もはや理解不能
大量のロボット達を見て気を失ったディツェンに、ヤヌアルが片手をあげる。
それが何かの合図なのか、ユーリが頷いた。
「起きてくださいね、ディツェン様ー」
ユーリは間延びした声でそう呼び掛けると、小さく何か呟き始める。
そして、ユーリの手元に拳大ほどの半透明の球が浮かび上がった。ゆらゆらと揺らめくそれは、どうやら水の球のようである。
「えい」
ユーリがその水の球に手のひらをかざして掛け声を発した瞬間、勢いよく水が発射された。発射された水はディツェンの顔を全て覆い隠すほどの量である。
堪らず地面を転がり、ディツェンが痛みにのたうち回る。
「ぐ、ぐぉお……鼻が、耳にも入った……なんて酷いことを……」
そんな怨嗟の声を発しながらディツェンが立ち上がると、ヤヌアルが呆れたような顔で鼻を鳴らした。
「お前が気絶するから悪いのだ」
「え? 気絶? 何で……っ! んっ!? そ、そ、そうだった!」
ようやく正気を取り戻したのか、ロボットが立ち並ぶ光景を確認したディツェンは血走った目でこちらを振り向き、俺に詰め寄る。
「タイキ様! あれだけのゴーレムが同時に動くのですか!? それとも、何体かずつ動かして、後は予備!?」
「いや、一応全部動きますが……」
「全部!」
ディツェンが驚愕の声を上げると、ヤヌアルも目を剥いた。
「いったい、この空飛ぶ島には何百人の術師がいるのか……だが、その割に術師らしき人物に会わないのが不思議だ」
頭を捻るヤヌアルに、ユーリも同じように頭を傾ける。
「そういえば、まだ殆ど誰にも会っていませんねぇ。時折、術師様らしき方が近くにいらっしゃるみたいですが」
ユーリがほんわかとそう呟くと、ディツェンが目を見開いて首を左右に振った。
「何処に!? え!? 何処に!?」
「あそこだと思いますが」
ユーリは、そう言ってロボット達の奥、医療室を指差す。
「あそこにこのゴーレムの……!」
言うが早いか、ディツェンが駆け出した。ロボット達の隙間を縫うように走り、医療室の中へと突入するディツェン。
そして、悲鳴が響き渡った。
「きゃあああっ!」
「ひゅぐっ」
甲高い女の子の叫び声とくぐもった声が重なり、俺たちは顔を見合わせてから現場へと向かう。
医療室の中を覗くと、泡を吹いて地面に転がったディツェンの姿があった。隣にはメーアとラントが立っている。
「あ、タイキ様」
「何があったんですか?」
ラントに尋ねると、ラントは難しい顔でメーアを見た。すると、メーアは冷や汗を流しながら後ずさる。
「う……い、いきなり飛び出てきたから驚いて、蹴っちゃいました……」
「蹴った?」
メーアの言葉に首を傾げる。女の子に蹴られただけで泡まで吹くだろうか。
「男の急所です」
ラントが補足し、思わず股間がヒヤリとした。良く見たら、両手で股間を押さえた格好で倒れている。
「いや、仕方がないだろう。こんな可愛らしいお嬢さんに飛びかかるとは……この犯罪者はそちらの法の裁きに任せよう」
ヤヌアルがそう言うと、ユーリが頷きながらメーアを見た。
「そうですね。ところで、そちらのお嬢さん。私達が来てから何度か近くにいらしたり……?」
「え?」
突然のユーリの言葉に驚き、メーアは思わず俺を見た。仕方がないので頷くと、メーアは恐る恐る答える。
「は、はい……タイキ様の身を案じ、隠れて……」
「まぁ、やっぱり」
ユーリはメーアの言葉に喜ぶと、こちらを振り向いた。
「このお嬢さんだけが魔力を発しているので、すぐに分かりました。かなり強い魔力のようですが、術師様のお弟子さんですか?」
「何!?」
ユーリの言葉に一番に反応したのはヤヌアルだった。ヤヌアルはマジマジとメーアを見つめ、唸る。
「うぅむ……獣人の術師か。相当に珍しいな」
「え? じゅ、術師? 魔術師、のこと?」
メーアが困惑する中、エイラがショックを受けたように後退りし、壁にもたれかかった。
「そんな……メーアちゃんが魔術師……タイキ様の弟子に……? どうしよう……料理どころか、メーアちゃんに何一つ勝てないのに……」
と、珍しくエイラが心情をポロポロと吐露しながら落ち込んだ。どうしたものかと悩んでいると、今度は泡を吹いていた筈のディツェンが立ち上がる。
一瞬メーアを見て怯えたような顔をしたが、すぐに医療室を見回して口を開いた。
「タイキ様! 此処は!?」
「怪我とか病気とかを治す部屋、ですかね」
そう答えると、ディツェンはまたも血走った目で走り出し、セクハラマシンにしがみ付く。
「こ、これは……」
「その中で横になって貰ったら治療出来ますよ」
「ね、寝ていれば治る、と? 駄目だ。全く分からない……」
暫く考え込むように押し黙るディツェンにヤヌアルが眉根を寄せる。
「また走り回る気か? そろそろ外交上殴ってでも止めようかと思うが」
そんなヤヌアルの言葉に、ディツェンは溜め息を吐いて首を左右に振った。
「……いや、もう大丈夫。流石にこれは理解の範疇を超え過ぎて逆に冷静になれた。本当、夢の中にいるみたいだ」
ディツェンがそう言うと、ユーリが胸の前で手を合わせる。
「まぁ! ようやくディツェン様がポンコツから戻られたのですね」
「むぐっ」
ユーリの容赦無い一言にディツェンが呻いた。そして、ディツェンはこちらに顔を向ける。
「素晴らしい技術の数々に感服致しました。ただ、今日はもう頭に入りきれないほどの情報量でしたので、また明日案内をお願いしたいと思います。申し訳ありませんが、あの素晴らしいトイレを完備した部屋に……」
冷静になったと思ったのに、段々と鼻息荒くなっていくディツェン。恐らく、ディツェンは寝ずにトイレを研究するのだろう。
その様子に、エイラも苦笑いを浮かべていた。




