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竜迷宮の魔女と契約した俺は、底辺人生から成り上がる  作者: くろぬこ


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【第17話】予定外の商談

 

「そうか……。全員、生きてたか」

 

 椅子に深く腰掛けたデューグさんが、スーツを着た秘書らしき女性に耳元で囁かれ、葉巻に火を点ける。

 ボスへの報告を終えた美人秘書がテーブル横に移動し、――氷の入った容器――アイスペールの中にある氷を、トングで一つ摘まんだ。


「合格だよ、リュート君」


 ロックグラスへ、氷が次々と移される様子を眺めながら、デューグさんが満足気な笑みを浮かべる。

 値段を聞くのが怖いウィスキーボトルを傾け、美人秘書が慣れた動作でロックグラスへ注いだ。

 注がれたロックグラスを、デューグさんが持ち上げる。

 

「それじゃあ、乾杯といこうか……」

「デューグさん。一応、我々は商談中なのですが?」

「固いことを言うな、レベッカ君。今日ぐらい良いだろう? それ、リュート君。紅茶でも構わんぞ」

「は、はぁ……」

 

 隣に座るレベッカさんから、呆れたような視線を注がれたが。

 とりあえず紅茶用のティーカップで、ご機嫌顔なデューグさんと乾杯をした。

 デューグさんがゴクゴクと喉を鳴らし、勢いよくロックグラスを傾ける。

 

「んー。昨晩は、ろくに酒も楽しめなかったからな。今日の祝杯は、また格別だな」

 

 氷だけになったロックグラスへ、秘書が追加のウィスキーを注いだ。

 

「お前も、昨日はご苦労だった。今日の予定は、もう無いから。お前も下がって、ゆっくり休んで良いぞ」

「はい、ボス……。予定していた葬式の打ち合わせも、全てキャンセルしておきました」

「さすが、チュンミィだ。俺に用事があっても、今日は大事な商談で忙しいからと。適当に断っとけ」

「はい、ボス」

 

 部屋を立ち去ろうとした秘書を、横目にチラリと見る。

 膝上までしかないスリットの入った、秘書にしては際どいミニスカート。

 露出する太ももには、複数の投擲ナイフが収納された、革ベルトが両足に巻かれている。

 秘書と言うよりは、ボスの護衛という立ち位置が近い気がした。


 背後からガチャリと扉が締まる、部屋を退室する音が聞こえたので、正面に意識を向ければ……。

 いつの間に飲み干したのか、既に氷だけのロックグラスに、デューグさんが新たなウィスキーを注ごうとしていた。

 デューグさんの手がウィスキーボトルへ届く前に、ひょいとレベッカさんが持ち上げる。

 

「おお、すまんな。レベッカ君」

「もう。親戚の飲み会では、ないんですよ?」

「俺の孫くらいの年だ。これくらいのハンデが、あっても良いだろう?」


 レベッカさんもまた、慣れた動きで氷を追加して、ウィスキーボトルを傾けた。

 ロックグラスに並々と注がれ、デューグさんがご機嫌な笑みを浮かべる。

 

「はぁー……。こういう、お酒大好きな。お爺ちゃんなのよ」


 俺の耳元に顔を寄せて、溜め息混じりにレベッカさんが呟いた。

 新人君相手に商談で酒を呑むとか、てっきり馬鹿にされてるのかと思ったが。

 どちらかと言えば、デューグさんの気遣いだったのか……。

 

「彼の手駒だった。ヴィラドの五本指が消えたのは、かなり大きいな……。魔剣持ちを全員、リュート君に差し向けたのは予想外だったが……。終わりよければ、全て良しさ。リュート君が、身を呈して守ってくれたおかげで。他の要人護衛も、問題なく無事に終わったからな」

 

 あー……。

 昨晩のアレですかね?

 

 あの襲撃は、本当に死んだと思ったよ。

 もともと予定してた護衛対象じゃなく、俺が乗っている荷馬車を狙い撃ちだからな。

 氷の魔剣持ちが二人に、火の魔剣持ちが三人とか。

 

 サコンさん達が護衛するターゲットを、下手にバラさないで。

 俺の近くに集めてなければ、朝日を拝めなかったのは、間違いなく俺だったぞ?

 あの蛇野郎め、どんだけ俺を殺したいんだよ……。

 

「俺にとっては、良い意味の誤算で。ウワバミにとっては、悪夢のような夜だっただろうな……。五本指の魔剣も、特別に今回は君にやろう……。君に渡せば、ただの剣では終わらないようだからな……」

 

 デューグさんがこちらをじっと見つめ、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

 契約済みの魔剣をブラックマーケットで売るよりは、俺に渡した方が有効的に使えると、判断してくれたのだろうか?

