将軍の訪問
【天空の城】
操作室のスクリーンに映し出される映像にエイラは茫然自失としたまま動かなかった。
俺はロボット達に捕まってこちらへ向かっている人物を眺め、口を開く。
「他の人より派手な格好してるし、偉い人だとは思うけど……」
そう呟き、腕を組む。
王女の処遇について交渉など出来るのだろうか。いまいち王族だの何だのと言われてもピンと来ないが、戦争を中断させることは出来たのだ。ならば、多少以上はこちらを脅威と思ってくれるだろう。
そんなことを思いながらスクリーンを眺めていると、画面の端にもう一体のロボットが人を捕まえてきた。
「よし。それじゃあ下に行って出迎えようか」
「え? あ、は、はい!」
慌てて返事をしたエイラが走ってくるのを横目に、エレベーターの中へと足を運ぶ。
城の外へ出るとメーア達に見つかった。どうやら城の周辺で雑草を刈っていたらしい。俺とエイラはA1をお供に、城門前で足を止める。
「あ、タイキ様」
立ち上がり、頭を下げるトレーネ。
「もうすぐお客さんが来るから、宜しくお願いします」
そう告げると、トレーネ達はハッとして顔を見合わせた。
「ついにタイキ様以外の大魔術師様が……?」
「き、緊張するな」
「あらあら、今からでもお料理間に合うかしら……」
勘違いするトレーネ達に苦笑し、俺は首を左右に振る。
「いや、アツール王国の兵士ですよ」
そう答えると、ラントとシュネーの顔がこわばった。
「兵士、ですか……」
「もしもの際には……」
二人は何やら険しい顔で話し合いを始めてしまった。トレーネも無言で何かを考えているようだが、メーアだけは平常時と同じ顔でこちらを見ている。
「なんでアツール王国の兵士が来るんですか?」
メーアに尋ねられ、隣でエイラがビクリと身体を震わせた。それに気付いていないフリをしつつ、メーアの問いに答える。
「ああ、ちょっとアツール王国の人と交渉したいことがあってね。 ちょうどブラウ帝国に攻められて困ってたみたいだから加勢してみたんだ。恩を感じてくれるとやり易いけどねぇ」
そう言うと、メーアが猫耳をピコピコと動かす。
「ブラウ帝国? 加勢?」
まさか地上で一戦行われていたとは思いもしないだろうメーアは、不思議そうな顔で小首を傾げてそう呟いた。
と、その時、二つの黒い影がこちらに近付いてくるのが視界に入った。
そちらに顔を向けると、皆も同じように振り向く。
それぞれがロボットの背に捕まり、立派な鎧を着た二人の男が飛行島の大地に降り立つ。
その姿を見て、トレーネ達は静かに一礼した。エイラは思わずといった態度で俺の背後に隠れてしまった。
それまで城を見上げていた二人も、こちらに気が付いて一礼する。
先に顔を上げたのは王都の城壁付近で一番派手な鎧を着ていた中年の男である。
「……アツール王国の将をしている、ドゥケル・クラインだ」
中年の男がそう名乗ると、ドゥケルよりも少し若そうな男が口を開いた。
「同じく、アツール王国の将をしております、ハイラート・イルカです。この度は我が軍への助力、感謝致します」
ハイラートという男がそう言うと、ドゥケルの片眉が上がった。
「……ハイラート将軍が此処にいる以上、もしやと思ったが……まさか、ファルベの帝国軍も……」
「やはり、王都もですか」
ドゥケルの呟きにハイラートが浅く頷き、そう言った。
俺はそんな二人を眺めながら苦笑し、頭を下げる。
「初めまして、椎原大希と申します。失礼を承知で、お二人をこちらに招かせていただきました」
そんな挨拶をすると、観察するように俺を見ていた二人が、俺の背に身を隠したエイラに気がつく。
二人揃って目を見開き、口を開いた。
「れ、レティーツィア姫!?」
「ど、どうして姫様が……」
二人の言葉に、ラントとシュネー、メーアも驚いた顔をした。表情を変えなかったのはトレーネだけである。
メーア達の顔を悲しげに見たエイラは、そっと俺の背後から前に出た。
「……ドゥケル様、ハイラート様……お久しぶりです」
そう言って深く頭を下げたエイラに、ドゥケル達は大きな戸惑いを見せる。
俺はそっと溜め息を吐き、エイラの肩に手を置いた。
「では、場所を変えて話を致しましょうか」
【ドゥケル】
