革命の火
地を揺らすような轟音と、それに負けない兵士達の雄叫び。
非戦闘員であるメイド達が悲鳴をあげて走り回る中、玉座に向かうカルルク王、イニシダは怒鳴り声を発した。
「何事か!」
追従する宰相は走り回る警備兵を呼び止めて話を聞き、顔面蒼白で振り返る。
「エルチエ子爵の騎士団が王城の正門を破壊しようとしているそうです! 更に、奥にはカストール公爵の旗が!」
「謀反だと!? あ、彼奴ら……っ! あれだけ良い思いをさせてやった恩を忘れおって……!」
宰相とは対照的に顔を真っ赤に紅潮させたイニシダは、歯を嚙み鳴らして玉座の間に足を踏み入れた。慌てふためく兵士達をよそに、イニシダは怒りのままに玉座の間を進み、巨大な窓の一つに向かう。
それを見て、慌てた様子で盾を持った兵士達が走り寄り、イニシダの前に立って窓を観音開きに開いた。
開け放たれた瞬間、外から無数の人の声が流れ込む。まるで音の津波のような怒号が響き渡る中、イニシダはバルコニーの端へと移動した。
眼下には、王城を取り囲むようにして陣取る騎士達の姿がある。王都の作りから、高台より下界を見下ろすように広く街並みを見渡すことが出来るが、それほど大軍に囲まれているといった様子は無い。
とはいえ、包囲する騎士団を撃退出来なければ王城から出られないのは一緒である。
イニシダが歯噛みする中、宰相が懇願するように口を開く。
「へ、へ、陛下! こ、このままでは……! どどど、どうしましょう!? あ、だ、誰か使者を派遣して、何が目的か聞きだして、対応を……」
「目的など分かりきっている。王の座の簒奪だ。あの屑どもが……裏にいるのはどの国か。いや、今はそれどころでは無い。愚か者どもを八つ裂きにするのが先決であろう」
怒りを滲ませた声でそう呟き、イニシダは踵を返した。
「へ、陛下……! 近衛騎士団をぶつけるのですか!? それをしてしまえば、陛下の周りを守る者がいなくなって……」
「城内に攻め込まれたら同じことではないか。ならば、一箇所開け放ってしまい、そこに敵を集中させる。包囲されたまま防衛しても勝機は皆無だ。街中で陣を敷き辛いのだからな。一点集中でこちらから攻め込めば、僅かだが可能性はあろう」
それだけ言って鼻を鳴らすと、イニシダは横目で宰相を見て、口の端をあげる。
「それに、王にのみ伝わる最後の手段もある」
そう口にして、イニシダは足早に歩き出した。
向かう先は城内最上階の自室の奥の間、宝物庫である。
城壁は特殊な形状であった。有り余る富を惜しみ無く注ぎ込んだ王城は、物理的のみならず魔術的にも強固である。その上、城壁は簡単には登ることが出来ないように高く、そして上部はせり出すような形で作られていた。
ねずみ返しに似た形の上部からは、弓矢、石、更には魔術具による攻撃が降り注ぐ。
不思議な光沢を持つ球が地面に落ちる度に、炎が兵士達を焼き、風が巻き起こって敵を吹き飛ばす。
他の国の城と比べても、十分以上に堅牢な守りである。その証拠に最前列に並ぶ兵士や傭兵達は絶望に染まった顔で城壁を見上げていた。
だが、遥か後方で戦況を見守る貴族の指揮官達の顔には余裕があった。
談笑すら交わしながら、小太りの男が口を開く。
「どれだけ持つのか、見ものですな」
「そうですな。あのような高価な魔術具をふんだんに使用出来るのは恐ろしい限りですが、逆に言えばすぐに勢いは衰えましょう。王城内の備蓄は有限ですからな」
半笑いで背の低い男がそう告げると、ひょろっとした風体の男が肩を竦めた。
