復讐者達
カテリーナ・ハーフェンは手を引かれ、とある建物の前に連れて行かれた。
周りを見もせずにぼんやりとした様子で付いてきたカテリーナだったが、その建物を見て僅かに眉根を寄せる。
それは、奴隷を取り扱う商会の建物だったからだ。コシュマール商会とは違うが、他の奴隷達が話していた奴隷商人の話に出てきた名前だった。
このカルルク王国でコシュマール商会に次ぐ規模とも言われる大商会、レジニシオン商会である。
カテリーナがレジニシオン商会の看板を見ていることを察した男は、苦笑を返しながら首を左右に振る。
「安心しろ。このレジニシオン商会は……いや、本店の店長は、俺たちの協力者だ」
男はそう告げると、カテリーナの手を引いて建物の裏に回り込む。
裏側は成人男性が三人並べば肩が触れ合いそうな狭い路地である。その路地に、先に走り去った男達が並んで立っていた。
「ジーグと話をしてくる。この女を頼むぞ」
男がそう言うと、他の男達は揃って頷く。
「あんたが黄金の姫君、か。確かに信じられないような美しさだ」
カテリーナを見て男の一人がそう口にすると、他の男達も頷く。
「だが、そのせいで他国からも狙われるとは……不憫なものだな」
「ああ。あの豚が死んでカテリーナがいなくなったと知れたら、どれだけの騎士や衛兵が捜索に動かされるか」
「俺たちが見つかる可能性も上がるが、貴族達を殺す機会も増える」
男達が小さな声で交わした内容に、カテリーナは目を瞑り、顎を引いた。
「……虚しい戦い」
カテリーナの口の中で呟かれた言葉は、誰の耳にも入らなかった。
レジニシオン商会本店の店長を任されているジーグは野心家だった。
見た目が柔和な笑みを浮かべる小柄な男ということもあり、あまり相手に警戒心を抱かせることはない。
しかし、その内面は本人ですら制御に苦しむほどの強い野心に支配されている。
ジーグはテーブルを挟んで対面に座る目つきの鋭い男を眺め、ホッと息を吐いた。
「いやぁ、無事で何よりですよ。計画を聞かされてから気が気じゃありませんでしたからね」
ジーグが困ったような顔でそう言うと、男は眉間に皺を寄せたまま顎を引く。
「……心配するな。我々は絶対に貴方の名前は口にしない」
「いえいえ、そんな心配はしていませんよ。ただ、相手はあのコシュマール商会ですから……やはりそう簡単にはいかないだろうと」
苦笑しながらそう口にすると、男は頷いた。
「……ナギーブは始末した。 我々は一度潜伏する。悪いが、引き続き協力を頼む」
そう告げられ、ジーグは目を見開いて驚いてみせる。
「な、なんと……あのナギーブをあっさりと……いやはや、御見逸れ致しました」
ジーグは軽く頭を下げて、ふと思い出したように顔を上げた。
「……そういえば、確か例のご令嬢を競り落としたのもナギーブでしたね。カテリーナ嬢は祖国や家だけでなく、家族も同時に失ってしまった不憫な方です。出来たら、商会で保護して差し上げたかったのですが」
悲しそうな顔でそんなことを言うジーグに、男は目を細め、静かに首を左右に振る。
「……ジーグ殿のことは信用しているが、レジニシオン商会全体を信じているわけではない。立場もあるジーグ殿が誰にも悟られずにカテリーナ嬢を保護するのは難しいだろう。だから、あの少女は我々が連れて共に潜伏しよう」
男がそう口にすると、ジーグは僅かに眉根を寄せたが、すぐに顔に笑顔を貼り付けた。
「そうですか! たしかに、私がカテリーナ嬢を匿うのはどうあっても人目につくかもしれませんね。では、申し訳ありませんが、丁重に、保護してあげてください。想像を絶するほど辛い想いをした筈ですから、心のケアを……」
「善処しよう。では、次の相手が決まったらいつものように連絡してくれ」
ジーグの話を遮り、男はそれだけ告げ、立ち上がった。
軽く挨拶を交わした後、男は出て行き、部屋にはジーグだけとなる。
数秒、ジーグは表情を消して黙考し、深く息を吐く。
「……カテリーナ・ハーフェンはあまりに惜しいが、あの者達は中々使える。ここは、対処される前にコシュマール商会を潰した方が利益はでかい、か」
そう呟くと、ジーグは頭を切り替える。
コシュマール商会がナギーブ殺害の犯人を探そうと躍起になっている内に、出来ることならコシュマール商会の幹部を消しておきたい。
そして、コシュマール商会がまともに動けなくなったなら、国の重要な経済活動である奴隷売買の権利は王国第二位の商会であるレジニシオン商会へと移るだろう。
その時、最も重要な仕事を任されるのは本店を任されているジーグとなる可能性が高い。
ジーグはその未来を夢想し、口の端を上げた。