空高く、雲にも届く遥か天空に浮かぶ島。
御伽噺に迷い込んだのかと思ったが、どうやら現実らしい。
豊かな自然と美しい家が並び、中央には神が住まうのかというような荘厳な城があった。見た事もない、豪華絢爛な城だ。
そして、そこにいたのは獣人が数人と奇妙な格好の若者。更に、消息不明になっていたレティーツィア王女だった。
俺と目を合わせるハイラートの顔にも混乱と驚愕の色が表れていた。
「では、場所を変えて話しましょうか」
そう言われて、シイハラタイキと名乗った若者は、あのゴーレムを引き連れて城内へと入っていった。
あっさりと俺達に背中を見せたことに呆気に取られたが、あのゴーレムの一体をたった一人で動かしている魔術師ならば納得である。
俺はハイラートと無言で頷き合い、後を追った。
警戒心を緩める事なく城内に入ったのだが、足を踏み入れた瞬間その気持ちは霧消してしまう。
見事な広間であった。外から見ていた以上に広く、豪華な作りだ。これほど見事な城は見たことが無い。
「ご、ゴーレム……」
「む」
ハイラートの声に振り向くと、城門の後ろに立つゴーレムの姿があった。まるで門を開く為だけにいるような格好で、ゴーレムは門に両手を添えていた。
いったい、何体のゴーレムがいるというのか。
そして、何百人の魔術師がいるというのか。
信じられない心地で城内を歩き、巨大な柱の中へと入った。巨大な柱の中は広く、勝手に開閉する扉が開く度に景色が変わった。
ハイラートですら、もう言葉も発せなくなっている。
「ここにしましょうか」
タイキはそう言って、一際豪華な広間へと俺達を通した。舞踏会などの会場としても使える見事な広間である。縦に長い窓が幾つもあり、外の景色も見ることが出来た。
これだけ広く見事な城でありながら、未だに他の者が出てこない事が酷く不気味だった。
【タイキ】
驚くドゥケル達を引き連れて、俺は四階の広間へと移動した。テーブルと椅子を用意して、腰掛ける。
何故か椅子に座ったのは俺だけだったので、どうぞどうぞとドゥケル達にも座ってもらう。
トレーネ達には二階で食事の準備をしてもらっているので、広間にいるのは俺とエイラ、ドゥケル、ハイラートの四人だけである。
いや、俺の隣にはA1が立っているので四人と一体か。
俺は緊張した面持ちでA1を見上げるドゥケル達の顔を見つめ、息を吐く。
「さて、まずは何から話をするべきでしょう」
そう口にすると、A1と反対側に立つエイラが口を開いた。
「……まずは、私が何故ここにいるかを話した方が良いでしょう」
その台詞に、ドゥケル達の目が細くなる。
「そうですね……帝国に嫁ぐ途中で消息不明となったとしか聞いておりませんでしたので、些か驚きました」
ハイラートがそう呟くと、ドゥケルが呆れた顔をみせた。
「些かどころじゃ無いだろ。こっちでは帝国が王国を攻める口実を作る為に王女を殺したと言われてたんだぞ? レティーツィア姫を前にして口にすることじゃないが、奴隷印まで受けた王女が帝国兵士の目をかい潜って逃げ出すなんて不可能だろうが」
ドゥケルのその言葉に、エイラが眉根を寄せて俯く。ハイラートはそんなエイラを横目に見ながら、責めるような口調で返答した。
「その噂は聞いております。しかし、帝国出身の行商人もいるファルベでは、我が国が姫様を匿ったという噂も有力でしたが……」
「我らが国王陛下がそんなタマかよ」
遠慮など全く無い言い方で否定したドゥケルに、ハイラートは眉を顰める。
二人のやり取りを聞いていたエイラは、哀しそうな顔で首肯した。
「……父上は、私を助けたりなどしておりません。私は、自ら王族としての責務を投げ出したのです」
その言葉に、ドゥケルとハイラートは厳しい表情をエイラに向ける。エイラは二人の目を見て一瞬怯んだが、何とか踏み止まり、口を開いた。
「途中の町の宿で、偶然にも見張りの方がいない瞬間がありました。逃げられる……そう思った時、私の足は勝手に動き出していたのです……」
エイラが言うには、無我夢中で町の外にまで逃げ出せ、たまたま通りがかった移動中の衛兵達の馬車に身分を偽って乗せてもらったらしい。
だが、途中で王族としての責を放棄したことへの罪悪感に苛まれ、引き返そうとしたとのこと。
