ヴィオレット将軍の決断
【帝国軍】
謎のゴーレムの襲撃を受けてアツール王国侵攻の断念を余儀なくされた帝国軍は、分けていた軍を再編し、国境付近にまで撤退していた。
報告を受け、ヴィオレット将軍は紫色の美しい髪を揺らし、アツール王国北部の地図を睨む。
「……王都にいた私達と、ファルベを攻めていた両軍が同時に襲われた……まさか、あの空飛ぶ島は複数あるのでしょうか」
馬車の上で唸るヴィオレットに、騎兵の一人が難しい顔で口を開いた。
「……あのゴーレム達は何だったのでしょうか。まさか、アツール王国の秘密兵器などということは……」
「それはありません。もしそんなゴーレムを王国が所持していたならば、もっと使うべき時がいくらでもあったはずでしょう。それに、アツール王国がゴーレムをあれだけの数揃えるだけでも大変な時間と資源が必要です」
ヴィオレットは騎兵の言葉を否定すると、頬を人差し指でなぞりながら細い息を吐く。
「……最低でも二百体はあのゴーレムがいると見た方が良いですね。つまり、魔術師は二百人から三百人……いえ、ゴーレムの異常な強さと性能を見る限り、五百人以上の魔術師が必要です」
「ご、五百人の一流の魔術師、ですか。ヴィオレット将軍ならば一人で一体操ることが出来るのですよね」
騎兵が何気無くそう発言すると、ヴィオレットは不機嫌そうに顔を上げた。
「私と同等以上の魔術師が二百人いる、と? 凡百の魔術師を五百人探す方が遥かに堅実ですねぇ」
「こ、これは申し訳ありません! 決してそのような意味で言ったわけでは……」
顔面蒼白で弁明する騎兵をヴィオレットが薄目で見据えていると、突然空から黒い影がふわりと舞い降りてきた。
それを見て、ヴィオレットや騎兵達が息を飲んで身体を硬直させる。
皆がその黒い影に注目する中、舞い降りてきた黒いローブ姿のその男は、被っていたフードを脱いで顔を出した。
艶やかな長い金髪が溢れでて、次に長い耳が現れる。
「……驚かせないでください、アイファ」
ヴィオレットが胸を撫で下ろしながらそう口にすると、アイファは無言で周囲を見回し、最後にヴィオレットの後ろを見た。
「……敗走したと聞いたが」
アイファがそう口にすると、ヴィオレットは睨み返しながら口を開く。
「帝国領土内に戻った行商人か誰かが噂でもしていましたか。ですが、私達はアツール王国には負けていません。私達を撤退に追いやったのは空から降ってきた謎のゴーレム達ですから」
「そこだ」
アイファは目を細めてヴィオレットの言葉尻に噛み付くように声を発した。
「その話を詳しく聞かせてくれ」
そう言われ、ヴィオレットはこれまでの経緯を説明した。アイファは黙って話を聞き、低く唸る。
「……どう考えても、あの空飛ぶ島がアツール王国の味方をしたとしか思えないが、いったいどんな繋がりがあるのか」
「あのゴーレムの一軍はどう考えても大国の最大戦力です。急激に大きくなるブラウ帝国が目障りならば、素直に帝国に攻め込む決断を下すでしょう。アツール王国のような小国と同盟を結んでも利が薄いのではありませんか?」
ヴィオレットが険しい顔を見せると、アイファは面倒臭そうに横を向いた。
「同盟国を増やすような手間を取らずに、単独で帝国に攻め込むことが出来るだけの戦力、という評価か。これが我が国と大差無い国ならば、周囲を囲うように同盟国を増やしていると推測出来たが……」
「帝国を包囲する……成る程。それならば次に向かうべき国が見えてきますが……」
アイファの言いたいことが分かったのか、ヴィオレットは溜め息を吐いて首を左右に振る。
「空飛ぶ島の向かう先……リーラブラス山脈に向かったそうだな」
「ええ、そうですが……まさか、リーラブラス山脈にあの空飛ぶ島が帰る場所があると?」
ヴィオレットが目を細めてそう尋ねると、アイファは浅く頷いた。
