どうせだから城と島を案内する
朝、聞き慣れた目覚まし時計の音を聞き、微睡みの中寝返りを打つ。
ゆったりと呼吸していると、徐々に頭も覚醒していく。
良く寝た。最近はずっと独りだったから眠るのが早くなり、グッスリと寝る癖が付いている。
まぁ、昨夜は久しぶりに誰かと会話したことでテンションが上がり、寝るまでに少々の時間を費やしたが。
「よし、朝ご飯だ」
そう言って身体を起こし、ベッドから這い出る。
別に女の子に会うからと言う訳じゃないが、何と無く今日は朝からシャワーを浴びて丁寧にヒゲを剃る。外出用の軽い上着に黒のデニムパンツ。靴は明るい茶色の革靴である。
別に女の子に会うからと言う訳じゃないが、やはり人と会うならそれなりの身支度をしなければ。
足取りも軽く螺旋階段を滑るように降り、エレベーターに乗って二階を押す。
「あ、まだ起きてないかな?」
今は朝六時半である。少々早かったかもしれない。
「まぁ、起きてくるまで厨房で朝食でも作って待てば良いか」
と、そんなこと思いながら、二階に着いて食堂に向かう。すると、食堂から少し光が漏れ出ていた。
消し忘れたかと思って中に入ってみると、厨房にA1の姿を発見する。良く見たらその隣にはエイラもいるようだ。
「おはよう。何してるんだい?」
挨拶をしながら近づくと、難しい表情のエイラがハッとしたように顔を上げた。
「あ、そ、その、おはようございます……」
何故か気落ちしているようなエイラの雰囲気に首を傾げながら、そっと手元を覗き込む。
どうやら洗い物をしているらしい。昨日の食器だろう。
「す、すみません……なかなか綺麗にならなくて……」
見れば、水で流しながら指で擦った跡がある。スポンジは乾いたままだし、素手で頑張ったのだろう。
「いいよ、いいよ。貸してごらん」
食器を受け取り、スポンジに洗剤を付けてサッサッと洗う。昨日出しっ放しにしてたから汚れが頑固一徹になっているが、洗剤には勝てなかった。
「なるほど、そうやれば良かったのですね……」
小さな声でそう呟くエイラに苦笑し、洗ったばかりの食器をシンクの近くにある食洗機に入れた。スイッチを入れ、振り返る。
「よし、これで終わり。それじゃあ朝食にしようか」
「あ、ありがとうございます」
律儀に頭を下げるエイラに笑い掛けて、別の食器を取り出しつつ冷蔵庫に向かった。
今日はシンプルにイチゴジャムを塗ったトーストである。コーヒーが飲めるか分からなかったので、飲み物は紅茶だ。一応、手でちぎった野菜を皿に盛っただけのサラダもあるが、ドレッシングが和風玉ねぎドレッシングしか無い。
「簡単でごめんね」
そう言って椅子に座ると、エイラは恐縮しきった様子で首を左右に振った。
「い、いえ、私の方こそ、料理が出来なくてごめんなさい……」
「あれ? 出来ないのか。やったことはあるよね?」
「あ、いや、いつも出来た料理を食べるだけだったので……」
昨今の町娘は料理をしたことも無いのか。イメージだともう料理の手伝いくらいはしていそうなものだが。
「まぁ、食べましょう食べましょう」
気持ちを切り替えてそう言うと、トーストを口にした。甘酸っぱい味が口の中で広がる。
「あ、美味しい……! これ、砂糖が使われていますね!」
「ん? 貴重だった?」
「は、はい。今は大きな街なら手に入りますが、昔は王都にしか無かったです」
答えながら、エイラは夢中でトーストを食べていく。
王都。王政の国の首都かな?
