レティシアの脱走劇
重いレティシアの台詞に、エイラは悲痛な面持ちで俯く。端的な台詞に、様々な疑問が湧いた筈だが、聞くに聞けない。
俺も「何故?」とは聞けなかった。
どう考えてもレティシアの選択した先に良い未来は存在しない。誰も救われない選択だ。
だが、恐らくそうするしか無かったのだろう。
そう思って押し黙っていると、ユーリが口を開いた。
「自分を売って、一時しのぎに子供達の飢えを満たしたのですか……その行動と覚悟には頭が下がりますが、私としては疑問を持たずにはいられません。その、どうして他の選択は取れなかったのでしょう? 働いて賃金を得たり、新たな寄付者を募ったり、様々な手段があったかと思います。何より、恵まれぬ者への施しを善とするカリストー教ならば、他の教会にも援助を申し出たらまた違う結果もあったのではないでしょうか」
と、あっさりとユーリが聞き辛いことを聞いた。確かに重要なことではあるのだが、これでレティシアがずっと身体を売ってきたなんて話が出たらどんな顔をして良いか分からないじゃないか。
だが、レティシアは暗い顔でユーリの質問に答えてしまう。
「……カリストー教では、外に働きに出ることは基本的に出来ません。司祭様に嘆願して他の町にある教会に援助をお願いしたことも数えられぬほどありましたが、結果には結びつきませんでした。寄付金を増やすにも、この国はお金の価値が高いせいか、あまり……」
最後まで言えず、レティシアは言葉を濁して目を伏せた。薄っすらと目尻に涙が光るのが見えてしまい、更に重い気分になる。
レティシアも必死に色々と手を尽くしてみたが、その間にも子供達が死んでいくのに耐えられず、ということか。
そんな地獄のような日々を過ごしたのなら、確かにあの街の中に戻りたいとは思わないのかもしれない。
ふと、そこで新たな疑問が生じる。レティシアのその後だ。
「……奴隷として売られたなら、何故ここにいる。どうやって逃げ出した」
「そうそう……って、アイファ!? 言い方がちょっと……」
頭に浮かんだ疑問をアイファが代わりにズバッと聞いた。しかし、あまりに思い切りの良い尋ね方に思わず突っ込んでしまった。
なんという直球か。
だが、レティシアは気にした様子も無く、目元を拭いながら頷く。
「あ、は、はい。私は奴隷となり、奴隷商の店にて売られました。元修道女の奴隷という珍しさからか、次の日には貴族の買い手がつき、身支度を整えさせられました。服は何故か修道着であるローブのままでしたが……か、身体の検査をされ、身を綺麗に清められ、馬車に乗せられました。どうやら、かなり上位の貴族が買ったらしく、行き先は貴族街の奥ということで、内側の城門を抜ける際に手続きに時間がかかりました」
「そこで逃げたのか」
アイファが聞くと、レティシアが曖昧に首肯した。
「……その、奴隷商人の方が殺されてしまって……その混乱に乗じて……」
「殺された? 奴隷にか」
「い、いえ……家族を奴隷にされた傭兵が恨みを晴らしたという話です。どうやらかなり悪徳商人だったらしく、高く売れそうな人を見つけると、法律ギリギリのやり方で奴隷にすることもあったようで……」
レティシアの重い過去の話を聞くに連れて、この国に来たことへの後悔が大きくなっていく。
もっと明るく楽しい国にすれば良かった。いや、遠視カメラで見る分には凄く面白そうな街並みだったんだけど。
「私は借金奴隷でしたので、奴隷商人の方との仮契約しかなかったのです。滅多に無いことですし、私が修道女の格好をしていた為、街の外にまで逃げることができましたが、本当に幸運が重なったとしか言いようがありません」
静かにそう語るレティシアを眺め、俺は成る程と頷く。
「じゃあ、この子供達は面倒を見ていた孤児達か」
「私が連れてきた孤児の子らは五人だけです。残りは八人の子供達がいましたが、その人数ならば教会で何とかなりますから、街の外より安全と思って止めました。他の子供達は皆、この街の外で路頭に迷っていた子達です」
「え、街の外で?」
驚いて、子供達を見る。明らかに十五人以上いるが、最初の五人を除けば既に十人以上街の外で保護しているということなのか。
「……もしかして、此処に住み始めてもう何年も経ってます?」
そう尋ねると、レティシアは俺の言いたい事が分かったのか、困ったように笑いながら首を左右に振り、自分の隣に寝かせた子供の頭を撫でた。
傷だらけで倒れていた子供だ。まだ寝たままだが、脈拍は安定していたので大丈夫だろう。
その子供を横目に、レティシアは口を開く。
「いえ、まだ一年も経っておりません……この街には、信じられないほど沢山の人々が出入りしてますので、その分路頭に迷う人も多いのです。残念ですが、家族全員が餓死するよりは、足手まといになる子供を捨てて新たな旅に出るという選択をする方もいます。子供を奴隷として売る親も良くいますし……」
「親が子供を……」
「悲しい話ですが、他の国でも子供の口減らしや奴隷商に売るといった話はいくらでもあります」
それを聞いて閉口していると、レティシアはフッと息を吐くように笑った。その様子を首を傾げて眺めると、レティシアは優しげな微笑みを浮かべる。
「貴方は、優しい方なのですね。奴隷や口減らしの話にそれだけ心を動かされるなんて、よほど一般庶民から遠い上級貴族の方でしょう? なのに、私達のような奴隷や孤児を同じ人間として見てくださっている……皆が、貴方様のような方ならば、この国もきっと……」
レティシアは寂しそうにそう言って、目を伏せたのだった。
レティシア達の家を出て、俺は深く溜め息を吐いた。
金ならあるから、援助することは簡単だ。だが、それでは根本的な解決にはならない。
「……とりあえず、街の中に戻ってみようか。色々とこの国を知りたくなった」
そう呟いて振り返ると、皆は真剣な表情で頷いたのだった。




