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竜迷宮の魔女と契約した俺は、底辺人生から成り上がる  作者: くろぬこ


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【第16話】商業国家の内情

 

 第一印象は……マフィアのボス、だな。

 着ている服は、庶民には値段が全く想像できない、金色のストライプが刺繍された、いかにも金持ちが好みそうな黒色の高級スーツ。

 長い年月を重ねたことを示す、白髪が目立つが。

 前髪をアップにしてワックスで固めたような、若々しい髪型のせいもあって、精気の衰えを全く感じない。


 話し合いを得意とする商人と言うよりは、剣が似合いそうな迷宮探索者のような、鋭く精悍な顔つきだ。

 目の上から鼻筋を跨って、頬の当たりまで斜めに引かれた古い刀傷が、そう想わせてしまうのかもしれない。

 裏の世界も熟知する彼の半生が、決して平坦で無かったことを現している。

 上等過ぎる革張りの椅子に深く腰掛けながら、武器商人のボスであるデューグさんが葉巻を咥えた。

 

「それが聞いてよ、デューグさん。あの陰気な蛇野郎がね。もう、カエルのような顔で目を丸くしちゃってさ。それで言い返す言葉も見つからなくて、リュート君の背中を凄い顔で睨みつけてんのよ」

 

 ちょっと不機嫌そうにも見える顔で、デューグさんが眉間に皺を寄せた。

 しかし、レベッカさんは全く気にも留めず、先ほどのやり取りを面白おかしく、ケラケラと楽しそうに喋り倒している。

 

「額縁にでも入れて飾りたいくらい、貴重な赤面カエルの顔だったから。デューグさんに、ホント見せてあげたかったわよ……」

「そうか……。レベッカ君が、楽しそうでなによりだ」

 

 白煙を吐きながら、渋い声でデューグさんが相槌を打つ。

 テーブルを挟んだ正面に座る、デューグさんから視線を外し、俺は先ほどから気になっていた、壁に飾られた三本の剣をチラリと見る。


「君が売りに出した、ファミリアの剣だよ……。なかなか表に出ない珍しいモノだから。つい好奇心に負けて、まとめて買わせてもらったよ……」

「好奇心なら、仕方ないですわね」

 

 ひとしきり喋り倒して満足したのか、少し落ち着いたレベッカさんが相槌を打ち、すでに冷めてそうなティーカップに口をつける。

 レベッカさんが含みのある言い方をしたが、デューグさんは特に言及しなかった。


 裏切りの悪鬼バモンが所持していた、氷の魔剣。

 氷を司る大剣である、悪女アマンダの肉切り包丁。

 二人の息子であるダインが振り回していた、火を司る両手持ちのグレートソード。

 

 彼らを倒してくれと依頼してきた者の指示に従い、俺の商会名義で市場へ売りに出された、悪党達が所持していた三本の魔剣。

 誰も買い手がないだろうと思われた魔剣が、どういう経緯があったのか、好奇心に負けたと言う彼に買われて、この部屋に飾られていた。

 壁に飾られた曰くつきの魔剣を見つめる、強面のデューグさんの目元が、少しだけ柔らかくなった。

 どこか嬉しげに薄い笑みを浮かべ、葉巻を吸いながら感慨深げに眺めている。


「ダビル君にも、見せてあげたのだが。彼はあまり、お気に召さなくてね……。どうやら、彼の趣味に合わなかったらしい……」

「趣味が合わないのなら、仕方がないですね。同業者にも嫌われる悪党だったので、喜ぶ人の方が多いはずなのに……。やっぱり彼とは。私達の好みも……利害も(・・・)。相容れないのですかね?」


 レベッカさんが、口元に笑みを浮かべる。

 しかし、魔剣を眺める、その目は笑っていなかった。


「彼が気に入ってくれたら、売ってあげようかと思ったが……。契約済みの魔剣はいらないと言われてね。しばらく私が飽きるまで、ここに飾って……。最近は、なにかと元気の無い商会仲間を集めて。ゲン担ぎに皆の前で盛大に割ろうかと、イベントを考えているのだが……。そちらも彼に、断れてしまったよ……」

「素敵なゲン担ぎですわね。その時は、ぜひ私も立ち会いたいですわ」

「もちろん。君の出席は、喜んで歓迎するよ」


 ニヤリと口元を吊り上げ、悪い笑みを浮かべたデューグさんが白煙を吐き出す。

 隠す気はあるのか、無いのかどっちなんだろう?

