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竜迷宮の魔女と契約した俺は、底辺人生から成り上がる  作者: くろぬこ


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【第14話】覚醒の首狩り姉妹

 

「さて。十階層に、到着したね」

 

 十階層に繋がる階段を降りるなり、薄暗い通路を歩きながら。

 同行する者達へ、先生が講義の続きを再開する。

 

「私の迷宮はね。食用モンスターの小兎が、主食とする。掃除屋のスライムを最底辺として……。食物連鎖のピラミッドを、意識して造られているのだ」

「迷宮構築の基本ですね」

「うむ、そうだ……。なにごとも大事なのは、バランスだ」

 

 ここに来るまでと同じく、打てば響く熱心な生徒のように。

 先生とマリーネのやり取りも始まった。

 

「この村で、狼人ワーウルフの群れが一階層に出現する迷宮を造っても、誰も怖がって入って来れんしの……。マナのバランスを考えての配置もあるが。一階層は最も弱く。階層が深くなるごとに、モンスターの種類が強くなるよう、調整しておる」

 

 一階層は、迷宮掃除屋の異名を持つ、最弱モンスターのスライム。

 二階層から出現するのは、体長一メートルほどの小鬼ゴブリン

 三階層は、小鬼ゴブリンと同じく小柄で、臆病者の鼠人ワーラット

 四階層は、群れを作りたがる犬頭の犬人コボルトと、狩猟犬ハウンド


 普段は好奇心が優先して、鼠人ワーラットを追いかけ回してるが。

 下手にちょっかいを出したら意外と素早くて、鋭い爪で反撃をされ、手痛い怪我をした亜人が多い、五階層から出現する鼠追いの猫人ワーキャット


 六階層は、犬人コボルトの上位種に当たる、狼人ワーウルフと狼。

 七階層は、トラップ弄りの狸人ワーラクーン

 好奇心でトラップを弄ってるので、鉄棒針ニードルで頭を串刺しにされたのか、狸頭に風穴を開けた死体が転がってるのを、よく通り道で見掛ける。

 

 八階層からは単体の強さも、討伐の難易度も上がる。

 なによりも、モンスターが武器を扱う知識を持っており、積極的に人を襲う猪頭の猪人オークから始まり。

 九階層は、猫人ワーキャットよりも身体が大きく、単体でも危険な虎人ワータイガ

 各階層に出現するモンスターを、先生が改めて説明していく。

 

「そして、その凶暴な虎人ワータイガーが自慢の牙と爪を、肉に深々と食い込ましても怯まず。相手の首を素手で締めて、怪力でへし折る。巨漢のモンスターが、十階層から出現する牛鬼人ミノタウロス、なのだが……」

 

 手を壁についてから、索敵の魔法が使える俺とは違い。

 先生は素足で床を歩きながら、常に周囲の情報を把握している。

 故に道を迷うことなく、目的地へと最短距離で到着できる。

 通路を抜けた先に、数十メートルはあろう長さで四方に開けた、大広間が俺達を出迎えた。


「うっわ……。なによこれ……。これ全部、ミノタウロスの死体?」

 

 ラッカが手の平を額に当て、唖然とした顔で周囲を見渡した。

 二メートルはあろう巨漢の牛頭が、四肢や胴体を生き別れにされ、見るも無残な姿で床へ転がっている。

 ざっと数えても、数十体はある……。

 スライムに消化されたであろう亡骸も含めれば、もしかしたら百近くはあったかもしれない。


「全然、魔石をほじくってないじゃない……。もったいな」

「スライムの消化が、間に合っておらんの……。ラッカ君。これが君の村に住む、今の亜人達の限界なのだよ」


 今日も誰一人として、挑戦者が来なかったのか。

 多くの屍を築いた犯人が、大広間の奥でゆっくりと身を起こした。

 

「サコ姉様。私が行っても良い?」

「どうぞ」

 

 首狩り姉妹が順番を譲り合い、ナタネさんが先へと進む。

 狼人ワーウルフ猪人オークよりも、更に頭一つ大きな人型のモンスターは、大広間の中央にある台座へと向かう。

 迷宮が造り出したと思われる台座には、俺の身長よりも柄が長く、人の手でまともに扱えるか分からない、戦斧が置かれていた。


牛鬼人ミノタウロスの斧だ……。その名の通り、牛鬼人ミノタウロスのマナにだけ反応し、契約主に力を与える火の魔剣だ……。もちろん、その斧で牛鬼人ミノタウロスを倒せば、更に力を得ることができるぞ」

 

 鉄色である刃の一部に、紅色の刃紋が混ざった戦斧は、迷宮の魔女が用意した者らしい。

 これからの戦いをしっかりと観戦するためか、先生がツバの広い魔女帽子を外した。


「同族を倒し続ければ、無限にマナを手に入れられる優れモノだぞ。クックックッ……」


 クツクツと笑う魔女の悪趣味な魔剣のせいで、同族の屍の山が築かれた理由も分かった。

 刃の一部が埋まった戦斧を手に取り、片角が欠けた牛頭の巨漢が、丸太のように太い腕で持ち上げる。

 カチリとスイッチの音が聞こえ、牛鬼人ミノタウロスの背後にある扉が、先を行くことを阻むように重々しく閉じた。

 

