混乱
【シュバルツ】
何が起きたのか分からなかった。
思えば、最初はユーリという女の台詞からだ。
まるで、更なる援軍があるといった言葉だったが、味方の筈のこちら側も困惑するような、そんな内容の発言だった。
なにせ、絶体絶命としか思えない状態の最中、皇帝に対して椅子を降りた方が良いと助言したのだ。
この女は頭がおかしいのかもしれない。
そう思ってしまった私は変ではないだろう。確かに、時折ユーリとディツェンはそのような話を後ろでしていたが、事この状況に至っては眉唾だろうというもの。
歴戦の猛者である皇帝の手腕により、我々は見事に謁見の間まで追い詰められた。後方には突破不可能な兵士の大群、前方は宮廷魔術師と近衛騎士団による鉄壁の守り。
更には頼りのアイファすら人質となってしまった。
この状況で、本当にユーリが口にしたような戦力があるのならば、もう投入されていてしかるべきである。我々が全員捕縛されれば無意味なのだから当たり前だろう。
だが、私のその困惑は、激しい衝撃と轟音により打ち消された。
上級の魔術すら弾く頑強な謁見の間の扉と石壁が、まるで薄い木板のように砕け散ったのだ。
まさか、破砕鎚を城内に持ち込んだのか。
そんな馬鹿な言葉が頭の中で浮かんで消えた。
「炎の矢を放て!」
「いや、氷か石の槍だ! 絶対に謁見の間に入れるな!」
そんな叫び声と共に複数の魔術が破壊された入口の方へ殺到するが、その魔術も一瞬で吹き飛んだ。
何がなんだか分からずに立ち尽くしていた私を、フィアトーラが横から蹴り飛ばした。
「つぁっ」
鎧を着込んだ私が軽々と……これが本当に女の力か!?
そう思いながら地面を転がり、顔を上げる。そこへ、銀色の刃が振り下ろされた。
目の前を通り過ぎた刃に、反射的に体が動き出す。
「くっ!」
剣を弾き飛ばし、相対する騎士の腹を蹴った。
「シュバルツ様! 後方へ!」
フィアトーラが叫びながら魔術を放ち、私の前に迫っていた騎士を二人弾き飛ばす。
「助かる……!」
答えながら、私は後方へと下がった。若い魔術師ばかりの面子に前面に立ってもらうのは情けない限りだが、帝国の未来の為にも私が死ぬわけにはいかない。
「とはいえ、多少の援軍程度ではこの危機は脱せないが……」
私は態勢を立て直しながらそう呟き、顔を上げた。
だが、その認識は瞬く間に覆される。
気が付けば、騎士の大半は見知らぬゴーレムに蹴散らされていたからだ。
騎士が回避出来ない速度で……いや、遠目に見ている私の目ですら追うのが難しい速度で巨大なゴーレムが動き回っている。
確かにゴーレムにしては随分と細いが、それにしても速すぎる。
「……な、な、何だ。何が起こっている……!?」
次々と上級の魔術を放つ宮廷魔術師達だったが、それも全てゴーレムに軽々と防がれていた。
力強く頑強だが、動きが遅く単調な命令にしか従えない。故に、ゴーレムは上位の魔術師を相手には出来ない、はずなのだ。
あれが敵として存在したら、そして、その製作者たる魔術師が帝国と対立したら……。
私は、自身の想像に身を震わせた。
その時、怒声のような大声が響き渡る。
「動くな!」
その声に目を奥に向けると、アイファが二人の兵士に捕まり刃を首に添えられた光景が目に入った。
それを見た瞬間、ユーリとディツェン、そしてあのゴーレム達が動きをぴたりと止めてしまう。
私は、様々な想いを込めてアイファを見た。アイファは表情を変えることはなかったが、僅かに肩を上下に動かして口を開く。
「私のことは気にするな。フィアトーラを連れて逃げろ。宮廷魔術師の半数と騎士団長が不在の今が好機だ」
「アイファ、私は逃げないわ。家族の為にもね」
アイファの言葉をフィアトーラが切って捨てる。そんな二人のやりとりを見て、皇帝は笑みを浮かべた。
「……シュバルツを皇帝にすれば、貴様らの生活は元に戻るとでも思ったか。だが、そうはならんぞ? なにせ、精霊樹は世の為政者、全てが望む代物だ。その存在が実在し、使い方も知られたとなると、未来永劫エルフ達に安息など訪れん」
大して大きくもない皇帝の台詞は、不思議と騒がしいはずの謁見の間に良く響いた。
「……精霊樹が実在する?」
皇帝が、父がそれを手に入れようとしているという噂は聞いていたが、実在すると断言したのは初めてのことである。さらには、存在さえ怪しまれていたはずの精霊樹の力すら知っているとは。
皇帝以外が口にしたのならば眉唾と笑うような話だが、皇帝の言葉を耳にしたアイファとフィアトーラの顔は凍りついたようになっている。
謁見の間の空気が冷たくなった。
誰もが敵を警戒しながらも、皇帝の言葉に意識を向けている。
それを理解しているのか、皇帝は笑みを深めて口を開いた。
「……そう。精霊樹とはすなわち、エルフの長命の秘密だ」
たったそれだけの一言。その一言を聞いて、私は長年の謎が氷解した。
皇帝が多大な犠牲を払ってエルフを捜索、手に入れたこと。
領土を拡げることに躍起になっていたのに、なぜエルフに固執したのか。
それは精霊樹の力の為だ。
皆が驚愕に動けずにいると、皇帝は肩を揺らして笑った。
「これで、皇帝が変わろうとも、いや、国が変わろうとも、貴様らは逃げられん。この精霊樹の真実は、瞬く間に他国にも広がるだろう。この我の言葉だ。信憑性もあろうというもの……ふ、はは! ははははっ!」
それはある種の死刑宣告にも等しいものである。
これで、確かにエルフ達は各国の強欲な者達から狙われることになるのだ。これまでは御伽噺と思われていたものが実在すると分かれば、誰であれ興味を抱く。
それが、年老いた権力者なれば尚更だ。
「……流石のブラウ帝国の皇帝であっても、死は怖いか」
私は思わず皇帝にそう言った。死を恐れるような人物では無いと思っていた故の意外性もあったが、我が父でありながら得体の知れない存在だった皇帝の弱さを見たような気がしたのだ。
しかし、皇帝は意に介した様子も無く鼻を鳴らして私を見下ろした。
「馬鹿者めが。死だと? 死など怖くはない。だが、寿命が伸びるならばそれに越したことも無い。長く生きれば、それだけ我が帝国は強く、大きくなる。私は、我が帝国がどれほどまで育つのか見て見たいのだ。私の力には限界があるのか? それとも、世界を制するに足るのか……は、はは、ははは!」
狂ったように笑い出した皇帝に、私はまたも実父を見誤っていたことに気が付いたのだった。




