転機
地面に仰向けに寝かされたアイファを見て、ヴィオレットは乾いた笑い声をあげる。
「……あのアイファがゴーレムに負けるなんて……」
その呟きに、ディツェンが不思議そうな顔で答える。
「この空の上に島を浮かべるような魔術師が作ったゴーレムに何故勝てると思ったのか」
ディツェンの疑問の声は決して大きくはなかったが、ヴィオレットはしっかりと殺気の篭った目をディツェンに向けた。
そんな中、エイラとユーリはアイファの様子をみて怪我の状態を確認している。
A1が狙ったのかは分からないが、アイファはプールに落ちた為大きな怪我があるようには見えない。どうやらA1の腕が当たる際にも防御用の魔術を発動していたらしく、落とされた衝撃で失神したのだろうという話だ。
と、暫く安静にしていたお陰か、アイファが自然と目を覚ました。
「……ぐ、う……」
小さく呻きながら上半身を起こしたアイファに、エイラとユーリが手を添えて介助する。
体を起こしたアイファは近くに立つロボットを見上げ、そして俺の隣に立つA1へと視線を移した。
暫く目を凝らすようにA1を眺めたアイファは、何かに納得するように顎を引いた。
「……私と戦ったのはそのゴーレムか」
「え? あ、はい。良く判りましたね」
驚きつつ肯定すると、アイファは柔らかい笑みを浮かべる。
「不思議と、そのゴーレムだけ他とは違う気がした」
そう告げ、立ち上がる。思ったよりダメージは無いようだ。
「……大魔導士と呼ばれるタイキ殿の力、見させてもらった。いや、結局自分には本当の力を見ることが出来るほどの実力が無かったが」
アイファがすっきりとした顔で笑うと、ヴィオレットが眉間に皺を寄せて口を開く。
「アイファの笑顔なんて初めて見ましたねぇ……ちょっと違和感があり過ぎて気持ち悪いですが」
毒の混じった感想を他所に、アイファは表情を硬くし、俺を真っ直ぐに見た。
「……タイキ殿の御力を見込んで、頼みがある」
「頼み、ですか?」
聞き返すと、アイファは険しい表情で深く頷いた。
「……私の家族を助けてくれ」
絞り出すように言われたその言葉に、ヴィオレットが真っ先に反応する。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! アイファ、貴方……っ!?」
責めるような声を発したヴィオレットは、自分の声に反応すらしないアイファに舌打ちをして一歩前に出た。
「帝国に剣を向ける気ですか!? なんと恩知らずな……!」
糾弾するヴィオレットに、アイファが視線も向けずに反論する。
「私は、帝国に対して恩など感じたことは無い」
「なっ……」
アイファの物言いに絶句するヴィオレットを横目に、俺は口を開いた。
「助ける、と言いますと?」
そう尋ねると、アイファはおもむろに着ていた衣服を脱ぎ始めた。
上半身まで脱ぎ去ると、後ろを向いて背中をこちらに向ける。
その光景に、隣にいたエイラが息を呑んだ。
アイファの背中には、とある図形が刻まれていたからだ。
「それは、奴隷の……!?」
エイラが口にした単語に、アイファが目を伏せる。
「私は、皇帝の奴隷だ」
その言葉に、エイラが凍り付いたように動かなくなった。
「皇帝はある目的の為に、森の奥深くに住んでいた我々の村を襲撃し、我々を奴隷とした。本来ならば外の者達は強大な魔獣に阻まれて我々の下まで辿り着けない筈だったが、皇帝は驚くべきほどの兵を挙げて森の探索を行ったのだ。その大軍を前に、我々は全くの無力だった」
力の無い声で過去を語るアイファに、俺は浅く顎を引く。
「……それでは、奴隷となった同郷の方々を救出して欲しい、ということですね」
確認すると、アイファは服を着なおしながら同意した。
「私は、人質となった家族達の為に皇帝に仕えてきた。だが、本来の役目を投げ出す形となり、自尊心も無く、ただ自らの命惜しさに耐える日々は、我々の精神の死をもたらしたのだ。今の我々は、ただ無駄に歳月を過ごす家畜と同じようなものだろう」
そう口にして、アイファは改めて俺を見た。
「私も家族も、タイキ殿に命を賭ける。頼む。我々を帝国から解放してもらいたい」
その言葉に、俺は地面を指差して笑った。
「皆さん、この島に住みますか? それなら間違いなく誰も犠牲にならずに終わりますよ」
言ってから、何も答えないアイファの顔を見返して溜め息吐く。
「って、わけにもいかないのでしょうね……役目があるのなら」
アイファが口にした本来の役目という言葉。それを口にする時、アイファは確かに辛そうな顔をしたのだ。
それが何なのかは分からないが、その役目というものがアイファ達にとって誇りであり、生きる意味でもあるのだろう。
ならば、アイファの望みは一つだ。
そう思い俺が苦笑すると、アイファは静かに頷いた。
