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竜迷宮の魔女と契約した俺は、底辺人生から成り上がる  作者: くろぬこ


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20/20

【第20話】諦めた夢

 

 迷宮ギルドから外に出ると、腕を伸ばしてストレッチをする。

 メリッサさんが優秀だから、打ち合わせも早く終わったし。

 午後の商談まで、どうやって暇を潰そうかね……。

 

 転移門ゲートのある地下迷宮から、商業都市から来たと思われる、一台の荷馬車が外に出て来る。

 村の舗装された街路を通り、王都へと向かう商隊が列をなして、迷宮ギルドの前を次々と通り過ぎて行く。

 往来する商隊が落ち着くと、迷宮ギルドの近くにある大衆食堂が目に入った。


 昼間は食堂を運営し、夜は酒場となる店の中から、一人の少女が出て来る。

 夏に入り始め、昼間の気温も高くなってきたからか。

 桶に入った水に柄杓ひしゃくを入れて、店の外に水を撒く少女と目が遭った。


「あっ、リュートさん。こんにちは」

「こんにちは、シェリィ。売り子の時間?」

「はい。商隊の方が見えたので。稼ぎ時かなーって」

 

 そう言って、元気娘のシェリィがニコリと笑う。

 同じ二重瞼で可愛らしい顔なのに、どこぞの女装シスターをした末に、ファミリアの娼婦にされて。

 見栄をはって身内に黙ってたのが結局バレて、妹に説教されたお兄さんとは大違いだ。

 頼りない兄の為に、わざわざ亜人の村まで移り住んだ妹のシェリィが売り子の準備をしてると、店の裏口からこちらをじっと見てる小っちゃい女の子と目が遭う。

 

「今日は。ルミクちゃんは、一人でお留守番なのかな?」

「え? ……あっ」

 

 寂しそうな顔をして覗く幼子に気づいたシェリィが駆け寄ると、頭を撫でて何かを囁いてる。

 練菓子を一つもらったルミクが、お菓子を食べようと包み紙を開く。

 獣のように長い爪で練菓子を摘まみ、獣の牙が生えた口へ放り込んだ。

 遊んでもらえないと分かったのか、つまんなさそうな顔で奥へ消えて行く。

 

「遊ぶ約束をしてたレミアちゃんが、お手伝いに呼ばれて。迷宮に連れてかれちゃったので。ちょっと機嫌が悪いみたいなんです……」

「あー。なるほどね……」


 戻って来たシェリィに、開口一番にそう言われて、俺は申し訳なく思いながら頭をかく。

 商会の視察があるから、昨日から進行ルートのマップ作りに、ちょっとお手伝いしてもらってたからな。

 遊ぶ約束をしてたなら、言ってくれたら良かったのに……。

 ラッカの練菓子に、釣られちゃったのかな?

 

「たぶん、昼前には戻って来るよ」

「私も、それくらいかなと思って。もうちょっと待ってねと、お願いしたんですけど……。お父さんもお母さんも忙しいので。誰も構ってもらえなくて、寂しいんだと思います」

 

 孤児院育ち故に、両親がいない寂しさはよく分かるのか、売り子の準備をしながらシェリィが溜め息を吐いた。

 遊び盛りな六歳の幼子に、大人しく一人で留守番してろと言われても、つまんないだろうしね。

 

「また店長に、子守りを頼まれてますから。夜まで我慢してもらうしかないですね……。よいしょっと」

 

 革紐を首に提げ、木箱に弁当を積んだ売り子さんが、街道から地下迷宮のある方向を覗く。

 シェリィが立つ隣に置かれた看板に、『安全なお弁当です。お一つどうぞ。』と書かれた文字が、ちょっと悲しくもある。

 大衆食堂で働く従業員は、ほぼ人間だ。

 彼らは好き好んで亜人達が住む村へ、働きに来たわけではない。

 