「……援軍は来ない。何しろ、公爵家の使者が別の任務を与えて回っているのだからな。多少の違和感はあろうとも、無視して王都に戻ることは出来まい。イニシダ陛下も、既に包囲の中よ。結果は見えておる」
そう告げると、周りの男達がすぐさまに肯定の返事をする。
「その通りでございます!」
「カストール閣下がいてくださるだけでこれほど見事に事が進むとは!」
そんな声を聞き流し、カストールと呼ばれた男は目を細めて顎を引く。
「問題は、王がどう動くか、である。あの城の中には魔術具もあるが、他国の兵士も捕虜奴隷として飼われている。場合によっては、反撃も有り得る……ん?」
思案するカストールの視線の先で、動きがあった。それに気がついたカストールが声をあげると、周りの者達も疑問符を挙げて振り返る。
「何かありましたかな?」
「む? 兵士達の列が……」
城門前でぐにゃりと歪む兵士たちの隊列を見て首を傾げる二人。カストールが目を細めて唸っていると、マントを付けた少々派手な騎士が走り寄ってきた。
「閣下! 一時後退を! 門が僅かに開きましたが、予想外の事態が……!」
要領を得ない説明を交えながら声を荒げる騎士の進言に、カストールは眉根を寄せながら答える。
「何を言っておるのだ? 門が開いたなら、多少の犠牲を払おうとも決着をつけた方が良いのではないか?」
「閣下、あの門は我らが開けたものではありません! あれは、敵方が開けたものです!」
疑問に怒鳴り返し、騎士は横顔を王城に向けて言葉を続けた。
「剣が効かぬ者が現れました! 恐らく、抗物理甲冑と呼ばれる魔術具かと思われます!」
騎士がそう叫んだ後、城門前に殺到していた兵士達が破城槌を手放して後方に下がり始めた。
兵士達のどよめきと悲鳴が上がり、銀色に輝く鎧を着た騎士が姿を見せる。手には血に塗れたロングソードが握られており、周囲には死体が転がっている。
その光景に、貴族達は女のような悲鳴をあげた。カストールは顔を顰めながら舌打ちする。
「そのような代物まで手にしていたのか。国宝級だが、一体何処から……仕方ない、一旦下がる! 魔術師隊、牽制に炎の矢を放て! 相手も下がらせろ!」
カストールが大きな声で指示を出しながら後退すると、十数秒ほど遅れて炎の矢が城門に向かい、飛来した。
放物線を描いて炎の矢が三本飛び、その後更に五本の炎の矢が飛んだ。
兵士達は巻き添えを恐れて慌てて離れ、銀色の鎧を着た騎士も一歩二歩と後ろに下がっていく。
そこへ、騎士の後ろ、城門の中から黒い影が現れた。入れ替わるようにして、真っ黒な全身鎧に身を包んだ騎士が姿を表した。
炎の矢はその周囲に飛来し、最後の一本が黒い鎧の騎士に向かっていく。
炎の矢は着弾と同時に勢いよく燃え上がり、辺りを巻き込みながら炎の柱が立ち上る。
黒い鎧の騎士は炎の柱に巻き込まれて姿を消した。
「あれが抗物理甲冑でも中身は消し炭となっていよう。さぁ、陣形を今一度整えよ。囲いこむのだ」
カストールがそう指示して、城門に向き直ると、周りの者達が目を見開いて一点を見ていることに気がついた。
遅れて視線の先に目を向けると、炎の柱の中を歩いてくる、黒い影の存在を確認し、驚愕する。
「……ま、まさか……!?」
炎の柱の中で黒い鎧の騎士が剣を右から左に降った途端、炎は四散して飛沫のように小さくなってしまった。
現れたのは、全くの無傷の黒い鎧の騎士の姿である。
「……抗魔術甲冑、だと……」
カストールはその光景に息を呑み、掠れた声でそう呟いたのだった。




