【第19話】時は過ぎて
「住人が三百人にもなると。村と言うよりは、小さな町になるのかな?」
廃村の開拓時から、数ヶ月で随分と様変わりした亜人の村を、地下迷宮の入口にある高台から、感慨深げに眺めてみる。
いつ建てられたのか分からない、古過ぎる石造りの家は元村長宅を残して全て解体され、レベッカさんの指示のもと綺麗に区画整理がされていた。
住居区には一部を除いて、建設コストが安価な仮設宿舎が、数日単位で次々と建設されている。
俺の商会と協力関係を結んだ商会派閥からの亜人移民も、とりあえずは落ち着いてきた頃なので。
移民の受け入れはしばらく止めたから、取り急ぎの建設ラッシュで作ってる、あの仮設宿舎が最期の建設になるのかな?
高台の階段を降りながら、忙しかった日々を思い出す。
商業都市の商人達には、喉から手が出るほどに欲しい転移門を餌に、レベッカさんと協力関係にある商会派閥に、俺が代表の商会と協力関係を結んでもらったら。
転移門を利用した隣国との安全な交易ルートが利用できたからと、行商人として雇われていた亜人達が、用無しとばかりに解雇されて仕事を失くし。
居場所を無くした亜人達を、全てこっち側に受け入れたことで、村は随分と賑やかになった気がする。
「とりあえずバラックで、なんとか間に合わせたけど。これから熱くなる夏のうちはまだしも、冬までには皆の家を何とかしないとな……」
問題を解決したら、次の問題が発生する状況に、目が回りそうな毎日だが。
亜人の村を作ると立ち上げた代表に、のんびりしてる暇など無い。
移民の大量受け入れは、最初から予定してたことだし。
先生の迷宮と移民亜人を上手く利用して、村の経済を発展していくしかないだろう。
六十人ほどの寂れた頼りない村が、三百人ほどの亜人が暮らす活気ある村に発展して、協力関係を結んだ商会の重要な交易路になったことで。
一番の懸念事項だった、陰湿なウワバミ野郎が村に直接手を出すことは、こちらの思惑通り一度も無かったし……。
でも、用事があって商業都市に俺が出掛ける時は、高確率で襲撃イベントが発生するから、俺を暗殺することは諦めてはいないんだろうな……あの蛇野郎は。
襲撃してきたヤツをたまたま捕まえた時に、いつの間にか俺の首に賞金が懸けられていた事実を聞かされて。
改めてアイツの陰湿さを知らされた、腹立たしい記憶を思い出す。
そんなことを考えながら歩いてると、居住区の一つから見覚えのある亜人が現れた。
「おう、リュート。ラッカ達とは、一緒じゃねぇのかよ」
「ラッカは、ギルドで新人教育中だよ」
バラックよりは少し立派な、木造アパートから現れた青年亜人が、俺に声を掛けてくる。
「迷宮へ行くのか?」
「おうよ。バラックと違って。こっちは家賃を払わないと、追い出されるからな。毎日、迷宮に潜ってるぜ」
「新しい家の住み心地はどう?」
「おお、良いぜ。皆で雑魚寝じゃなくて、個室だからな。気楽な独り暮らしだぜ、ハハハ」
獣のような毛深い両手を後頭部に回して、鋭い獣牙を口元から覗かせた亜人青年がケラケラと笑う。
俺がラッカにマーキングされるまで、初対面でいきなり敵視した顔で、睨んできた頃とは大違いだ。
亜人の彼と雑談を興じながら迷宮ギルドに向かうと、彼と待ち合わせをしてたらしい数人の亜人がいた。
「よう、リュート。怖いお姉ちゃん達とは、一緒じゃねぇのか?」
「誰のことを言ってるのかは、分かりませんけど。ナタネさんをご指名なら、レベッカさんと一緒にいるはずですから。呼んできましょうか?」
「それは勘弁してくれや。さすがの俺でも、魔剣狩り姉妹は相手にできねぇよ」
