【第05話】第一回評議会
商業国家は良くも悪くも全てを、金で解決できる国だ。
王と貴族を中心とするログニカ王国とは異なり、成り上がった豪商達が評議会を開き、法律を決めて国を運営している。
人間から虐げられる立場にある亜人が、最初に目指す場所。
金を稼ぐ手段さえ見つかれば、日陰者である亜人でも生きていける国、それが商業国家スサノギだ。
ただし、スサノギで長く生き残った亜人は、必ずと言っていいほど裏社会に通じている。
表の仕事だけでは生きていけず、危険で汚い裏の仕事も請け負っているのが、亜人の悲しい現実だ。
当事者であるラッカから、冷遇された亜人の境遇を聞かされたのを思い出しながら、俺は頭を悩ませていた。
用事があるラッカに声を掛けたくても、動けない現状を……。
「わざわざ亜人の村に来た、若い人間の男を掴まえた場合。どうするべきだと思いますか、ナタネ?」
俺の左腕に絡みつきながら、踊り子かと思うような軽装備をした女性が、反対側に立つ人物へ問いかける。
「聞くまでも無いですわよ、サコ姉様。首狩り姉妹と呼ばれる私達に捕まった以上。不運な人間には、首を落としてもらうしかありませんわね」
俺の右腕に絡みつく女性が目を鋭く細め、スリットの隙間から覗く右太もも。
ではなく、腰に提げた帯剣へ右手を伸ばした。
物騒な発言を繰り広げる美女二人が、両脇から上目遣いで、悪い笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込む。
護衛役のマリーネがいない状況で、俺は完全に身動きが取れないでいた。
鼻をほじりながら、困惑する俺を眺めていた猫目の少年が、近くの空き家を覗き込む。
「おーい。ラッカのダンナが、ナタ姉のオモチャにされてるぞー」
猫目の少年がそう呼びかけると、家の奥から物が激しく転ぶ音が聞こえた。
いつも以上に目を吊り上げた猫目のラッカが、口元を覆っていた布地を手でずり下ろしながら、石造りの家の中から飛び出して来る。
「なにしてるの、ナタ姉! サコ姉!」
「ぼふっ!?」
俺の腕を掴んだラッカに、力任せに引っ張られてせいで足下がよろめき、意図せずして顔がラッカの双丘に埋まってしまう。
誰も俺のラッキースケベを気にした様子もなく、俺を拘束していたキツネ目の美女姉妹が、ニコニコと楽し気な笑みを浮かべる。
「あなたが家の中を掃除している間。リュート君が暇そうにしてたから、遊んでただけよ。ね、ナタネ?」
「サコ姉様の言う通りよ。無防備な首があったら、撫でたくなっちゃうのが私達の性なんだから、しょうがないでしょ?」
首狩り姉妹の妹であるナタネさんが、胸元に垂れた紺色の三つ編みを、手で後ろへ払いのける。
俺の首元を撫でようと伸ばしたナタネさんの右手を、ペチンと乱暴に叩いてラッカが跳ねのけた。
「そういう悪ふざけは。せめて血を洗ってからにして、ナタ姉!」
「あらあら……。男勝りだったラッカちゃんが、すっかり女の子の顔をしちゃって。お姉さん、ちょっと寂しいわね~」
もしかしてそれは、誰かの返り血なのか?