町娘とはいえ、もしかしたらエイラは王都に住むそれなりの家のお嬢様なのだろうか。
いや、お嬢様ならこんなにガブガブとパンを食べないか。
全て完食し、エイラは気合いの入った表情で食器を大きなシンクに持って行った。
必死に洗うエイラを眺めながら食べていると、空になった食器を受け取りに来る。
「ありがと」
そう言って食器を渡すと、エイラは少し嬉しそうに食器を持ち頷いた。
じゃぶじゃぶと念入りに食器を洗い、食洗機を見るエイラ。
「反対側にもあるよ」
大きな厨房なので、食洗機も二つある。指差しながら言うと、エイラは慌ててそちらに食器を入れてボタンを押した。
食事を終え、二人でエレベーターに向かうと、A1も当たり前のように付いてくる。
一度起動したら停止と言うまで自律して動くのだろうか。不思議だ。
エレベーターの中に入りボタンを押そうとすると、エイラが横から見ていた。
「外を案内しようかと思ったんだけど」
「あ、宜しくお願い致します」
「固いなぁ」
笑いながら、一階を押した。
一階に着いて絨毯の敷かれたエントランスを進む。門の前にはA1の兄弟達が待機している。
「開けて」
そう言うと、二体のロボットは同時に門に振り向き、ゆっくりと開門した。
「ゴーレムを同時に三体……」
「何か言ったかい?」
「あ、い、いえ!」
振り向くと、エイラが背筋を伸ばして立った。軍隊みたいである。
「さて、何処を見せようかな」
そう言って外に出ると、エイラは小走りに寄って来て目を輝かせた。
「あの白い家を見たいです」
「家かい? 誰も住んで無いよ?」
「でも凄く可愛らしかったです」
「ふむ? まぁ、見たいなら行ってみようか」
そう言って歩き出したのだが、ふとしたタイミングで振り返ったエイラが城を見て驚いた。
「うわぁ、凄い……! 複雑な作りのお城だったんですね」
「エイラが知ってる城の形って違うのかい?」
「はい。もっと四角くて、屋根もあまり大きくは無いですね。窓も小さいですし」
「そうなんだ。見てみたいな」
そう呟いて遠くを見つめる。今は速度を落とし、ゆっくりと山に向かって飛んでいるのだが、下は延々と森が続いていた。
せっかくエイラがいるし、街のある方向を教えて貰うか。どうせだからこの世界の街並みを見て見たいし。
そんなことを思いながら東に向かって歩き、縁まで移動して白い家々の屋根を眺める。
「あれがそうだね」
そう言って下を指差すと、エイラは目を輝かせた。
「凄い。真っ白な街並みですね……! 綺麗!」
感動するエイラに、下へ降りる道を教える。
「あそこから降りられるよ」
「行ってみて良いですか?」
俺が階段を指し示すと、間髪入れずに返事が来た。了承すると、喜んで階段を降りていく。
「うわぁ、可愛い……!」
真っ白な家を眺めながら街の中を歩いて行き、窓から家の中を覗き込んでは感嘆の声を発している。
「やっぱ女の子は白い家に憧れるのかな?」
A1にそう聞いてみるが、A1は落ち着いた様子で階段を降りてくる。
と、そんな時、前方から慌てふためくエイラの声がした。
「わ、わ、ワイバーンです! タイキ様! ワイバーンが来ました!」
エイラに言われて顔を上げると、確かに大きめのワイバーンが飛んでいた。獲物を狙う猛禽類のように空中を旋回し、飛行島よりも上へ浮上していく。
「あれは今までで一番大きいな」
俺がそんな感想を漏らすと、エイラは空を指差す。
「大型です! リーラブラス山脈の近くにきてしまったので、山に棲むワイバーンの親の一体がきたのかと……!」
「ああ、ワイバーンは親子で群れを作るんだったな。じゃあ、あれが親父かなんかだね」
そう思うと退治するのも可哀想だが、結界に衝突する程度なら大丈夫だろうか。
呑気に構えていると、エイラがそわそわしながらこちらを見た。
「あ、あの、ワイバーンが突撃してきたら、この綺麗な街並みが……」
物凄く言いづらそうにそんなことを言うエイラ。
「え? そっち? ワイバーンが怖いとかじゃなくて?」
「え、あ、タイキ様ほどの魔術師でしたら、多分無傷で倒してしまうものと……」
戸惑いながらそう言われて成る程と納得する。
「ちなみに、普通だとあのワイバーンはどれくらいの脅威なのかな?」
「え? あ、あのワイバーンですか? そうですね、お、王国の騎士団長や宮廷魔術師なら、恐らく一対一で互角に戦えるかと……」
「ふぅん」
互角に戦えるだけで勝てるとは断言しなかったな。なのに、俺なら無傷で倒せると思っていたのか。
どうやら、相当な誤解を与えているようである。
「……でも、説明のしようがないしなぁ」
「あ、あ、あ、あの! タイキ様!? 前、前! 前を!?」
俺は結界に衝突して気を失うワイバーンを眺めながら、静かに溜め息を吐いた。
ドキドキ一つ屋根の下。
って、屋根が広過ぎる!