「なるほどね……。あなたを倒さないと、先には進めないということね?」

 

 数十を超える同族を倒し、勝者となった牛鬼人ミノタウロスが、いきなり跳躍した。

 二メートルはあろう巨体が、鈍重のイメージを覆す速度で、数メートルの距離を一瞬で詰める。

 加速を止めず、火を司る戦斧が勢いそのままに、狐の尻尾を生やした人影を、縦に斬り裂いた。

 

「……ヴヌゥ?」

「フフッ……。斬れたと思った?」

 

 刃を地につけた戦斧の真横に、半身をずらした(・・・・・・・)だけのナタネさんが、涼しげな顔をして立っている。

 相手も手応えを感じなかったのか、牛頭が首を傾げた。

 ナタネさんも魔剣の力を使ったのか、手に握り締めた悪趣味なデザインの刃には、青白い光が淡く纏っている。

 いつの間に避けたかは、俺の目でも追えなかった。


「正直な話……。私が生きてる間に。魔剣持ちの魔獣と一対一で、勝負をすることは無いと思ってたけど」


 青色の刃紋が混じったシザーブレイドに、濃厚なマナが生じる。

 

「ヴヌゥア!」

 

 何十もの同族の首を跳ねたであろう、紅色の斧刃を。

 棒立ちするナタネさんの首へ目掛け、高速で薙ぎ払い――。

 

「遅い」

 

 ナタネさんが巨漢の戦斧を、氷の魔剣で弾き返した。

 眼前にいる女性より、頭二つ以上は大きい巨漢が、力負けしたように後ずさる。

 

「ほら、次よ」

 

 笑みを浮かべたナタネさんが、相手を挑発するように手招く。

 それを見た牛鬼人ミノタウロスの牛頭に、無数の血管が浮き上がり。

 再び両手で握り締めた戦斧を、乱暴に振り回そうとする。

 

「思ったより。軽かったわ、ねッ!」

 

 両手から、片手に持ち替えたナタネさんが、再びシザーブレイドで弾き返す。

 

「フフフ……。アハハハハ!」

 

 もはや笑いが止まらないとばかりに、やたら滅多に振り回す戦斧を、片手で弾き返し続ける。

 彼女の嘲笑に怒り狂った牛鬼人ミノタウロスも、口から泡を吐きながら挑み続けるが。

 何十と繰り返し刃を交えようが、ナタネさんの首を刈ることはできない。

 

「ヴメァアアアア!」

 

 忌々しい相手を縦に割ろうと、両手に握り締めた戦斧を。

 牛鬼人ミノタウロスが天高く、力強く振りかぶった。

 

「ちょっと、サコ姉様。いま、良い所だったのに……」

 

 ナタネさんが振ろうとした剣を止め、不満の声を漏らした。

 戦斧を天に向けた状態で、牛頭の上半身が斜めにズレ始める。

 上半身だけが、重力に負けて床へと滑り落ち、下半身だけを残した向こう側に、シザーブレイドを握り締めたサコンさんが立っていた。

 

「新しいオモチャが、楽しいのは分かるけど。遊び過ぎよ、ナタネ。それ以上は、魔力の無駄遣いだわ……」

「むー……でも。もう少し、遊びたかったわ……」

 

 不満げに口を尖らせたナタネさんの横を、牛鬼人ミノタウロスの戦斧を握り締めたサコンさんが通り過ぎる。

 大広間の中央にある台座に、戦斧の刃をはめ込むと、カチリとスイッチの鳴る音が聞こえた。

 重々しい音を響かせて、村に住む亜人達が未だ到達しなかった扉が、左右に開かれる。

 

「そうなの? ……でも、アレを見なさい。ここからが、もっと面白くなりそうなのに……。ナタネは、ここで退場しても良いの?」

 

 次の階層に繋がる階段から、四つの赤い瞳を光らせた二つの犬頭が、薄暗闇から顔を覗かせていた。

 上階の騒ぎを聞きつけたのか、それとも首を刈る天敵が、いなくなったからなのか……。

 口から火の粉を吹く双頭火犬オルトロスが、何体もの群れとなって、十階層に次々と侵入して来た。

 

「ひぇ~……」

 

 ここまで静観していたラッカが、小さな悲鳴を漏らし、盾持ちのマリーネの後ろに隠れた。

 俺も同じくコソコソと、マリーネの後ろに移動する。

 

「やっぱり。いつも正しいのは、サコ姉様ね……」

「せっかくリュカが、二十階層まで用意してくれたのだから。ちゃんと最期まで、遊び尽くさないとね?」

 

 互いのシザーブレイドの刃を当てるように、斜め十字に重なった刃同士が、仲良くコツンと金属音を鳴らす。

 それを合図に、双頭火犬オルトロスの群れが口を開き、一斉に火の玉を吐き出した。

 やはり性格が似るのは、姉妹だからか……。


 新しい魔剣おもちゃを手に入れた、首狩り姉妹が。

 火の雨が降り注ぐ中を、楽しげに笑いながら駆け抜けた。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 台座に戦斧が飾られた大広間で、裏切りの悪鬼バモン率いるファミリアと、亜人達が激しい剣戟を繰り広げていた。


