一月も経たずに、シスターは壊れてしまうだろうね」
酷く不愉快そうに口元を歪めた先生の発言に、議会に参加した全員に緊張が走った。
俺の迷宮探査とは比べ物にならないレベルで、先生は迷宮内で起こってることを、詳細に視ることができるはずだ。
ファミリアの亜人狩りを恐れて、迷宮内にいた亜人達を探した際に、おそらく先生が視てしまったであろう光景は。
たとえ泣き叫んでも、誰も助けが来ない地下の暗闇でシスターが悪党達の毒牙にかかり、苦しめられている最中であることを示唆していた。
「迷ってる時間が惜しいわね。採決を取るわ……。この村が、ファミリアと戦争になる可能性があっても。シスターを助けることに賛成の者は、挙手をお願いするわ」
即座に手を挙げたのは、マリーネと先生。
村の安全を守ることを優先したラッカとレベッカさんは、申し訳なさそうな顔で目を伏せながらも、頑なに手を上げなかった。
賛成と反対のそれぞれが二票ずつで、レベッカさんの予想通り、票が二つに割れてしまう。
皆の様子を見ていた俺は、なおも決断ができずにいた……。
「リュートも、反対ってこと?」
「いや、少し待ってくれ……」
ラッカの問い掛けに、票決の先延ばしを素直に申し出た。
皆の視線が集まる中、俺は決断に迷う……。
顔も知らぬシスターとはいえ、心情的には助けてやりたい気持ちが強い。
でも俺の一票が、この村の運命を左右する。
感情論で決めるのは、危険だと分かっているが……。
裏社会に詳しいラッカやレベッカさんが、ここまで恐れるファミリアを相手にしてまで、見知らぬシスターの不幸を救うべきなのか?
マリーネや先生の気持ちも理解できるが、それを選択した場合にどれだけの犠牲が……。
「難しい決断を迫られてるリュート君のために。私から一つ、手助けをしようかね」
迷い悩む俺の耳に、先生の声が届く。
テーブルに両肘を突きながら手を組み、犬頭から覗く二つの黒い瞳が、皆の顔を静かに見据える。
「レベッカ殿、ラッカ君……。君達が、そのファミリアを恐れる、一番の理由は何かね? 例えばの話、腕が立つと噂に聞く亜人の姉妹を雇えば。どうにかなる話では、ないのかね?」
「サコ姉達を誘ったとしても、絶対に断られるわ……」
「ほう。それは、どうしてかね?」
険しい表情で俯くラッカに、先生が問い掛ける。
「サコ姉達は、前にアイツらと戦ったことがあるの。でも、敵わずに逃げたって聞いてる……。アイツらが魔剣を持ってる限り。亜人の私達は、絶対に勝てないのよ……」
「ふむ。なにやら、込み入った事情がありそうだな……。すまないが。私は地下に籠った時間が長くて、外のことに疎いのだよ。もう少し、詳しく説明をしてくれないかね?」
ラッカの説明を補足するようにレベッカさんも加わり、魔剣に関わる亜人の事情を先生に説明する。
「なるほど……。現状は魔剣持ちに、対抗する手段が無いと……。逆に言えば、魔剣をどうにかできれば。ファミリアを相手にすることを躊躇する亜人達も、重い腰を上げてくれるかもしれない、ということかね?」
「まあ。そうなるかしらね? でも、不可能よ……」
「どうしてだ?」
「どうしてって……。私達の話を聞いてたの、リュカ?」
「聞いてたぞ……。亜人が対抗できる手段を、私が用意すれば。解決するのだろ? 簡単なことだな」
「……は?」
妙に自信ありげな顔で発言した先生に、レベッカさんが言葉にできない表情で唖然とする。
「私の迷宮を、悪党共の好き勝手にはさせん……。こちらの解決策は出たぞ、リュート君。さあ、そろそろ決断をしてくれたまえ」
常識外れな行動ばかりが目立つ、千年の時を生きる竜迷宮の魔女が、皆の運命を決める選択を俺に迫った。




