格上
ディツェンが死に物狂いで逃げる中、アイファとヴィオレットは破れたローブとマントを確認し、目を細めた。
「……中々の判断力だ」
「選んだ魔術も的確ですね」
道路を歩きながら二人はそう口にすると、空を飛んで逃げるディツェンの背中を見る。
「だが、まだ術の底が浅い」
「帝国の魔術師ならば、中級くらいですか」
「伸び代はありそうだ」
「そうですね。死ぬ気で鍛えれば、宮廷魔術師の末席になら……」
二人はそんな会話をすると、ふわりと空に浮かんだ。
「帝国の魔術師ならば、な」
「残念ですね。皇国の魔術師で」
そう言って、同時にディツェンに向かって飛翔する。その速度は矢のように速く、ディツェンの倍に近かった。
先を行くディツェンも二人に気が付いたが、明らかに城に着く前に追い付かれる速度差だ。
夕日の中で風を切って空を飛ぶ三人に何人かの見回りの兵も気が付いた。
「た、助けてぇっ!」
ディツェンが叫びながら二人に向かって突風を放つ。
「こうも堂々と助けを求めるとは……」
アイファが片手を無造作に振り、ディツェンの放った風を掻き消しながら呟いた。
「魔術師としての意地よりも結果を優先するならば正解でしょう。我々に勝てないのは明白ですから。魔術は目眩しも兼ねるなら炎を選択すべきでしたが」
ヴィオレットがそう言うと、アイファは無言で両手を広げる。直後、アイファとヴィオレットの左右を守るように薄い氷の板が出現した。人をすっぽりと隠すこともできる巨大な板だ。
半透明なその壁に、次々と矢が打ち込まれる。ヒビが入って白く曇っていく氷の板を横目に、ヴィオレットは口を笑みの形に変えた。
「飛翔魔術を使う我々相手に普通の矢……皇国もそれほど大したことは無さそうですね」
ヴィオレットが失笑気味にそう呟くと、アイファが溜め息を吐く。
「……お前は何もしていないだろうが」
「あら? 女性を扱き使おうなんてエルフは野蛮ですねぇ」
ヴィオレットが一言嫌みを言うと、アイファは眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
そうこうしている間にも、ディツェンとの距離は着実に近付いている。
と、そこへ男の大声が響き渡った。
「術師殿ーっ! 術矢を使いますぞーっ!?」
「まだ射ってなかったのかい!? は、早く! どんどん射って!」
逃げながらディツェンが答えると、すぐさま兵達は弓を構え直した。城まで続く道路の脇に並ぶ兵士達が一斉にアイファ達へと矢を向ける。
「放てぇっ!」
合図と共に風を切り裂く音が重なった。
次の瞬間、アイファ達が飛んでいた空間が炎、風、氷に飲み込まれ、最後には轟音を鳴り響かせて爆発する。
爆風は周囲の石壁を砕き、辺りを粉塵で覆い隠した。
その光景に前方を飛んでいたディツェンも速度を緩めて息を吐いた。
「や、やったか……?」
そう呟いてディツェンが見守る中、兵士達は新たな術矢を構えていく。
「油断するな!」
「他にも人を集めろ!」
兵士達が声を発しながら更に数を増やしていき、周りを包囲する。
しかし、その包囲が出来上がる前に粉塵は内部から炎や瓦礫と共に吹き飛んだ。衝撃の余波の風と、粉々になった石畳や壁、氷の破片などが降り注ぐ中、アイファとヴィオレットは無表情に地面に立っていた。
「……何故邪魔を? 何もしていないと文句を言っていたじゃないですか」
ヴィオレットがそう口にすると、アイファが深く息を吐く。
「我々は戦争をしに来たわけではない」
「いずれなるなら同じことでは?」
「例えそうだとしても、我々が決めることではない」
アイファがそう答えると、ヴィオレットは怒気を孕む目を向ける。
その会話を耳にしたか、しないか。ディツェンは見事に逃走を再開していた。
その背を見て、アイファは溜め息を吐く。
「……私1人ならばもう捕まえていたな」
「それはこちらの台詞です」
二人は険悪な雰囲気でそう言い合うと、どちらともなくディツェンの後を追って空を飛んでいった。
一斉攻撃された筈なのに何も無かったかのように飛んでいった二人に、弓を構えていた筈の兵士達も反応が遅れる。
「……な、なんなんだ、あの化け物達は」
最も豪華な鎧を着ていた兵士がそう漏らした後でハッと顔を上げる。
「い、いかん! すぐに後を追うぞ!」
「はっ!」
そう言って兵士達は慌てて走り出すが、その顔にはいまだ困惑の色は強く浮かんでいた。
「開門ーっ!!」
城門に体当たりする勢いでディツェンが飛んで来ると、門番らしき兵士達は槍を手に走り寄る。
「じゅ、術師殿! さっきの爆発は!?」
「開けて! とりあえず早く開けて!」
慌てふためくディツェンに門番達は首を傾げながらも門を開けようと動いた。だが、門番達が何かする間も無く、門は勝手に開き始める。
開いていく門の奥には兵士と術師達を従えたヤヌアルの姿があった。
ヤヌアルは青い顔をしたディツェンを見て片方の眉を上げる。
「む。やはりディツェンか。なんの実験で失敗したのだ? この城の中にまで聞こえるような爆発をする実験など、許可した覚えはないぞ?」
「いや! いやいやいや! それは私じゃありませんから! て、帝国からの刺客です! ほら、あれ見て!」
ディツェンが弁明しながら背後を指差すと、城門まで歩いて来るアイファとヴィオレットの姿があった。
「……帝国の? まさか……」
ヤヌアルは二人の姿に小さくそう呟いた。