「どうなってやがる……。ありえねぇ!」

 

 まさか行方不明の息子を探しに来た自分達が、罠に誘われたとは思ってなかったのだろう。

 スキンヘッドに刺青を刻んだ大男が、顔に大量の脂汗をかきながら、苦悶の表情を浮かべる。

 

「あんた、いつまで遊んでんだよ。さっさとこっちに、手を貸しな!」

「うるせぇ! こっちはクソ狐に、片手を持っていかれてんだよ!」

「……なんだって?」


 裏切りの悪鬼バモンが、背中越しに怒鳴りつけると。

 背中合わせに立つ大女が、驚き顔で後ろに振り返った。


 本当に女性かと疑いたくなるくらい、猪人オークよりも更にデカイ大女。

 クマを素手で殺せそうな大女、悪女アマンダがナタネさんと鍔迫り合いをしながら。

 バモンの肩越しに、左腕を斬り落とした相手を、鬼のような形相で睨みつける。


 手首から先を斬り落とされたバモンの左腕は、血を流していない。

 その切断面は、まるで凍り付いたような形跡を残していた。


「なぜだ……。なぜ亜人が、魔剣を使える?」

 

 青の刃紋が混じった魔剣を右手に持ち直し、バモンが動揺に声を震わせながら、青白いマナを魔剣の刃に宿す。

 バモンと睨み合うサコンさんもまた、握り締めたシザーブレイドに、濃厚な青いマナを纏っていた。

 

「そもそもだ……。その剣は、俺がアイツらを殺した時に、売っちまって……」

「その売られた剣を、私達が手に入れたのよ」

 

 サコンさんが相手を嘲笑するような、薄い笑みを浮かべる。

 

「だから、おかしいんだよ! 血の契約をされた魔剣が、他人に上書きされるなんて。ありえねぇんだよ!」

「ありえない? そうね……。ふつうは、ありえないわよね? 私も、そう思っていたわ……」

 

 青の刃紋が混じった魔剣を、互いに強く握り締め。

 両者が目を鋭く、細めた瞬間――。

 刹那の時で、二つの人影がすれ違う。

 勝負は一瞬で、敗者は力無く、地に膝を落とした……。

 

「さて。残りは、あなただけよ……。アマンダ」

「女狐どもが……。アタイらに喧嘩を売って、ただで済むと思うなよ!」

「吠えるわね……。でも、あなたを助けてくれそうな仲間は、もういないみたいよ?」

 

 肉切り包丁かと思うような、刃に青色の混じった大剣で、ナタネさんと魔剣同士の鍔迫り合いを継続し。

 身動きが取れないアマンダが、視線を忙しなく左右に動かす。

 

 極悪ファミリア達が引き連れた手下達は、サコンさんの仕事仲間である亜人達に、制圧される寸前だった。

 数人の亜人達が所持する剣もまた、赤の混じった火を司る魔剣であり、刃に契約者を示すマナを纏っている。

 

「自分達と血の繋がった子供以外に、魔剣を持たせないから。そうなるのよ。裏切りの代償は、高くついたわね……」

「殺したヤツの魔剣は、売るんじゃなくて。折る方が良かったんじゃない? オーク女」

「黙れ、女狐!」


 挑発するナタネさんを、アマンダが血走った眼で睨みつけるが、鍔迫り合いの戦いは均衡したままだ。


「ねえ、アマンダ。戦える氷の魔剣持ちは、あなた一人……。でも戦う相手は、氷の魔剣持ちの亜人が二人……。どうする?」

「ちっくしょうが……」


 首狩り姉妹に挟まれる形になり、逃げ場を失ったように見えるアマンダが。

 唇から血が垂れるほどに、悔し気な顔で歯を食いしばった。

 

「あの日から、一年も経つわ……。あなた達はどうせ、自分が斬った亜人の顔も覚えてないでしょうね? モンスターを殺すみたいに、逃げ遅れた皆を。なぶり殺しにして……」

「一度殺したくらいじゃ、気が済まない。これから、何度も殺してあげる。……何度もね」

 

 口元を歪めた首狩り姉妹が、残酷な笑みを浮かべた。

 

「あの狸ジジイめ……。ウワバミに睨まれて。大人しくしてる、フリをしてるだけだったのか……」


 ブラックマーケットに流したはずの、彼らが殺した魔剣の全てが、ここに集まってる状況に。

 協力者がいることをバモンが勘付いたらしく、忌々し気な顔で吐き捨てる。

 

「亜人に、魂を売りやがって……。ふざけんなぁああああ!」

 

 両腕を斬り落とされ、地に両膝を突いた悪党が。

 立ち会った先生や俺と、俺達を護衛するマリーネとラッカが見守る中。

 呪い殺さんばかりに怨嗟の声を叫び、最期の断末魔を迷宮内に響かせた。


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