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竜迷宮の魔女と契約した俺は、底辺人生から成り上がる  作者: くろぬこ


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【第07話】迷宮狂いの魔女

 

 風変わりな三角の魔女帽子をかぶり、隠し扉から姿を現した女性が、肩口に触れる程の広いツバを指先で摘まみ上げて顔を晒す。

 顔ほどはある大きな胸元の巨峰を、古めかしい漆黒のゴシックドレスで包み込み、人ならざる容姿をした獣人が周りを見渡した。


「先生、おはようございます」

「おはよう、リュート君……。君達がここにいるということは。この見慣れぬ女性は、もしかして?」

「はい。支援者のレベッカさんです」

「ほう……」

 

 かぶっていた三角帽子を背中に回し、スカートの裾を摘まみ上げた先生が、丁寧にお辞儀をする。

 

「お初にお目にかかるよ、レベッカ殿。お見苦しい姿を見せて申し訳ないが。これでも元人間だから、恐れないで欲しいね。亜人のリュカと申すものだ……」

「亜人、なの?」

 

 まだら模様のある黒い獣毛に全身を覆われた、犬にしか見えない先生の獣頭を、レベッカさんが戸惑いながらも見つめ返す。

 

「叔母様。リュカさんは、旧大帝国の古い迷宮を研究されてる人で。転移門ゲートの起動方法を、リュートに教えたのも彼女なのですよ……」

「まあ、それは凄いことだわ」


 その異様な容姿に、マリーネの後ろに身を隠していたレベッカさんだったが。

 転移門ゲートの話が耳に入った途端、マリーネを押しのけて先生側へ、距離を一歩詰めた。

 

「それで、レベッカ殿。私が新しく作った迷宮の評価は、どうだったかね?」

「……え?」

「叔母様。リュカさんは土魔法の魔術も、超一流の魔女なのです。竜迷宮の魔女が遺した迷宮ブロックを解析して。新しく迷宮を作り出すことに、成功した人なのですよ」

「な、なんですって!?」


 飛び上がらんばかりのリアクションで、レベッカさんが目を見開く。

 誰もできなかった、千年前の技術を応用できる人がいきなり現れたら、それは驚きますよね。

 だって彼女は、この迷宮を作った本人・・なんですから……。

 

「国が治まるほどに巨大な迷宮を作るなど。センスが千年も古いと言わざるを得ない。私が新しく考案した技術は、迷宮をより小さく。それなのに魔力をより多く、生み出せるよう。迷宮ブロックをかき混ぜる、画期的なやり方なのだ」

「か、かき混ぜる?」

 

 はい……。

 言ってることが、既にもうメチャクチャです。

 目の前にいる人が竜迷宮を作った張本人で、その迷宮を改良するための研究に、更に千年を費やしたからこそ可能で。

 俺よりも迷宮の歴史に造詣ぞうけいがあるマリーネが認めるほど、完全なオーバーテクノロジーです。

 

「動かない化石迷宮の時代は終わりだ。ひたすら無駄を省き、コンパクトを追及した、この迷宮こそが。竜迷宮の魔女を超える、新たな迷宮となる……。迷宮狂いの魔女リュカが、新しい時代を作るのだ!」

 

 バンザイをする動作で両手を広げ、先生が高らかに宣言する。

 そもそも本人なんだから、過去の自分を超えることは、もちろん可能だとは思うのだが……。

 

「め、迷宮狂い?」

「竜迷宮の魔女を超えるために。寝る間も惜しんで、研究に没頭していたからな。最初に潜ってから、外に出たのは……はて? 何十年前だったかな? うーむ、思い出せんな……」


 何十年どころか、千年も前ですからね……。


「……は? いや。いくらなんでも、それは無理じゃないかしら。だって、食事とかはさすがに」

 

 先生がおもむろに、地面を這う青いゼリー状のモンスターを手で掴む。

 

「モンスターの肉なら、いくらでも手に入るだろ? スライムは飲み物にもなるから、おススメだぞ」

「ヒェッ」

 

 声にならない言葉を発して、レベッカさんが後ずさる。

 先生が青いジェル状の物体を、レベッカさんの眼前に差し出した。

 