 

「亜人に手を貸す神官が、いたことには驚きだが。ウワバミへの恨みも、くるとこまできたようだな……。もしかして君は、亜人嫌いな聖教会の連中に、伝手があるのかね?」

「魔剣についての詮索は、それ以上は企業秘密ですね」

「むむむ? ……おっとっと。レベッカ君、酒が零れるよ」

 

 俺との会話に割り込むように、ウィスキーボトルを傾けたレベッカさんが、デューグさんが手に持っていた、飲みかけのロックグラスに並々と注ぐ。

 勢いよく注がれて、零れ落ちそうなロックグラスに、デューグさんが慌てて口をつけた。


 この世界は神の御業とかで、魔剣の契約ができる聖教会の神官達が有名だから。

 デューグさんは、亜人嫌いの聖教会にそんな奴がいるのかと、半信半疑で考えてるようだが。

 既に契約者が死んだ魔剣なら、上位の属性付き純魔石さえ用意できたら、血の契約が上書きできるのは、さすが竜迷宮の魔女としか言いようがない……。

 

「話は変わるが……。リュート君は、恋人はいるのかね?」

「……は?」

 

 用意していた商談カードとは全く違う、明後日の方向な質問をされた。

 俺の思考が全く追いつかず、一瞬だけ商談中だったのを忘れて、アホ面を晒してしまう。


「話が変わり過ぎですよ、デューグさん……。また、うちの孫を嫁にどうとか言って。リュート君に押しつけても、駄目ですからね? たとえ婚約者でも、うちの内部事情は漏らしませんよ」

「ガハハハ、さすがレベッカ君。気づくのが早いな」

 

 完全に酔いが回ってるのか、頬を赤らめたデューグさんが楽しそうに笑う。


「こんな若いのに。あのレベッカ君が、商会の一つを任せて。ここまで面倒を見るような、お気に入りだ。どんな秘密を持ってるのか、嫌でも気にはなるだろう? リュート君……。君は年下が好きかね? それとも、年上好きかね?」

「え? えっと……」

「リュート君は、年上が好きみたいですけど。もう亜人の彼女がいるみたいですから。人間の女性を用意しても、無駄だと思いますよ」

「へ?」

 

 隣に座るレベッカさんから、更に予想外な回答が飛んできて、俺の口から変な声が出た。

 

「あら? ラッカちゃんは、彼女じゃなかったの? 人目をはばからず、首にキスさせてるアレは、何かしら?」

「なんと。てっきり堅物かと思いきや。ヤルことは、やっとる男だったか……」

「あ、アレはその……。御守りと言いますか、あの」

「御守りの話は、ナタネの方でしょ? 新人君への紹介以外でも。ラッカの家に来た時は、よくチュッチュッしてるって。レミアちゃんが、練菓子あげた時に教えてくれたわよ」


 予想外のところから、情報漏洩してたァ!


「ほぉー。そうか、亜人の子が好みなのか……。亜人の子を用意するのは難しいが。胸が大きくて美人のお姉さんなら、いくらでも用意できるぞ? どうかね、リュート君。このさい、もう一人くらい増やしても」

「増やすも、増やさないも……。うちの姪にまで、手を出すような子ですから。それも無理ですよ……。ねぇ、リュートくん?」

「え? え?」


 なぜか俺の肩に、レベッカさんが手を置いた。

 レベッカさんが隣から覗き込むように、目を細めた顔を近づける。

 

「まさか、リュート君……。私が、あなた達の関係を……」


 ニコニコと笑みを浮かべたレベッカさんが、いきなり両目をかっぴらく。


「ナニも知らないとでも、思ってたのかしらぁ?」

「ヒェッ……」

 

 おもわず、今日一番の変な声が出た。


「レベッカ君が娘のように可愛がってる、姪に手を出すとは……。なかなか、命知らずな男だな……。しかも二又か。将来有望だな」

「は? それは、どういう意味ですか? デューグさん?」

「ん-? ……年かな? 最近、耳が遠くなってな……」

 

 急にボケたジジイのフリをして、露骨に目を逸らしたデューグさんが、ロックグラスに口をつけようとした。

 お爺ちゃん、そのグラスはさっき飲み干したでしょ?

 氷しか入ってないのに気づいたデューグさんが、葉巻に火を点ける。

 

「俺も婚約者に、愛人がいたことをバレた時は大変だったよ……。どちらも、評議会に席を持つところの娘だったから。あの時は、なかなかに苦労したな……」

「愛人? 私のマリーネが、愛人扱いだって言うの?」

「おっと、今のは失言だったかな? リュート君は、商会をレベッカ君に任せられるくらいだ……。婚約者だったな」

「は? それとこれとは話が別よ。私はね。好きな男と、ずっと一緒になりたいからって。駆け落ちしたバカな妹から受け取ったマリーネを、こんな小っちゃい時から女手一つで育ててきたのよ」


 マリーネが幼い頃の大きさを表すように、レベッカさんが身振り手振りを交えて、早口でまくし立てる。

 