 この都市の評議会に席を持つ、商会主同士による恐ろしい会話に。

 俺達がここに来る前に、ダビル君がイジめられている姿を想像して、ちょっとだけ同情心が湧いた。


 もちろん狙ったわけではないが、追い討ちで俺が口撃してしまったから、また要らないヘイトが俺に溜まった気もするが……。

 しかし、後悔先に立たずである。

 気づけば俺の顔をじっと見つめている、デューグさんと目が合った。

 

「思っていた以上に、若いな……。一応は成人した、十六と聞いてたが……」

「この子、もともと童顔なのよ……でもね。妙に目端が利くというか、お金回りに聡い子でね。探索者よりは経営に絶対向いてる子だから。試しに商会を、一つ任せてるのよね……」

「ほう……。レベッカ君が、そこまで言うのなら。間違いないのだろう」

 

 デューグさんが葉巻の先を、黄金色に輝く土の純魔石の装飾が目立つ、灰皿に押し付ける。

 

「リュート君……。君は、この街。この迷宮都市ルームガントが、どのような歴史を辿って。発展していったか、知っているかね?」

「少しだけですが……。レベッカさんから、聞いてます」

「……ふむ」


 前のめりになったデューグさんが、皺の目立つ手を重ねてテーブルの上に置く。

 

「始まりは、私の曽爺さんに遡る……。街と言うには、まだ小さ過ぎるこの地に。それぞれの理由で国を去った、四人の商人が訪れた……。国は違えど、生まれも育ちも生粋の商人同士。時には争い、特には協力し。彼らは、この地を発展する一役を担った……」

 

 どこか遠くを見つめながら、デューグさんが歴史を語り続ける。

 

「私の代まで、彼らの血は継がれ。この街には、四つの武器商会の派閥があったのだが……。大陸の半分を支配する、帝国の豊富な資金源を後ろ盾に。ウワバミと呼ばれる若い商人が、この街にやって来てね……。数年前に、派閥の一つが呑み込まれたのだ」

 

 彼が言葉を区切ると、一呼吸を置くためか、新たな葉巻に火をつけた。

 白煙を吐く彼を待つ間、しばしの沈黙の間が流れる。

 

「私の曽爺さんと、彼の曽爺さんは親友だったかもしれんが。私と彼は親友でも無いし、ただの競争相手だ……。敵討ちをする気も無かったし、当時は仲の悪い商売敵とも手を組まなければならない程に。自分の派閥を守ることで必死だった……。それくらい、大喰らいの蛇の勢いは凄まじかったのだ。そのあたりは、同じようにレベッカ君も被害にあっただろうから、良く知っとると思うが……」

「ええ。そうですね……。忌々しい帝国の蛇共に、好き放題やられましたわ……」

 

 彼から目線で、話を振られたレベッカさんが、ティーカップを啜りながら相槌を打つ。

 苦い過去を思い出したのか、眉間に皺を寄せて目を細めた。

 

「相手を従わせる金があれば、それを利用するのは構わん。対話での交渉に応じない場合、時には裏の連中も利用し、力で相手を捻じ伏せることもあるだろう……。そこは否定せん。私も綺麗ごとだけで、この席を今日まで守ってきたわけでは無いからな……」

 

 戦利品のように、壁に飾られた三本の魔剣を、デューグさんが鋭い眼差しで見つめる。

 

「レベッカ君は、今日までに。仲の良いお友達と組んだ派閥を、どれだけやられたのだったかね?」

「お友達なんて、可愛げのある連中じゃないですよ? それでも、互いを守るために協力し合い。私を含めて、百ある評議会の席を十まで増やしましたが、今年で半分になりましたよ……」

「そうか……。私も十あった席が、先月で七席にまで減ったよ……」

 

 デューグさんが力強く葉巻を吸い、白煙を深く吐き出した。

 

「ウワバミが支配下に置く評議会の席は、今の時点でおそらく三十席」

「もう三割も、やられたのですね……」

「曾爺さんのよしみで、声を掛ければ手を貸しくれる武器商会はいるだろうが……。数年後には過半数を超え、評議会はヤツらに乗っ取られるだろう……」

「そして、商業国家スサノギは。帝国の手に落ちると……。めでたし、めだたし」

 

 もはや投げやりな言葉を吐いて、力無く椅子に背を預けたレベッカさんが、ティーカップに目を落とす。

 

「めでたくは無いが。それも時代の流れと考えて、受け入れる者が。この都市の大半だろう……。もはや、諦めにも近いかもしれんが……」

 