 幼い娘に亜人化の兆候ちょうこうが出たせいで、良からぬ噂が流れて飲食店を畳み、亜人を受け入れてくれる村の噂を聞いて訪れたルミクの両親のように……。

 親、兄妹、恋人、親友……。

 亜人化になったからと、簡単には縁を切れなくて、共に着た人間達も少なからずいる。

 

 大衆食堂を利用する、大勢の亜人はいても。

 空き腹に響く香ばしい匂いがしたからと、前を通り過ぎる荷馬車が止まることはなく。

 売り子のシェリィの前を、列をなした商隊が次々と通過して行った。


 悲しい現実だが、亜人が利用してるという理由だけで、普通の人間は亜人化を恐れてその場所を避ける。

 亜人に対する差別が強いのが、この世界の現実だ……。

 

「お弁当、お一つどうですかー?」

「お嬢ちゃん。私に一つ、貰えないかね?」

 

 声を張り上げて、健気に売り子をするシェリィに声が掛かる。

 三角帽子の広いツバを摘まみ上げ、隠れていた犬頭が顔を出した。

 

「え? ……あっ、リュカ先生。どれにしますかー?」

「リュート君も、一つどうかね? とても美味そうじゃないか」

「そうですね。じゃあ、俺も一つ貰おうかな……」

「お買い上げ、ありがとうございまーす!」

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 高台から見渡せる位置に腰かけ、弁当で腹を満たした先生が眼下の光景を、楽しそうに眺めている。

 空になった弁当箱を重ねながら、どのタイミングで声を掛けたものかと、俺は頭を悩ませた。

 

「先生、あの……」

「どうした?」

「ちょっと。お願いがありまして……」

「マリーネ君の聖水が欲しいのかね?」

「うっ……」


 ど、どうしてそれを……。

 

「君の顔に書いてあるよ……。と言えたら良いんだが。ちょうどさっき、迷宮の入り口前で。もの凄く不機嫌そうな顔した、マリーネ君達とすれ違ってね……。レベッカ殿に、さりげなく教えてもらったんだよ」

 

 あー……。

 そういうことか。

 ていうか、やっぱりマリーネが不機嫌モードに突入してたか……。

 俺は悪くないのに、会うのが怖いなー。

 

いつもの(・・・・)、十分ぐらいなら大丈夫なヤツだ……」


 先生が懐から取り出した聖水入りの小瓶を、ありがたく受け取った。


「マリーネ君には、六分くらいで言っときなさい。前回より、一分だけ伸びたとね」

「了解です。いつもありがとうございます」

「時間ギリギリまで、あの子の好きにさせちゃ駄目だぞ。また暴走して、舌でも入れられたら困るだろ?」

「はい……。その節は、本当に助かりました……」

 

 あの時は、先生が嘘の時間をマリーネに教えてなければ、俺が亜人化してた可能性もあったからな。

 美女とのキスが延長できるし、ちょっと俺カッコイイかもと調子に乗った結果が、アレだもんね……。

 俺が回した二回目の砂時計が全部落ちても、マリーネが何事もなかったかのように、三回目・・・のひっくり返しをサラっとやらかしたのを、見てしまった時の絶望感と言ったら……。


 嫌な予感がすると、先生が荷馬車へ様子を見に来てくれてなければ、大惨事になってたかもしれないのに。

 マリーネは、「まだ舌は入れてません」と頬を膨らまして、拗ねたような顔で言うし……。

 舌は俺が死守したはずなのにまるで全部が、俺が悪いみたいな空気感になったのは、ちょっと辛かったぞ。

 マフィアの子は、やっぱり目的の為なら手段を選ばない、マフィアの娘だったよ……。

 

「だからと言って、あんまりマリーネ君を邪険に扱っちゃ駄目だぞ? アレは君が、彼女が秘めてた願望の深さを、甘く見てたせいだからね? 私の忠告を素直に守ってれば、問題なく済んだ話だよ……」

「言い返す言葉がありません……」

 

 正座をしながら、俺は反省の意を示して、先生に頭を下げた。

 

