アウトサイドタウン
雨風もまともに防げなさそうな掘っ建て小屋が無秩序に並ぶ中、人目を引く一団が歩いてきた。
まず一番最初に目に付くのはエルフの男だ。エルフは端正な顔に厳しい表情を貼り付け、堂々とした態度で往来の真ん中を歩いている。
その後ろには若い男と誰もが振り返るような美しい女が二人、並んで歩いていた。三人は興味深そうに周りを見回しており、地べたに寝転がる物乞いや孤児の子供を見て眉根を寄せたりしている。
そして、何より目を引いたのはその四人のすぐ後ろを歩く二体のゴーレムである。
ゴーレムにしてはすらりと細身の体躯だが、それでも人間とは比べられないほど巨大だ。そのうえ、ゴーレムはまるで芸術品のように綺麗に磨き込まれているようだった。
「……な、なんだ?」
「ゴーレムを二体……」
「どっかの貴族かなんかか?」
「バカ言え。貴族なら家紋の入った馬車に乗るだろ。多分、ありゃ大商人の子だ。男か女かは分からんがな」
そんな声がひそひそと響く中、四人と二体はずんずんと歩いて行く。
「……スラムみたいだな。見たことないけど」
「スラム?」
「いや、何でも無い。とりあえず、王都に入ろうか」
若い男女がそんな会話をしていると、男の方がふと建物の陰に人が倒れていることに気がついた。骨と皮のような手足を見せる子供だ。身体には簡素な布切れのような衣服を着ているだけで、靴なども履いていない。
その子供は顔が腫れあがり、明らかに何者かに危害を加えられた後のようなものがあった。
「……酷い。何とかならないかな?」
男が神妙な顔でそう言うと、隣に立つ柔和な笑みを浮かべた女が困ったように微笑み、そそと歩きながら子供の側に近付いた。
「…………癒しを」
小さな声で何か呟き、少しして子供の露出した肌がほんのりと光った。直後、見る見る間に子供の外傷が治っていき、子供の表情も穏やかなものへと変わる。
ざわめきが起こる。
周囲でその様子を見ていた者達の反応は様々だった。感嘆の声を上げる者、難しい顔で様子を窺う者、そして馬鹿にする者に分かれる。
「……どうせもう死ぬってのに、偽善者が」
本当に小さな声で誰かがそう呟いたが、不思議とその声は良く響いた。
その言葉に、男は眉根を寄せて口を開きかけ、すぐに閉じる。
そして、ゴーレムを連れた謎の一団は城門に向かって歩いて行った。倒れた子供の手に白いパンを握らせて……。
背の高いゴーレムの後ろ姿も見えなくなると、誰ともなく癒しの魔術を受けたまま眠る子供の側に人が歩み寄る。
「パン……真っ白なパンよ」
「おい、退け。俺のだぞ」
「ふざけるなよ、この野郎! 早い者勝ちだ!」
ガラの悪い男やボサボサ頭の中年の女が子供の前で怒鳴り合い取っ組み合いに発展する中、ローブを着た一人の若い女が前に出た。
「恥を知りなさい! どう考えてもパンはこの子供の物です!」
鈴が鳴るような美しい声だったが、迫力があった。女の怒鳴り声に争っていた者達も動きを止める。
「ちっ、奴隷女か」
「しゃしゃり出てくるんじゃないよ、奴隷の分際で」
そんな声に、奴隷女と呼ばれた女は眉根を寄せて被っていたフードを脱いで顔を露出した。短めの白い髪と緑色の瞳の痩せた女だ。
女は真っ直ぐに見返し、口を開く。
「奴隷女ではありません。私の名はレティシアです。確かに今は三級奴隷に落とされましたが、自尊心は失っていないつもりです。子供の食べ物を奪うなんて無様なことは決してしません」
諭すようにそう言うと、皆が口を噤んだ。それを確認してから、レティシアは臆することなく子供の隣にまで歩いて行く。
そして、子供の横に座り込んでパンを手に取った。
「お、おい!」
「結局あんたが食うつもりじゃないか!?」
批難の声を上げる者がいたが、離れた場所にいた少年がそれに反論する。
「レティシアが奪ったりするもんか! 良く知りもしないでぎゃあぎゃあ言うんじゃねぇ!」
少年は怒鳴りながら文句を言った男の方へ詰め寄ると、男はウッと呻いて後ずさる。少年の背後に十人を超える子供達の姿があったからだ。
「わ、悪かったよ」
謝罪の言葉を聞き、少年は鼻を鳴らして視線を外す。子供達は踵を返してレティシアの下へ向かった。
「レティシア」
少年が名を呼ぶと、レティシアが困ったような顔をして口を開く。
「ジェイド、危ないことはしないでください」
咎められたジェイドは不満そうに口を尖らせた。
「だって、あいつらレティシアのこと悪く言ったんだぜ? 奴隷女だって」
「私のことは良いですから、ジェイドは皆を守ってあげなさい。せっかく魔術が使えるのですから」
「いや、俺は初級魔術だからなぁ。時間も掛かるし……」
レティシアの言葉にジェイドは頭を掻きながら溜め息を吐く。横目に子供達を見ると、ジェイドの視線に気がついた子供達が各々、持っている物を掲げて笑った。
ナイフや角材、歪んだフライパンや鍋、折れた剣。
ある意味で凶悪な武器を手に笑う子供達を見て、ジェイドは乾いた笑い声を上げる。
「はは。分かったよ。お前らが時間を稼いでくれりゃあ一発決めてやる」
ジェイドは肩を竦めながらそう言うと、子供達は楽しそうに声を上げて笑った。
誰もが痩せて、薄汚れており、まともな衣服も揃っていない子供達だったが、表情は明るかった。その様子にレティシアとジェイドも笑みを浮かべ、笑い合う。
そして、ジェイドや子供達。その全員の肩や首、腕には奴隷の印があった。
「……おや? なんか人数が……」
そこへ、若い男の声が響く。
レティシア達は声のした方を振りむき、身を硬くした。
そこには、先ほど立ち去った筈のゴーレムを連れた男女の姿があったからだ。




