王国の混乱
【アツール王国】
ブラウ帝国からリーラブラス山脈を挟んで南東。深い森を越えた先にアツール王国はあった。
小国の一つでしかなく、国土も小さい。経済的には何とか回っているが、人口が少ない為に慢性的な人手不足に悩まされているといった現状である。
そんな小国の王都を、今大きな混乱が支配していた。
普段は多少賑やかな筈の大通りに活気が無く、代わりに王城の周囲が声を荒げる民達によって喧騒が生まれていた。
「王女を出せ!」
「もし帝国が攻めてきたらどうする気だ!?」
民が口々にそんなことを叫ぶと、城を守る衛兵達が盾を構えつつ怒鳴る。
「ば、馬鹿者! ここを何処だと思っている!?」
「いい加減にしないと、全員地下牢にぶち込むぞ!」
そんな台詞に、民の怒りは更に燃え上がった。一触即発の緊張状態で怒鳴り合う民と兵の姿に、一人の男が溜め息を吐く。
背の低い小太りの男である。歳は五十代ほどだろうが、今は丸まった背と憂鬱そうな表情もあり、六十歳と言われても違和感の無い雰囲気だった。
豪華な服装にマントを羽織った男の赤い髪の上には小さな王冠がある。
アツール王国国王、ライツェント・トルテ・アツール。それがこの男の名前と肩書きだった。
だが、ライツェントはそんな国王としての威厳など微塵も感じさせない疲れた顔で、そっと窓の外を覗いている。
「……やられた。完全にしてやられた……やはり、帝国の罠だったのだ……我が娘を、奴隷印までして連れていっておいて……」
掠れた声でぶつぶつと独りごちるライツェント。
そこへ、外からドアをノックする音が鳴り響いた。ドアを拳で打つような激しい音に眉を顰め、ライツェントは顔を上げる。
入室の許可を出して直ぐにドアは開き、奥から背の高い男が現れた。兜はしていないが、白い鎧を着ている。
「失礼します。陛下、ブラウ帝国の使者が……」
「またか」
男の報告を遮り、ライツェントは天を仰いだ。ライツェントの苛立った様子に、男は口を閉じて表情を硬くする。
「内情を外に漏らす筈も無いのに、民草は口を揃えて私が王女可愛さに帝国兵を襲撃し、王女を城内に匿っていると訴えている……そして、使者からの言葉は毎回早く王女を差し出せ。そうしなければ帝国は王国に無慈悲な鉄槌を下すだろう、と」
半笑いでそう口にして、ライツェントは壁を平手で音が出るほど叩いた。
「馬鹿を言え! 目の前で奴隷印を肩に受け、泣き叫ぶ我が娘を見ていたのだ! 王女を奴隷にして帰る場所を失わせたのは帝国だぞ!? よくも被害者のように振る舞うことが出来たものだ!」
怒りに震えるライツェントの怒鳴り声に、報告に来た男は背筋を伸ばして口を開く。
「は、はっ! 兵達は皆、陛下の深い悲しみと王国を守る為に王女様を差し出した覚悟は理解しております! しかし、帝国側は……」
「分かっている! どちらにせよ帝国の使者が来たならば会わねばならん! 今から行くと伝えよ!」
ライツェントの返答に男は返事をして一礼すると、足早に去っていった。
ライツェントが広間に行くと、そこには既に二人の兵士と、騎士らしき風貌の男が一人いた。
騎士らしき男はライツェントの姿を見て向き直り、会釈をする。
「良くぞ参られた。歓待致しますぞ」
ライツェントが微妙な笑顔を見せてそう言うと、男は険しい表情を向けた。
「お忙しいところ失礼致します。そろそろ、我が国に贈呈戴いた筈の王女殿下を返して頂きたく……」
開口一番にそう言われ、ライツェントの眉も跳ね上がる。
「……使者殿。そちらの言い分も分かるが、是非ともこちらの話も聞いてもらいたいものだな。当初から説明している通り我が城に王女は居ないし、何処かに匿っているという事実も無い。むしろ、そちらの言う王女が逃げ出したという話の方が無理があるとは思うがね」
「陛下。それはつまり、我らが嘘を吐いていると言っているのと同じですが……」
「いや、そうは言っておらん。しかし、あまりにも帝国に都合が良い流れではないか。こちらは娘に奴隷印まで受けさせたなぞ口外出来ず、王女が逃げ出したなどと言われても調べようも無い。だが、私ですら王女がどうなったかも分からないのに、王都の民は私が隠したと口々に叫んでいる」
不満そうに言われたライツェントの台詞に、使者は目を吊り上げた。
「……最初から帝国が戦争を仕掛ける為にこの話を持ち込んだ、と? 知っての通り、我がブラウ帝国は近年急速に発展し、国土を広げ、もはや世界に名だたる大国の一つであると自負しております。その帝国が、アツール王国を手に入れる為にここまでしていると、本気で思っているのですか?」
「アツール王国を手に入れれば、東のフリーダー皇国に二方向から圧力をかけることが出来る。逆に、こちらに何も手を打たずに皇国と開戦するようなことがあれば、もしかしたら我が王国が皇国の味方をする可能性がある……そう考えたとしても何ら不思議はありませんな」
ライツェントがそう告げると、広間に静寂が訪れた。
周囲に立つ兵士達がハラハラした様子で二人のやり取りを窺っていると、広間に扉を叩く音が響いた。
その音に声を出して驚きながらも、兵士の一人が扉を開けて要件を聞いた。
そして、何とも複雑な顔でライツェントに顔を向ける。
「何だ」
ライツェントが不機嫌そうにそう尋ねると、兵士は言いづらそうに口を開いた。
「へ、陛下。な、なにやら上空に謎の飛行物体が出現した、と……」
兵士のその報告に、ライツェントだけでなく帝国の使者も怒りを忘れて目を瞬かせた。
おもわず、未確認飛行物体(UFO)と書きかけました。