「それがいきなり、合わせたい人がいるとか言い出して、嫌な予感がしたと思ったら。どこの馬の骨かわからない男と、一緒に亜人の村を作るとか言い出して。一人でも生きていけるように、悪い男にだけは騙されないよう育ててきたあの子が。口の上手い詐欺師どころか、どう見てもろくに毛も生えてなさそうなクソガキに騙されて、何を考えてるのよと説教したら。またあの子ったら、彼じゃないと駄目だなんて言い出して」

「ちなみに、この話は。俺は十回以上、聞いてるぞ」

 

 どこで呼吸してるのか分からない、レベッカさんの早口を。

 葉巻の白煙を吐き出したデューグさんが、遠い目をしながら眺めていた。

 

「聞いてますか、デューグさん?」

「ああ、聞いとるよ。レベッカ君、コレは俺のおごりだ。昨晩の功労者である。リュート君にでも、やってあげたらどうかね?」

 

 まだ誰も手をつけてないロックグラスを、デューグさんが俺の前に置いた。

 

「いやいや。まだ商談中ですし、さすがにお酒は……」

「私はシラフだから、問題無いわよ」

「え?」


 隣に目を向ければ……。

 完全に目が据わったレベッカさんが、差し出されたウィスキーボトルを持ち上げていた。

 

「ねえ、リュート君……。妙に最近、マリーネの様子がおかしいから、気になって問い詰めたのよ。そしたらあの子、なんて言ったと思う? まだ舌は入れてないって、不貞腐れたような顔をして言ったのよ……。それって、どういう意味かしら? そこのところ。ぜひ二人きりでじっくりと……。お話をしてみたいと思ってたのよ」

 

 完全に目が笑ってないレベッカさんが、身がすくむような笑みを浮かべて、ウィスキーボトルを傾けた。

 俺の前に置かれたロックグラスが、勢いよく注がれている。

 

「さてと……。空になったから、小便を済ませるついでに。次のおかわりを、頼んで来ようかね」


 なぜか、このタイミングで商談相手のデューグさんが、席を立とうとする。

 ホントちょっと待って下さい、レベッカさん。

 当初の打ち合わせと、お話が違うんですが……。

 

「俺にも経験があるから、分かるぞ……。若気の至りとはいえ、据え膳食わぬは男の恥だ。なあ、リュート君?」

「保護者の私にも、娘の男を選ぶ権利があるのよ。そう思わない、リュート君?」

 

 俺の肩に手を置いて、なぜかニヤニヤと笑うデューグさんと、ドスの利いた声で囁くレベッカさん。

 評議会に席を持つ二人の商会ボスに挟まれて、俺の頭は激しく混乱していた。


 どうして味方だと思った人に、俺は攻められてるんだろう?

 なんで、マフィアのボスみたいな人達と、二体一で戦うことになってるんだ?

 味方ゼロの窮地を切り抜けるため、どうすれば良いのか頭を高速回転させていると、俺の背後で扉が開く音がした。


「おお、チュンミィ。良いタイミングで来てくれた。ちょうど酒も切らしてたとこだったが。昨日の商談で、呼ぶ予定だった女達がいただろう……えっと。リュート君は、どんな子がタイプかね?」

「胸もお尻も大きい、美人の年上よ」

 

 なぜかレベッカさんが、勝手に答える。

 

「だそうだ、チュンミィ。レベッカ君の、娘を知ってるだろ? 彼は、あんな子が好みだそうだ」

「はい、ボス! すぐに手配します」

 

 マリーネと面識があるのか、打てば響く鼓の如く、美人秘書さんが元気よく返事した。

 ちょっと待て。

 お前ら、連携が取れ過ぎだろ?

 

「ああ、すまんが。急な予定を思い出してな……。チュンミィと、少し打ち合わせをするから。酒でも飲んで、待っといてくれ」

 

 明かに悪意の感じる笑みを浮かべながら、デューグさんが部屋の扉を閉じた。

 さっきは、今日の予定は無いって言ってたのに……。


 二人きりだけの室内に、静寂が訪れる。

 なぜだろう……。


 商談中に味方と二人だけになったら、普通は作戦タイムの流れなのに。

 大蛇に睨まれる、カエルになった気分だ……。

 優雅に足を組みかえて、並々と注がれたロックグラスを、レベッカさんが俺に差し出す。

 

「うちのマリーネに、手を出すんだ。それなりの試練は受けてもらうよ……。うちの娘に、リュート君がどれだけ本気なのかをね……」

 

 この商談はどうやら最初から、二人に仕組まれたものだったらしい。

 マフィアの女ボスが、大切に育ててる一人娘に手を出したら、きっとこんな目に遭うんだろうな……。

 勝利の美酒と言うには、あまりにも苦い酒を口にしながら。

 これから己の身に降り注ぐであろう試練を想像して、恐怖に身を震わせた。


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