右手に付着した赤い液体を、ナタネさんが舌でペロリと舐めとる。
ラッカと違って、裏の仕事で成り上がった亜人姉妹には、ホント何度あっても慣れないな……。
「あんまりプリプリ怒らないのよ、ラッカ。子供達へのお届け物を持って来たから。それで許してちょうだい」
サコンさんが薄い笑み浮かべながら、村の通りに停められた荷馬車に顔を向ける。
「ラッカ、ちょっと来てー。新しい子がいるみたいなの」
荷馬車から身を乗り出した亜人の女性が、ラッカの名を呼びながら手招いてる。
「そういう大事なことを、先に言ってよ。もう!」
今日は首狩り姉妹が、食料以外に新しい住人も連れて来たようだ。
部屋掃除のために、口元を覆っていた布を丸めて空き家の中へ放り投げ、ラッカが亜人女性の元へ駆けて行く。
人攫いにでも遭ったかのように不安げな顔で、キョロキョロと周りを見渡す子供が、荷馬車の中から出て来た。
「ナタネと一仕事終えて。適当に裏路地を歩いてたら、爪と歯がそれっぽい子を見つけたから。ここに来る用事もあったし、ついでに捕まえたのよ。逃げ隠れするのが下手だったから。つい最近に、捨てられた子だと思うわ」
今まで路上生活をしてたのか、ツギハギだらけのボロボロな布だけを身に纏い、靴も履いてない。
髪はボサボサで痩せ細った子供が、ラッカに手を引かれて俺の隣を横切った時に、足や手の爪先が異様に尖っているのが目に映った。
「そんな、すぐにも死んじゃいそうな、亜人の子ばかりを受け入れて。ホントに上手くいくかは、甚だ疑問だけどねー」
「亜人の子は、人間よりも肉体が優れてるわ。上手く育てれば並の人間よりも、間違いなく使える戦士になるのよ。レベッカ」
サコンさんが深くため息を吐きながら、いきなり会話に割り込んで来た女性へ、鋭い瞳を向ける。
廃村の様子を見回り終わったのか、マリーネと燃えるような赤髪が特徴的な女性が、村井戸の前に立っていた。
威圧するような態度で腰に手を当て、仁王立ちする女性が口を開く。
「戦士ね……。でも知ってる? 人間の女なら。娼婦として身体を売れるのよ。それなのに、亜人の娘だと獣の血が混ざるからって、客を一人も取れやしない。商会ですら表で採用を見送る亜人を、街に住まわすのはリスクが高いだけで。良いこと無しなのが、現実なんだよねぇ……」
「レベッカ。そのへんにしておいてくれない? 気の短いナタネがキレた時に、抑えつけるのが面倒だから……」
挑発的な発言が目立つ赤髪の女性を、殺気立った眼で睨むナタネさんの前に立ちながら、サコンさんが再びため息を吐いた。
「叔母様。今日は、喧嘩をしに来たのではないでしょ?」
見えない火花を散らす両者の間に、割り込む形でマリーネが口を挟む。
「ラッカ。話し合いのために、場所を変えたいのですが。良いですか?」
「う、うん」
ラッカが新しい子の世話を他の亜人に任せると、今日の為に集まった人達と一緒に、いつもの場所へ移動することにした。
* * *
かつては、村長でも住んでいたのか。
廃村だった空き家の中では、割と広い室内だ。
まだ足が折れてないのが不思議なくらい、使い古されたテーブル席を皆で囲む。
俺の対面には、行商人だったラッカが着席し、その隣には首狩り姉妹が座っている。
俺の隣にはマリーネが着席し、彼女が連れて来たレベッカが椅子に腰を落とす。
あまり和やかではない雰囲気の中、マリーネが口を開いた。
「二階層しかないと思っていた閉鎖迷宮に、まだ先がある。誰も手付かずの迷宮を開拓し、我々の土地にするためには、どうすれば良いかを考える。第一回目の評議会を始めます……。今日から支援者として、スサノギの商会に多くの伝手がある。レベッカにも参加してもらいます」
マリーネに紹介されて、レベッカが口を開く。
「それじゃあ支援者として、黙っておけない話の続きをさせてもらおうかね……。廃村だった場所に、迷宮を攻略するための人間を住まわせるのは、まだ良いとしよう。でもね、亜人を目につくとこに住ませるのは、やっぱり私は反対だよ」
早速とばかりにレベッカが、荒れる話題をほじくり返す。
対面する亜人の女性達が殺気立ち、やる気なさげに頬杖を突く赤髪の女性を、鋭い眼差しで睨みつけた。
「なるほど……。ではその件ついて、投票で決めたいと思います。まずは議決権を持つ者は、証を提示して下さい」
マリーネが胸元から、赤い魔石の嵌められた首飾りを取り出し、テーブルの上に置く。
レベッカもまた、ポケットから同じような物を手に取り、テーブルの上に置いた。