「どうかね、レベッカ殿。一回食べてみたら、意外とイケるかもしれんぞ? 私みたいな亜人になる、リスクはあるかもしれんがな。クックックッ……」

「そ、それは。遠慮しとくわ」

 

 先生のノリノリな狂人演技に、肝が据わってるはずのレベッカさんですら腰を引き、再び距離を取るように離れた。

 なぜ、迷宮狂いの魔女を名乗ったのかと思ったら、そのロールプレイをするためか……。

 事前に打ち合わせをしてたはずのマリーネですら、ドン引きしている気がする。


 モンスターを料理したダンジョン飯なんて、もちろんやるわけが……。

 まさか、食べてないですよね?

 思い出してみれば、先生の食生活を聞いた覚えがない。

 後で確認してみたいが、ちょっと怖いな……。

 

「だから……。そんなに、亜人化が進んでるのかしら?」

 

 レベッカさんがゴクリと唾を呑み込み、先生の異常な容姿を下から上へと、改めてじっくりと眺める。

 まさに狂人を疑うような視線を、涼し気な顔で受け流した先生が、再び獣口を開く。


「さて。話は変わるが、レベッカ殿……。なにやら外では、亜人が住めるようにリュート君達が、村作りに尽力してるようだが。支援者が集まらず、村の発展に難儀してる様子……。このままだとレベッカ殿は、いつまでも懐が温かくならないままだが。それで良いのかね?」

「……それは、どういう意味かしら?」

 

 先生の問い掛けに、レベッカさんが訝し気な顔で、小首を傾げる。

 

「さっさと探索者の質を上げてくれんと、私が迷宮を伸ばすことができぬ。私は竜迷宮を超えた、迷宮を作りたいのだ。十階層の浅い迷宮などで、満足はできんと言っとるのだよ……」

「あなたは、この迷宮を。まだ深く掘り下げることが、できると言うの?」

「できるに決まっとるだろ。君達が竜印を作るのに使用した魔石は、誰が作った迷宮で手に入れたと思っとるのかね?」

 

 先生が力強く言い切り、俺が首に提げた竜印を指差す。

 

「しかし今の探索者達は、あまりにもレベルが低すぎる。どこで拾ったかも分からぬ、あの錆びた剣やボロボロの防具はなにかね? 魔剣の一本すら、持ってる者がおらん。そんな状況で、火を司る十一階層から下を開放してみなさい……。双頭火犬オルトロスの群れに、一瞬で焼き肉にされて。魔獣暴走スタンピードが始まるのが、容易に想像できるぞ……」

「なるほどね……言いたいことが、分かってきたわ。でもリュカに一つ、聞きたいことがあるわね」

「なにかね、レベッカ殿?」

「あなたは、いったい。どれだけの属性迷宮を、作れるのかしら?」

「全部に決まっておるだろ。竜迷宮の魔女が遺した全ての迷宮を、実現することが可能だ」

 

 魔女帽子を再び被り、迷宮狂いの魔女を自称する亜人が、迷わず即答する。

 

「二度も言わすなよ、レベッカ殿……。竜迷宮を超える迷宮を作った、伝説の魔女として。私は本気で、名を遺すつもりだぞ。クックックッ……」

 

 白い獣牙の歯ぐきが見えるくらいまで、犬頭の口端を吊り上げた魔女が、クツクツと不敵に笑った。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「ふぃー。やっとこさ、終わったよ……」

 

 見覚えのある大きな三角帽子が、地下に通じる穴から顔を出す。

 先生が階段を登って、数時間ぶりに地上へ出て来た。

 

「あら、リュカ。お疲れ様」

「レベッカ殿の指定通り、一階層の区画整理をしといたぞ。あとは地下水道でもなんでも、すきに利用するが良い」

「それは助かるわね。すぐに取り掛からせないとね」

 

 次の建築施設の相談をしていたレベッカさんが、広げていた見取り図を丸める。

 早速とばかりに作業員を探して、どこかへ立ち去った。

 先生の書斎や研究所、転移門ゲートのある大広間など、必要最低限な施設以外の穴掘り作業が、もう完了したのだろうか?