「ですが、その時に衛兵の方々に言われました……私が逃げ出したせいで、その晩に見張りをしていた帝国兵士の方々は王国の間者であると嫌疑に掛けられ処刑され、私はもう帝国からも王国からも追われる身である、と」
エイラがこれまでの経緯を説明していく内に、二人の表情は険しくなっていった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
訥々と語るエイラの台詞を遮り、ドゥケルが叫んだ。エイラが驚くのも気にせず、ドゥケルは声を上げる。
「姫様、今の話は本当なのか?」
強い口調でそう聞かれ、エイラが恐る恐る頷く。すると、ドゥケルはハイラートに顔を向けた。
「おかしい。違和感だらけだ」
「……はい。仮にも自国の王子に嫁ぐ他国の王女を連れての旅路。そう簡単には脱走なぞ……」
「いや、そこも妙だがその衛兵を名乗る奴らもだ。何故そんな嘘を吐く? 帝国の者達が王国に攻め入る口実を作る為ならば、そんな回りくどいことはしないだろう」
二人の会話に、エイラは顔を上げる。
「……嘘?」
エイラが口にすると、ハイラートが頷いた。
「ええ。帝国が公表したのはレティーツィア王女の身柄が王国によって匿われた、というものです。その際に王国軍が動いたなどという噂もありますが、帝国兵が処刑されたなんて話は聞いておりません」
「そんな……」
愕然とするエイラに、ドゥケルが舌打ちをする。
「……何かが裏で動いていやがる。帝国と王国、双方を騙して王女を殺そうとするなんてのは余程のことだぞ」
ドゥケルがそう発したきり、皆が押し黙ってしまった。俺は三人の顔を順番に眺め、口を開く。
「ちょっと良いですか?」
そう言うと、全員がこちらを振り向いた。
「話は変わりますが、エイラは……いや、王女様は、アツール王国に帰れるんですか?」
質問すると、ハイラートの表情が曇った。エイラも顎を引いて沈黙したが、ドゥケルは違った。
「無理でしょう」
ハッキリとそう言い放ち、ハイラートが目を伏せる。
「……一国の王女が奴隷印を押されて側室以下の扱いで送り出された。これは、アツール王国がブラウ帝国の属国であると宣言したに等しい。そんな状況で帝国に差し出された筈のレティーツィア王女が、王国内でまともな日常を送れるとは思えませんな」
ドゥケルの厳しい言葉にエイラは我慢出来ずに嗚咽を漏らした。ハイラートも厳しい表情を見せてはいるが、ドゥケルの言葉を否定する様子は無い。
俯いて静かに涙を流すエイラを見て、ドゥケルに視線を移す。
「……王女をこちらで貰い受けても良いですかね? 帝国に行くのは論外だし、王国にも帰れないなら、この城に住んだ方が良いかと思ったのですが」
そう尋ねると、ドゥケルは困ったような顔で唸った。
「それは……いや、力尽くで奪われたならこちらには何も出来ないが、良いかと聞かれたら困るのは困るというか……まぁ、正直に言わせてもらえば、帝国の矛先を変えることが出来るなら問題無いのだが」
「しかし、今さら姫様が帝国に向かっても戦争は回避出来ません。ならば、我々が見なかったことにして……」
ドゥケルとハイラートが複雑な表情でそんな議論をしている姿を見て、やはり難しいのかと唸る。
毎回王国の味方をしてロボットを派遣すれば解決するのかもしれないが、面倒である。帝国が王国から手を引いてくれたら一番良いのだが。
「……他の国とかがエイラを誘拐したとかなら、帝国も王国を責められないと思うけどなぁ」
何となくそう口にすると、二人が目を開いた。
「……王女が誘拐?」
「帝国兵が護送中に王女が誘拐された……確かに、帝国側の不手際になるから王国に文句を言うのは筋違いだな」
二人はそう口にすると、同時にこちらを見た。
「タイキ殿!」
「レティーツィア王女を誘拐したということにしてくれませんか!?」
大真面目な顔でそんなとんでもない頼み事をされ、俺は目を瞬かせる。
誘拐犯になってくれ。
端的に言えばそう頼まれたということだろうか。
「……へ?」
思わず、そんな間の抜けた声が口から出てしまった。隣を見ればエイラも涙目のまま目を丸くしている。
将軍達の順応力が高過ぎる件につきましてはご了承ください。