「……我々エルフは、森の民とも呼ばれる。数十から数百の集落に別れ、様々な森でとある特別な木を守り、育てながら生活している」
「特別な木」
声に出して反芻すると、アイファは首肯した。
「タイキ殿ならば知っているだろう。精霊樹のことだ」
いや、知りません。
思わず素直に答えそうになったが、それよりも先にディツェンが声を上げた。
「精霊樹! 噂には聞いていたが、エルフ以外には見えないという幻の木だね!? うわぁ、凄く見たい!」
場違いなハイテンションを見せるディツェンに笑いながら、今度はユーリが口を開く。
「有名な話ですね。私の国でも御伽噺になっていますよ。皇国の礎を築いた始まりの皇は、エルフの里にて精霊樹に触れ、大いなる力を手にした……ヤヌアル兄様が好きな冒険譚ですね」
コロコロと笑いながら口にされた説明に、俺は成る程と頷いた。
すると、アイファが首を左右に振ってディツェンとユーリに顔を向ける。
「いや、それは御伽噺ではない。実際にあった、歴史だ」
淡々とアイファが告げ、ディツェンとユーリは目を瞬かせた。
「……では、精霊樹に触れたら、本当に大いなる力を?」
エイラが驚いた顔でそう聞くと、アイファはまたも首を左右に振る。
「いや、諸国にある物語は大袈裟に語り継がれているのだろう。精霊樹の力とはそのような簡単なものでは無い。我々は長い年月を精霊樹と共に過ごし、僅かずつ精霊樹の魔力を分け与えられていると思っているが、何かが劇的に変化するといったことは無い」
「え? そんなものですか?」
ディツェンが素直過ぎる反応を示し、アイファの眉根が寄った。
「……精霊樹とは我々にとって特別な木であり、事実、エルフだけが精霊樹と交信することが出来る。我々の声に精霊樹は必ず応えるし、新たなエルフが産まれた時には祝福を受ける。我が家族の長老の中にも、精霊樹がいるからエルフは子を授かると信じる者が大半だ」
「す、すみませんでしたっ!」
光の速さで謝罪するディツェンとは反対に、ヴィオレットはアイファの説明に目を尖らせて口を開く。
「馬鹿馬鹿し過ぎますね。森の中に引き篭もっていたエルフを豊かな帝都に住まわせ、住居まで与えてもらっておいて、そんな古臭い言い伝えの為に反旗を翻すとは……」
怒りの滲むヴィオレットの声に、アイファは小さな溜め息を吐き、首を左右に振った。
「……帝国で生まれ育った者には分からないだろう。エルフにとって、精霊樹と共に在る事は誇りなのだ」
その言葉に頷き、俺も苦笑する。
「だから、人質になっている仲間達を解放し、森の中に戻して欲しい、ということですね」
確認すると、アイファは無言で頷いた。
それを見てから腕を組み、唸る。
「ふむ……しかし、その場合は後々まで帝国の影に怯えることになってしまうでしょうね」
「反乱が出来ないように、我々は帝都の中にバラバラに住まわされている。兵士達の監視もあるし、何より子供達まで一人一人隔離されている状態だ。だが、皆が揃って森の中に戻れたなら、話は別だ」
「帝国が攻めてきても、追い返すと?」
「無論」
はっきりと返答したアイファだったが、俺は苦笑しつつ頷くことしか出来なかった。
過去にエルフの森を攻めた時より、現在の帝国の方が国力は増している筈だ。動員できる兵士や魔術師、ゴーレムの数も多いだろう。
エルフの誇りの為にアイファ達は意地でも帝国軍を撃退するかもしれないが、その際の犠牲は無視できない数に及ぶに違いない。
とはいえ、じゃあ俺が助けましょうと口にするのも変な話だ。エルフの自尊心を傷付けてしまうかもしれないし、皇帝の号令で命を懸けて戦っている帝国の兵士達には大いに恨まれるだろう。
多分、帝国の民の殆どは自分達の生活が一番大切で、別に他の国を侵略するとか、エルフを捕まえるなんてどうでも良い筈だ。
そこまで考えて、俺は一つだけ疑問が浮かんだ。
「……皇帝は精霊樹の伝説を信じてアイファさん達の住む地に攻め込んだなら、精霊樹はどうなったんですか?」
精霊樹の力を求めていたのなら、もしかしたら皇帝は怒って精霊樹を切り倒してしまったり……。
そう思って聞いたのだが、アイファの言葉は何処か誇らしげに口を開いた。
「いや、皇帝に精霊樹の場所は言わなかった。我々は例え皆殺しにされたとしても精霊樹を守ってみせる」
アイファの宣言を聞き、エルフの者達が生かしたまま捕らえられた理由が分かった。
皇帝は精霊樹を諦めていないのだ。
エルフをバラバラに住まわされているということは、アイファの知らないところで凄惨な拷問をされている可能性もある。
最悪、精霊樹すらどうなっているか分からない。その場合、帝国の民や兵士達の心情に配慮する余裕は無いかもしれない。
「……とりあえず、情報を集めた方が良さそうだな」
俺は口の中で小さくそう呟き、アイファを見た。




