話を聞こう
馬車が瞬く間に解体され、馬と御者は命からがら逃げ出した。
振り切ったと思ったゴーレムの突然の襲来に、男は先程までの勢いが嘘のように身を縮こまらせてしまっている。
人通りの少ない場所だったようだが、それでも目撃者多数である。方々から人々の悲鳴が上がる中、俺はA1に紐を千切ってもらい、立ち上がった。
「く、くそ……立ち上がれねぇ……」
怯える男を見下ろし、どうしたものかと悩む。この男は、貴族を狙うテロリストのようなものだ。しかし、その理由も納得が出来る。
先ほどの話を聞いてしまうと、復讐する相手が奴隷を虐げてきた悪徳貴族ばかりならば問題無いとさえ思ってしまう。
だが、彼らが貴族全てに狙いを定めているならば、無実の良識ある貴族も殺されてしまうに違いない。
なにせ、今まさに俺が殺されそうになったのだから。
俺が悩む姿をどう捉えたのか、男は素早く腰からナイフを抜いた。
そして、刃先を自らの喉に向ける。
「す、ストップ!」
慌てて止めると、A1が男の腕を掴んで物理的に止めてくれた。さすがはA1。有能である。
「こ、殺せ! 拷問には屈しない! 自白させようとしても無駄だぞ!」
必死の形相で怒鳴り散らす男。仲間達に迷惑を掛けないように死のうとしているのだろうか。必死過ぎて周囲からは俺の方が悪者に見えてしまいそうだ。
「……よし。一先ず落ち着いて話をしましょう。さっきから人々が集まってきていますし、外でもいきましょうか」
そう言うと、男の顔面は血の気が引いて真っ白になった。
「ど、ど、何処に連れて行く気だぁ!? は、離せ! 殺してくれぇ!」
と、半狂乱になる男をA1に担がせ、怯えた視線を周囲から集めながら壊れた馬車から降りる。
「タイキ様!!」
通りの向こうからエイラとユーリが走って来るのが見え、片手を上げた。
「よ、良かった……っ! タイキ様の身に何かあったら、どうしようかと……」
「ご無事でなによりです」
肩で息をする二人に謝罪と感謝をし、歩きながら口を開く。
「狙い澄ましてたみたいだしね。しかし、アイファがいないタイミングであれだけ鮮やかにやられたら参っちゃうよ。反応が追いつかなかった」
そう言って苦笑すると、二人は斜め後ろに付き従いながら難しい顔をした。
「タイキ様のことですから、自己防衛くらい簡単なことでしょうけど……やはり目の前で攫われてしまっては心臓に悪いです」
「タイキ様がお怒りになられなくて良かったですねぇ、誘拐犯様? 消し炭になってしまわれますよ?」
「いやいや、ユーリさん。俺を悪魔みたいに言わないで……」
ユーリの台詞に男はA1の肩の上で真っ青になって固まってしまった。その光景に苦笑いを返して抗議していると、真顔のアイファが空を飛んでこちらに向かってきた。
「……無事でしたか」
俺達の姿を確認して、アイファはふわりと舞い降りてそう呟く。
「アイファ様、遅刻ですよ」
ユーリは笑うと、アイファは暗い表情で頭を下げる。
「……言葉も無い。せめて、そこの不埒な輩は私が口を割らせよう」
アイファの冷たい声で言われた台詞に、男と一緒に身震いをして俺は首を左右に振った。
「だ、大丈夫。それは俺がしますから」
「……わかった」
不承不承頷くアイファ。
ちなみに、残念ながら衆人環視に晒され過ぎた為、アイファが選んだ宿には泊まらないことにして、俺達は逃げるようにまた街の外に出たのだった。
と、いう成り行きを話すと、レティシアが困った顔で唸る。
「……そうですか。そこで何故私のところへ連れてきたのかは理解出来ませんでしたが、経緯は分かりました」
レティシアの言葉に頷き、仏頂面で座っている男を指差した。時間が経って冷静になったのか、男は覚悟を決めたような顔つきでこちらを睨んでいる。
その様子に苦笑しつつ、レティシアに顔を寄せる。
「ありがとう。良かったらだけど、この人に俺達が悪い貴族じゃないと教えてくれません? この先もずっと狙われたらと思うと嫌だし、しっかりと誤解を解いて帰っていただこうかと」
小さな声でレティシアにそう言うと、僅かに目を見開いて驚き、次に小さな苦笑が返ってきた。
「ふふ。そういうことですか。確かに、命を狙われたのにすぐに解放しようとするなんて、馬鹿がつくほどお優しい方だと思いますよ。そんな貴方を誤解されたままなんて、私も気分が良くありません」
と、あっさりと俺の頼みはきいてもらえた。有難いが、若干呆れの色も感じられたのが腑に落ちない。
頭を捻っているとレティシアは無言で立ち上がり、俺の隣を通り過ぎた。
そして、レティシアは男に向き直って座ると、正面から見つめ、おもむろに手のひらを振り抜いた。
良い音を立てて、レティシアの平手打ちが炸裂する。
「び、ビンタ……?」
まさかの一撃に俺だけでなく、その場にいた皆が瞠目した。
頬をはつられた男は一瞬固まったが、徐々に自分が何をされたか理解して目を釣り上げた。
「な、何をする……!」
ドスの効いた声で怒鳴る男から目を離さず、レティシアは更に大きな声で怒鳴りかえした。
「黙りなさい!」
その迫力に、思わず俺の背中が真っ直ぐになる。
「貴方は、自分が復讐をする側にいると思い込み、全ての行いを正当化しています。しかし、それは間違いです」
打って変わって、レティシアは諭すように静かに語り出した。
「な、何が間違いだ!? 俺は貴族に復讐する! やられた事をやり返して何が悪い!」
男が激しい剣幕で怒鳴ると、レティシアは無言で平手を振るった。
再度、良い音を立てて平手打ちが炸裂する。
「私が喋っているのです。口答えは許しません」
レティシアがぴしゃりとそう言い切ると、男は目を白黒させて黙りこんだ。
「……怖」
レティシアの迫力に、思わず呟いていた。見れば、エイラも微妙に肩を震わせている。
「酷いことをされたから、仕返しをする。それは分かります。貴方にもどうしようもない憎しみや恨みがあることでしょう。ですが、その相手とは、本当にこの方なのですか? 倒れた子供を治療したり、腹を空かせた人らに施しをしてくださるタイキ様が、貴方に酷いことをしたのですか?」
「ち、治療? 施し? う、嘘を吐け! こいつらは、レジニシオン商会の……っ」
バチン、という平手打ちの音がして、男はまた黙らされた。
「まだ、私が喋っています」
レティシアがそう告げると、男は一瞬泣きそうになる。
説教モードのレティシアは凄く怖かった。