開口一番にからかってきた、パーティーのリーダー役である亜人の大男にそう切り返すと、頭をボリボリとかきながら苦笑された。
火を司る魔剣を腰に提げた彼でも、ナタネさん達はやっぱり怖いらしい。
「おら、お前ら。魔剣狩りに、ケツを蹴られる前に。さっさと迷宮に行くぞ!」
「うぃーっす」
「今日こそは、ナタネ達より先に。十一階層に入るからな。気合入れろよ」
「えー。ミノタウロスやるんッスか?」
「だりぃー」
「サコンさん達に、任せましょうよ……」
「うっせ。ぶーたれてないで、気合入れろ! そんなんだから、いつまで経っても魔剣を貰えないんだぞ? まったく、最近の若い奴らは……」
露骨にテンションの下がった若い亜人達を引き連れて、迷宮へと向かうパーティーの背を見送る。
村の人口が増えたおかげか、十階層の番人であるミノタウロスにも引けを取らない、質の高い亜人もチラホラと増えてきたのはありがたい。
強い魔物を倒せる実力者の中でも、街への貢献度が高い者には、迷宮ギルドから魔剣を授ける仕組みにしたからか、彼みたいな積極的に迷宮へ潜ってくれる人も、日々多くなってる気もする。
新築の匂いがする迷宮ギルドに入ると、木造建築の広い受付が来訪者を出迎える。
メリッサに教育を受けた女性達が、忙しく受付嬢の仕事に勤しんでいた。
「あら、リュートさん。今日は珍しく、女の子とデートはしてないのですね」
俺に気づいたメリッサさんが、カウンター越しに声を掛けてくる
「一緒に仕事をしてる女性が多いだけで。俺は遊んでるつもりは、ないんですけどね……」
「ふふふ、冗談ですよ。ちょっと待って下さいね。定例会の資料をまとめたら、会議室に行きますので」
「はい。先に会議室行って、待ってます」
俺がふと向けた視線の先では、受付前にあるテーブルを囲んで、ラッカが新人探索者達にレクチャーをしていた。
「ツギハギのオーク?」
「そうよ。両腕が斬り落とされた跡のある、オークの亜種が徘徊してるの。他のオークよりも身体がデカイから、見たらすぐに分かるわ……。オスとメスの二体でいつも行動してるから、一体だからって油断しちゃだめよ。普通のオークと違って知恵を使うから、近くに相棒が潜んでたり、待ち伏せもするわよ……。武器を奪われないよう注意して」
ラッカの講義を、新しい住人達が真剣な表情で聞いてる。
「今日は魔剣狩りの姉妹も来てるから。興味があれば、ついて行っても良いわよ」
「……え? でも、魔剣狩りって言ったら……。ここのファミリアじゃ、一番ヤバイ姉妹だろ?」
「俺達がついて行って、邪魔したら。殺されるんじゃ……」
あの二人は商業都市でも、やっぱり有名なのだろうか。
強面の亜人男性達が身をすくめて、互いの顔を見つめ合っている。
「大丈夫よ。今日は商会の視察があって、その護衛で迷宮に潜るだけだから。安全に十階層まで、見学できるわよ……。それに、十階層の番人をしてるミノタウロスの斧狩りは、一回くらいは見とく価値はあるわよ?」
「へー……。じゃあ、一緒に行ってみるか?」
「げっ、魔剣狩り」
打ち合わせに参加していた男の一人が何かに気づき、ギルドの入口の方を凝視した。
派手なデザインの氷を司るシザーブレイドを腰に提げ、腰から狐の尻尾を生やした亜人姉妹の登場に、ギルド内にいる探索者達がざわめく。
受付前をたむろしていた亜人達が慌てて移動して開いた道を、とても目立つ二人組が俺のいるカウンターの方へ、まっすぐ歩いて来た。
「やっほー。リュート君」
「どうも。護衛お疲れ様です」
手を軽く振りながら、ニコニコ顔のナタネさんが、俺の傍まで歩み寄って来た。
