決別
「な、なんですと?」
タイキの柔和な物腰やお人好しといった言動から、二人はまさか断られるとは思っていなかった。
大義名分無く無理やり我を通すようなことは無いだろうと判断していたのだ。
「……奴隷売買は儲かるだろう。しかし、これ以上は不必要ではないか。奴隷売買などせずとも、タイキ殿には圧倒的な武力があり、空を飛ぶ島を持っているだろう? どのような商売であっても、我々などより遥かに儲けを出せる筈だ」
と、今度はタイキ自身の器と国力に対する自尊心を問う形で攻めてきた。しかし、タイキはあっさりと首を左右に振る。
「いやいや、お金なんてそれほど興味はないですよ。最初から言っていた通り、こちらの望みは奴隷の待遇改善。これだけです。なので、こちらが望む契約での奴隷しかいなくなるまで、奴隷売買は続けさせていただきます」
そう断言され、イニシダと宰相の顔から血の気が引いた。まさに庇を貸して母屋を取られるといった状況であり、今のままではカルルク王国の経済はガタガタになるのは目に見えている。
その為、慌てた宰相が冷や汗を流しながら声をあげた。
「あ、あの、しかし……いや、これから歴史に燦然と御名を残すであろう天空の国の国王陛下ともあろう方が、他国の犯罪者を庇って、挙句経済で財を成した小国を力で滅ぼして奴隷商売を乗っ取ったなどと噂を立てられては、せっかくの御名にキズが……」
しどろもどろになりながらタイキの決断を鈍らせようとする宰相に、タイキは笑いながら片手を振る。
「いやいや、そんな気は全くありません。カルルク王国の立地ならば、間違いなく他の商売でも経済大国として成功するでしょう。大丈夫ですよ」
軽い調子でそう言われ、もはやイニシダも宰相も言葉も無い。
と、一瞬の沈黙が降りた広間で、タイキが思い出したような顔で口を開いた。
「あ、それと、貴族を襲っていた元奴隷の方達を助けたわけではありませんよ? たまたま、その人達がついてきたのです」
「なっ!? そんな馬鹿な話があるか! こちらは確かな目撃者の証言で動いている! 虚言はやめてもらおう!」
イニシダが椅子を蹴るようにして立ち上がり、怒鳴る。タイキはその様子に少し引きながら、引きつった笑みを浮かべた。
「はは……いや、実は、あの場には我々が扱う奴隷の人がいたのです。その奴隷に危害が、それもカルルク王その人の指示で動いた騎士団が手を出してしまったら、我々も本気で動かざるをえないでしょう? だから、本当の戦争にならぬよう、最小限の自己防衛をしながら奴隷を守ったのです」
「……なに?」
タイキの台詞に、イニシダは目を見開いて固まり、宰相を振り向いた。
そして、宰相は顔色を真っ白にしながら声を裏返らせる。
「ちょ、ちょっと待っていただきたい! わ、我々が聞いたところによると、そのような情報は……!」
「ん? そちらは、あの騒動の中、誰がいたのか全て把握出来たのですか? もしそうなら凄いことですが……ちなみに、お恥ずかしい話ですが、我々はあの場に百人以上の人間がおり、その内の何人かが特定出来ているだけで……」
照れ笑いを浮かべながら飄々とそんなことを口にするタイキに、イニシダは下唇を噛んで悔しがった。
その様子を申し訳なさそうに眺めつつ、タイキは更に言葉を続ける。
「ちなみに、その時に何故か一緒に付いてきた者達はレジニシオン商会に確認したところ、主人のいない奴隷であると判明しました。全て、カルルク王国の奴隷売買にて売られた後の者達です」
「お、おぉ! それなら、その者達は……!」
「はい。カルルク王国の手から離れた奴隷達です」
思わず声を弾ませて顔を上げたイニシダだったが、タイキの一言で愕然とした。