 いきなりデューグさんが、葉巻を持つ腕を叩きつけるように振り下ろした。

 灰皿に押しつぶされた葉巻が、力負けしたように折れる。

 

「私は、奴らに屈する気は毛頭ない……。まだ使える手があるなら、例え私を蝕む毒であっても。全て飲み込んで、帝国の連中に一矢報いてこその、俺だ……」

 

 怒りが収まらぬとばかりに口調を荒げ、敵対者を相手するような鋭い眼差しで、俺を睨みつけた。

 俺がリアルの十六歳でなければ、即座に小便を漏らして、ここからすぐ逃げ出しただろう……。

 

「帝国に、好き放題に島を荒らされ。国を逃げた曽爺さんの代から、同じように国を追われた連中が、いつか帝国に報いるために協力し合い……。帝国の脅しを無視して、ログニカ王国に協力をし続けたのも……過去の遺恨を晴らすためで。断じて、奴らに屈服し……。腹を空かした蛇に、黄金色になった卵をやるために、この街をここまで大きくしたわけではない!」

 

 握り締めた拳が、テーブルを激しく叩きつけた。

 

「帝国にとって、ログニカ王国は目の上のタンコブだ……。大国と正面から戦争を仕掛ければ、無傷では済まない……。ならば武器を提供する支援国を、多くの血を流さずに支配し、戦争をするための武器を取り上げる。野心家な帝国の狙いは、そこだ……。そんな未来が訪れることを理解しながらも、指を咥えて現状を見守るしかないのが。我が都市の実情だ……。少し感情的になったな……。一本、吸わしてもらうよ……」

「どうぞ」

 

 こっちはあまりの気迫に、小便を漏らしそうなぐらいに、ビビッてるのに……。

 レベッカさんは慣れたものだと、涼しげな顔で紅茶を楽しんでいた。

 再び椅子に深く腰掛けたデューグさんが、少しだけ落ち着いた様子で、葉巻を黙々と吸っている。

 

「君が……。ウワバミの手駒である、バモンのファミリアを倒したことで。我が都市の状況が、少しだけ変わった……。小さな変化だが。その小さな商機を見逃さず。ここまでのし上って来たのが、我々だ……」

 

 力強く白煙を吐き出しながら、前のめりになったデューグさんが、俺の顔をじっと覗き込む。

 

「亜人が住む村と、迷宮を作ってるそうじゃないか……。でも、武器や防具を亜人に、まともに売ってくれるところがなくて困ってる……。そうだね?」

「はい」

 

 事前にレベッカさんから、ある程度の情報は聞いてるのだろう……。

 小心者の俺にはキツイ場面だが、村にいる亜人達の……未来のために気合を入れて、レベッカさんが用意してくれた交渉の場に臨む。

 

「レベッカ君の話ぶり方からして。君が我々の持ってない、何かを持ってるのは確かだ……。君が本当に、我々の希望になるのか。それを、もう少し試したい」

「……試す、ですか?」

 

 思わずゴクリと、ツバを呑み込む。

 

「そう、気負わんでも良い。別に君を、取って食おうと言うつもりはないんだ……」

 

 肩に力が入り過ぎてしまったのか、デューグさんに苦笑されてしまう。

 

「今晩、我が商会と協力関係にある、武器商会の幹部達との重要な商談がある……。その商談に合わせて、ウワバミの連中と妙なことを企む、ファミリアがいることを把握している……。先ほどの件も、あったからな。彼のことだ……。見せしめとして。私の関係者の誰かが、明日を迎えない可能性が高い……」

 

 早速かい。

 煽り耐性ゼロかよ……。


「警護を強化したいが、人手が足りない……。君が、飼っているファミリア……。テールファングだったかね? そいつらを、雇いたい」


 最近できたばかりな、組織の名前まで知ってるとは。

 うちに出入りしてる人間から情報が漏れたんだろうけど、やっぱり耳が良いな。

 ほんと、油断できない相手だ……。


「亜人だけのファミリアですが。値段を下げるつもりは、ありませんよ?」


 俺が口に出した言葉に、デューグさんが少し驚いた顔で目を丸くする。

 しかし、すぐにニヤリと悪い笑みを浮かべ……。


「良いだろう……。その代わり、一番危険なところを君のファミリアに守ってもらうぞ……。魔剣持ちのファミリアから、そこを無事に守れたら考えてやるぞ? なにごとも商売は最初が肝心だ……。気合を入れて守れよ、小僧」


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