俺も首紐を外し、小さな竜が赤魔石を抱きしめるように加工された竜印を、皆に見える場所へ置く。
「では、挙手を取ります……。亜人をこの地に永住させ、議決権の一席を渡すことに。反対の者は、挙手をお願いします」
当然のような顔で、レベッカが手を上げる。
しばしの間をおいて、マリーネが周りを見渡す。
「反対一票、賛成二票……。投票の結果、亜人を同志として迎えることが決定しました。叔母様、問題無いですね?」
「坊やに迷いが無いところからして。根回しをしっかりしてるところは、評価するけど……。後悔するよ?」
そう呟いた後、レベッカが押し黙る。
マリーネは特に何も言わず、持ち込んでいた皮袋の紐を解き、包みを開いた。
双頭火犬の魔石を加工した、紅色の魔石が煌めく竜印の一つを手に取り、亜人女性達の前に置く。
テーブルの上に置かれた竜印を手に取ったのは、首狩り姉妹の姉であるサコンさん。
「あなたが持ちなさい、ラッカ」
「……え?」
まさか自分に手渡されると思ってなかったのか、ラッカが驚いて目を丸くする。
「陽に当たることのなかった私達が、絶対に貰えなかった評議会に参加する権利を手に入れたのは、あなたの幸運のおかげ。だから、これはあなたが持つべきなの。良いわよね、ナタネ」
「そうね……。それにまだ、私達は組織の仕事が溜まってるし。そっちが落ち着くまでは、あなたに一任しておくわ」
姉妹にそう言われ、ラッカが手元にある竜印をしばらく見つめ、ギュッと強く握りしめた。
「そんなに、大事そうにしなくても良いわよ。亜人しかいない村の評議会へ入るために。わざわざ大金を払ってまで、その竜印を買おうとする馬鹿はいないだろうからね」
話に水を差すレベッカの発言に、せっかく良い雰囲気になってた室内が、またしてもヒリつき始めた。
「たかだか十階層程度の迷宮なら、どこの国でも作れる。北の商業国家が栄えたのは。鉱山地帯に迷宮を作り、効率よく鉱石を採り出す仕組みができたからよ。亜人の土地に投資するくらいなら、それっぽいところに当たりを付けて。鉱石場になりそうな場所に投資した方が。まだ有益で、建設的だわ……」
「そうなのですか? では叔母様に、お聞きしたいのですが。商業国家スサノギにある、迷宮都市ルームガント。その評議会の席を一つ買うために、大金を払った叔母様から見て。今の開拓村で、投資に値する場所はどこですか?」
「そんなの考えるまでもないわよ。千年振りに動かすことに成功した、転移門一択さ。正確には……それを動かす技術を持ってる、リュート君に価値があるんだけどね……」
マリーネを挟んだ反対側から、商人が値踏みするような気分の良くない、ねっとりとした視線が俺に絡みつく。
テーブルに頬杖を突いていた、先程までのやる気ない態度とは違い、興味津々の顔で俺をじっと見ていた。
「商業国家スサノギに、ログニカ王国と聖教国オセリス。それらの主要都市に近い三つの小迷宮が、転移門で結べたら。馬で十日以上掛かっていた行程も、わずか数分で移動できる……。これは本当に、凄いことだよ」
身を乗り出したレベッカが、マリーネ越しに俺へ熱く語り続ける。
「今は回数制限があるみたいだけど。リュート君の頑張り次第では、どこの商会にも真似できないルートを、私が独り占めできる。その点においては、他の商会に横取りされないよう。将来的に支店をおくつもりで、この地へ投資をするのはありだと思ってるね」
レベッカにとって、あくまで投資価値があるのは、転移門のみということか……。
「ちなみに、さっきマリーネにも話したけど。この転移門を本格的に運用し始めた場合。行商人として雇っていた亜人は、必要なくなる……。だから、うちの商会で雇っていた亜人は全員、解雇することに決定したのよ。あなた達にも、それを伝えておくわね」
さっきの俺達に対する組織票の意趣返しなのか、レベッカが嫌がらせにしか聞こえない宣言を、亜人のラッカ達に告げる。
「山賊にも襲われる長く危険な道中を、報酬金の一割というふざけた契約で、亜人達を使い倒しておいて。不要になったからと、一方的に解雇をするわけですか? レベッカ……」
「だから、人間は嫌いなのよ……。サコ姉様、もうコイツの首も刎ねとかない?」
拳を握り締めながら、唸り声を漏らしていたラッカも、我慢ができないとばかりに椅子から立ち上がった。
「じゃあ、その解雇した亜人も全員。うちの村で引き取っても、問題無いですよね? レベッカさん」
俺が唐突に投げた言葉が、室内の空気を一瞬で静かにした……。