「な、何故そうなる!?」
怒鳴るイニシダにタイキは乾いた笑いを返す。
「例えば武器を売ったとして、買った人が死んだら、その武器は誰の物でしょうか。まぁ、日本だと持ち主不在の物は拾った人の物になるか国の物になりますが、流石に人間はそんなことにはなりませんからね。ちなみにこちらで確認したところ、カルルク王国の法にも、主人のいない奴隷がカルルク王国の物になるという一文は無いとのことでしたが……」
奴隷を物として見ることが出来ないタイキは、奴隷を物としか見ないイニシダ達にそんな説明をした。
イニシダにとっては天空の国の王が武力を背景に我を通したとしか思えないが、タイキからすれば当たり前のことを口にしただけである。
「ということで、どうやらその元奴隷達の一部はうちの店で働きたいと言ったらしく、今はとりあえず店員として働いてもらっています。納得はいかないかもしれませんが、これでこの一件は終わりにしてくれませんか?」
そう告げられ、イニシダはどっかりと椅子に座って深い息を吐いた。
「……結局、小国は大国に逆らうことは出来ない、ということか……好きにするが良い。交渉をしようという気すら失せたわ」
憔悴した様子でそう口にしたイニシダに、タイキは観察するような目を向ける。
「……もし、これからイニシダさん達も我々と同じ契約の仕方で奴隷の売り買いをしてくださいと言ったら、どうしますか?」
そう尋ねると、イニシダは鼻を鳴らして罵声を飛ばした。
「ふざけるな! まだまだ手放していない良質の奴隷が何百人といるのだ! 売り先もこれまでと同じ他国の王族や貴族だぞ!」
イニシダは最上級奴隷の調査をした結果、自分達に同様のやり方は無理だと思っていた。
だが、タイキは悲しそうな目で浅く息を吐き、口を開く。
「そう言わず……もしも、これから奴隷の待遇を変えるという考え方に賛同していただけるなら、こちらも協力は惜しみません。同盟という形でも良いですし、商売的な協力者として貿易を行っても良いと思います」
諭すように優しく語りかけるタイキだったが、イニシダは椅子の肘掛を拳で殴り、睨み返した。
「……馬鹿にしないでもらおう。先程貴殿が言ったではないか。我が国は商いをするに最高の立地である、と。それはこちらとて十分に理解している。今後は、それを大いに活かし、今よりも更に稼いでみせよう。それこそ、貴殿が立ち入る隙が無いほどにな」
対抗心からか、イニシダはタイキの申し出をハッキリと断った。本来なら最高の条件での申し出に宰相は喜色満面の笑顔を浮かべていたが、イニシダが断った瞬間蒼白になる。
大国からの五分の条件での同盟申し出である。それを断るということは、すなわち敵対の意識有りと思われてもおかしくない。
宰相が肩を小刻みに震わせ、呼吸が過呼吸気味になりつつある中、タイキは目を細めて息を吐き、イニシダを見上げた。
「……奴隷は、これまで通りのやり方で?」
再度確認すると、イニシダは鼻を鳴らし、片手をひらひらと降る。
「無論だ。随分とご高説を垂れていただいたが、奴隷売買においては我が国の方が先んじている。貴殿が特殊で高価な奴隷を売るならば、こちらは生かすも殺すも自由な安物の奴隷を大量に売買すれば良いのだ。後は、戦後捕虜や盗賊団を潰した際に出る戦利品か。壊れた奴隷も多いが、中には掘り出し物や貴族の子女もいるのだ」
と、逆に煽るような発言をしたイニシダに、隣に立つ宰相は短く悲鳴を上げて身震いした。
その姿を横目に見て、タイキは溜め息を吐き肩を竦める。
こうして、カルルク王国と天空の国の交渉は決別となった。タイキは空の上に戻り、イニシダはすぐさま騎士団をかき集めて奴隷を得るべく指示を出した。