「お姉さん達のお迎えが無いのは、どういうことかな?」
「これから午後の商談に向けて、大事な打ち合わせの準備があるんですよ」
「それは。お姉さん達のお迎えよりも大事な、だーいじな用事なのかな?」
「大事ですね」
「サコ姉様、リュート君が冷たーい」
俺にあっさりと即答されて、大袈裟に仰け反るナタネさん。
オイオイと嘘泣きをしながら姉の胸元にしがみつくと、サコンさんも「はいはい」と適当な返事をしながら、妹の頭を撫でている。
「準備は間に合いそう? これから、迷宮に潜るけど。ゆっくり時間を掛けて、お昼過ぎまで潜ってもいいけど」
「大丈夫です。そこまで焦るほどでも、無いですから。予定通り、お昼までに戻って来て下さい」
「分かったわ。いつも通りで良いのね?」
「はい。お願いします」
いつもお気遣い、ありがとうございます。
「むー。また私そっち抜けで。私のサコ姉様と、二人だけに通じる空気感を出してー」
嘘泣きにすら触れてもらえなくて、不満顔でぷっくりと頬を膨らましたナタネさんが、俺をジト目で見てくる。
「マリーネに、後で告げ口しちゃおっと。リュート君が、浮気してるーって」
「……え?」
身に覚えのないことを言われて、困惑してる俺の胸元へ、素早くナタネさんが移動する。
嫌な予感がして、俺が反応するよりも先に、首元をペロリと舐められた。
「げっ」
「むふふふ……。じゃあねー、リュート君」
してやったりな悪い笑みを浮かべて、ナタネさんが手を振りながら立ち去って行く。
「もう、しょうがない子ね。またマリーネに、叱られてもしらないわよ?」
「ワンコちゃんなんて。怖くないもーん」
チクショウ、やられた……。
よりにもよって、いつもマリーネがマーキングしてる場所を、ナタネさんに舐められてしまった。
マリーネと後で顔合わせをしたら、メチャクチャ不機嫌になるヤツじゃないかコレ……。
今回はラッカが、犯行現場を目撃してるし。
俺の無罪を証明してくれるから、大丈夫だと思うけど……。
って、怖ッ!?
感情が昂った時に見せる、瞳を縦長状態にしたラッカがこちらを、無言でじっと見つめていた。
これがラッカのマーキング場所だったら、下手すれば「何でアレを避けなかったの?」って、俺の顔に理不尽な爪跡が残るパターンじゃねぇか。
ヤラレたのはマリーネの方だと、指を差してジェスチャーをすれば、ラッカが丸い目に戻してくれた。
一緒にミーテイングしてた亜人の若者達が、言葉にできないすごい顔してるぞ。
また俺を知らない亜人達に、変な誤解が広がるパターンだぞ、コレは……。
「あいかわらず、リュートさんはモテモテですね」
「身の危険を感じることが多いので。素直に喜べないんですけどね……。マリーネとラッカは仲良いんですけど。ナタネさんは、わざわざ修羅場を作るような、酷いイタズラをしてくるので……」
「それだけ、ナタネさんに。気に入られてる証拠ですよ……。ナタネさんは同性でも、お姉さん意外には気を許さないタイプなので……。ナタネさんに憧れる子達からすれば、羨ましい話でしょうね」
「いくらでも、代わりますよ?」
割とマジで……。
冗談抜きに……。
「ちなみに。リュートさんをよく知らない人達の間では。魔剣狩りの姉妹だけじゃなく、気に入った亜人の女は愛人にする。女たらしのファミリアのボスっていうのが、よく聞く噂ですね……。借金を返済できない亜人は、迷宮に埋められるとか? そんな、怖い人だったんですか?」
「すごーく、初耳ですね……」
おもわず、天を仰ぎたくなった。
こんなに、人畜無害なのに……。
ホント酷い噂だよ。