 

「お疲れ様です、先生」

「まったく、人使いが荒い子だね……。千歳も年上の私を、あごで使いよって」


 ぶつくさと文句を言いながら、先生が俺の方へ歩み寄って来る。

 

「先生の年齢を、レベッカさんと同じにしたからじゃないですかね?」

「今思えばそこは、失敗だったかもしれんな。年を近くした方が、距離が縮まるかと思ったが……。今さら、老婆と騙るには遅いしの……」


 素直に誤りを認めつつも、やや不満げに先生が口を尖らせた。


「まあ私が、竜迷宮の魔女だと知られると。私の魔術を利用しようと、力づくで奪おうとする奴らが、わんさか来るだろうからね。しばらくは技術の小出しをしながら、世間知らずの隠者を騙るしかあるまいの」

「……そうですね」

「信用できる者が現れるまでは。マリーネと貧弱なお主だけじゃ。私のお守り役には、まだまだ不安だからの」

 

 貧弱は余計です。

 否定はできませんけど……。

 

「それにしても。外は陽の光が強過ぎるの……。長いこと、地下に籠り過ぎたわい。リュート君が用意してくれたコレが、かなり役立っとるぞ」

 

 三角帽子の広いツバを摘まみ上げ、犬頭の口端を吊り上げた先生が、ご機嫌顔でニヤリと笑う。

 千年も地下暮らしをしてると、外の光はよっぽど眩しいらしい。

 狙ったわけではないが、日傘替わりに使えるのなら良いことだ。

 

「リュート! メリッサを連れて来たよー!」

 

 先生のために、日陰のある建物にでも入ろうと思ったら、地下迷宮の入口方向から手を振るラッカ達が目に映る。

 迷宮帰りなのかリュックを背負い、マッピング用の道具紐を肩に吊り提げた、亜人女性のメリッサと。

 腰に剣を提げて、元衛兵らしい戦士の身なりをした――メリッサといつも一緒にいる――亜人女性のカレンが、ラッカの後ろをついて来た。

 

「迷宮ギルドを、作ることになったと聞いたのですが」

「うん。あそこに、事務所を立てる予定」

 

 俺が建設予定地を指差すと、興味深げな顔でメリッサがそちらを注目する。

 レベッカさんが商会から呼び寄せた大工達が、立派な木造の建造物を、数人掛かりで建築していた。

 移動時間を短縮する為に、亜人以外の人間に転移門ゲートを使わせたから、そのうち情報が隣国に漏れて、お金の匂いを嗅ぎつけた連中と一悶着あるかもねと、レベッカさんが愚痴っていたが……。

 

「へー。ちゃんとした建物じゃん」

 

 メリッサと一緒に来たカレンが、感心した声を漏らす。

 まだ基盤になる枠組みを始めたばかりだけど。

 周辺にある古びた石造りの家が、素人の作った物に見えるくらい、既に建築物のレベルが違う。

 

「住む家は、仮設宿舎バラックを増やすだけかと思ってたけど。水道まで作り始めたのね」

 

 地下水道を通す予定の地下空洞を、ラッカが開いた穴から覗き込む。


「うん。そっちを優先してもらった」


 壺式のトイレやボットン便所は、もう嫌だからな。

 俺のわがままかもしれないが、どうせ永住するなら水洗便所は、やっぱり欲しいよ。

 

「レベッカさんが、他に回す予定だった予算を。こっちの村に、ほとんど回してくれたらしいからね……。ただ事務所を建てるのにも、人を割いてるから。しばらく新しい家は、簡単な木造の仮設宿舎バラックで、我慢してもらうしかないかな……。冬までには、なんとかしたいけど」


 十階層の迷宮から採れる魔石だけでは、立派な家を建てる予算なんて、とてもじゃないが夢のまた夢だ。

 うちの村が、お金をもっと稼げる手段を、早く構築しないとな……。

 

「いや、十分過ぎるでしょ。街でも作る気なの?」

「将来的には、作りたいね」

「……え?」


 俺の肯定する発言に、冗談めかして喋ったカレンの顔が固まる。

 

「リュート君。長話になるのなら、日陰に移動しないかね? 外でずっと立っているのは。ちと私には、しんどいんだがね」

 

 手でパタパタと顔を仰ぐ仕草を先生が始めたので、話の続きはいつもの村長ぽい家ですることになった。


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