「あの島の上には城があった。城下町らしき街もだ。それなり以上の人数が生活しているということだろう。ならば、どこかで必ず地上に降りて必要な物資や資源を入手する筈だ。リーラブラス山脈にその場があったとしても不思議ではない」
「しかし、あの山や周囲の森林は大型のモンスターの巣のようなものでしょう」
「元より、あの空飛ぶ島に到る為には高い山の頂上からと考えていた。むしろ都合が良い」
そう口にして、アイファは口の中で何か呟き、再び空へと浮かび上がっていく。
「私は島を追う。陛下にはそう伝えておいてくれ」
アイファはそれだけ言い残して飛んで行ってしまった。魔境と呼べる場へ迷い無く向かうアイファの姿に、ヴィオレットが悔しそうに下唇を噛む。
「……一人でもあの空飛ぶ島に行くことが出来る、ということですか。傲慢な」
空へと飛んで行くアイファを見上げながら、ヴィオレットは小さくぶつぶつと呟く。
そこへ、必死に駆けてくる軽鎧の男達の姿があった。
「し、失礼、致します……!」
「あ、アイファ殿はどちらへ……」
肩を上下に揺らし荒い息を繰り返す男達に、他の兵士達は眉根を寄せながら空を指差す。
兵士達は顔を引き攣らせながら空を見上げ、教えてくれた兵士とヴィオレットに向かって頭を下げた。
「陛下の命により、アイファ殿に同行しておりますので、我々はこれにて」
「くそ、あっちに街はあったか?」
「分からん。だが、行くしかあるまい」
軽鎧の男達はぶつぶつと何か言いながら、アイファが飛んで行った方向へと走って行く。ヴィオレットはその背を見送ってから、静かに口を開いた。
「帝国はあの空飛ぶ島をどうするつもり……いや、愚問でしたね。皇帝ならば、間違い無く空飛ぶ島を我が物にしようとするでしょう。しかし、それは、一つ間違えれば帝国の滅亡へと繋がる……」
ヴィオレットが誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、今度は馬に乗った兵が遠くから走ってくる。
その兵の形相に、ヴィオレットと周囲の兵士達は表情が引き締まった。
「何事だ」
騎兵の一人がそう言って前に立つと、兵は馬を止めてその場に降りる。
「アツール王国が、あの空飛ぶ島と同盟を結んだと発表しました!」
兵がそう報告すると、兵達が大きくざわめいた。
「な、なんだと!?」
「アツール王国はあの空飛ぶ島と接触したというのか!?」
驚愕の声を上げる兵達に、更に報告が続く。
「アツール王国の発表によれば、空飛ぶ島にはタイキという王が治める天空の国があり、アツール王国のレティーツィア王女がそこにいるとのことです」
「ど、どういうことだ!? 何故、レティーツィア王女が……」
「天空の国!?」
「何者だ、そのタイキという者は!?」
騒然とする場の中で、唯一人ヴィオレットは目を細めて黙考していた。
顎を撫でながら、視線を上げる。
「……空飛ぶ島に城と城下町。あのゴーレム達の異様と異常な戦闘能力……あの島には間違い無く魔導の深淵を手にした者がいるのでしょう」
そう呟き、ヴィオレットは顔を上げた。周囲に居並ぶ兵の中の一人に声を掛ける。
「私はアイファを追って天空の国とやらへの接触を試みます。同盟を結んだという王国の言の審議をせねば軍は動かせないでしょう。各指揮官に指示を出し、帝都へ戻って下さい」
ヴィオレットがそう言うと、声を掛けられた者は慌てて口を開く。
「しょ、将軍!? そのようなことをされては厳しい罰を……」
「皇帝の興味は既に天空の国にある筈です。だから、私がアイファの補助をすると伝えてください。アイファがリーラブラス山脈に向かったと言えば納得するでしょう」
そう告げると、ヴィオレットは椅子から立ち上がり、小さく何か呟いた。
ふわりと身体が浮かび上がり、自分を見上げる者達を見降す。
「それでは、任せましたよ」
そう言い残して、ヴィオレットはアイファを追って飛んで行ってしまったのだった。
元宮廷魔術師の異例の将軍、ヴィオレット。
性格はマイペースで自分の欲望に忠実です。