「最初に、私と会った時の望みが……。好きになった人と恋愛して、親が望んだ子を産みたいって。そんな普通のことができなくて。悩んで、苦しんで。それでも諦めずに希望を探し続けて……。それを叶えるための場所を作るために、全力を捧げるような子だよ……。産まれながらに、自分は普通のことができないと知った。尻尾付きの亜人が、心に持つ闇の深さは。彼女と同じ境遇にならないと……。当たり前のようにずっと人間だった君達には、理解できないことだからね……」

 

 魔女帽子を外した先生が、犬頭の顔で遠くを見つめる。


「それでも、彼女は運が良い方だよ。君みたいな、弱者の気持ちを理解してくれる。心の優しい人に出会えたのだからね……。少なくとも、私が生きた時代よりは。周りの人に、恵まれてると思うよ……」

 

 なびく風に身を任せた先生の黒い目と、犬頭の口元が寂し気な笑みを浮かべた。

 

「前に、リュート君には言ったと思うがね……。私がこの姿になる前の時代は、私を人として扱う者は一人もいなかった。才能があるからこそ生かされ。地下を掘って迷宮を作り続け、道具のように扱われる存在でしかなかった……。周りを誰も信用できなくて、私の才能を継げる者はいないと、弟子は一人も取らず……。子を産むことを拒否し続けたために、私だけができる不老不死の法を与えられ……」

 

 千年を超えた、今となっても……。

 過去を語る彼女の黒い瞳に、静かに宿り続ける怒りの炎は、彼女が生きた環境の劣悪さを物語っている。

 

「アレを、この地に目覚めさせてしまった……。アレを封じるために、大帝都ごと沈める決断に迷いがなかったのは……。よっぽど、この世界の人間が嫌いだったんだろうね……。未熟な私ではアレが撒いた呪いの瘴気を、完全に封じ込めることはできなかったが。私はそれでも良いと思ってた……。このまま、亜人化の呪いが世界に広がり。人間達が緩やかに滅んでも……」

 

 千年もの間、地下に閉じこもる決断をする程に、外界との接触を断った先生が。

 過去の時代に、どのような環境で生きたのかは、俺には想像できないが……。


「君と初めて会った頃に比べて。ここは、すっかり居心地の良い場所になったね……。私みたいな、外れ者でも受け入れてくれる。空気の良い場所だよ……」

 

 爽やかな空気を力強く吸い込み、少しだけ瞳を優しくした先生が、再び眼下の光景を眺める。

 

「私は、神を信じない……。でも、千年越しに叶った、同郷・・との奇跡の出会いに。少しばかり、運命と言うモノを信じて。もうちょっとだけ、頑張っても良いかなとは思ってるよ……」


 三角帽子をかぶり直した先生の傍に、俺も歩み寄った。

 以前よりも賑やかになった村の景色を眺めてると、先生がとある場所を指差す。

 

 売り子をしてたシェリィの前に、一台の荷馬車が足を止めている。

 人間の商人達が、彼女が売っている弁当を買っていた。

 

「この地に来た者達は。誰もが、一度は夢を諦めた者達だ……。私も同じだよ。一人では絶対に、叶えられない夢を持っている……。またアレと対峙する勇気なんて、私にはコレっぽちもない……。今度こそ、獣に堕ちるかもしれない……。それでも、私が人の姿に戻るためには。自らが作った竜迷宮よりも、先にある素材が必要なのだ……」

 

 眼下に、こちらを指差すナタネさん達の姿を見つけた。

 プリプリと頬を膨らませたマリーネに、元気よく手を振るラッカ。

 

「私との契約を叶えようとすれば、君には今以上の苦難が訪れるよ……。それでも、私と共に歩むかね。リュート君」

「行きますよ。同じ転生者です。先生の苦しみを、ちょっとでも理解できるのは、俺くらいですからね……」

「本当に、君は優しい子だね」

 

 少しだけ声を震わせた先生が、目元を隠すように、三角帽子を目深に被る。

 

「君との出会いに、感謝するよ……。リュート君」

 

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