大国御用達の奴隷店?
商売人が儲けの匂いを嗅ぎ分ける嗅覚は凄まじい。
そう判断したタイキは、カルルク王国で売られる奴隷を吸い上げるべく、露骨なほどあからさまにサクラを仕込む作戦に出た。
通常ならば成功しないであろう派手なステルスマーケティングだったが、恐ろしいことにタイキが仕込むサクラは本物の大国の王侯貴族である。
商人達の中には実際にその人物を見たことがある者もおり、天空の国直営の奴隷店は瞬く間に街中の噂を掻っ攫っていった。
そして、1ヶ月後。奴隷店は連日満員御礼の大賑わいと化していた。
「ま、まさか……! あれは……!?」
店に入ろうとしていた行商人の一人が、街道の先を見て目を見開く。
その声に、周りにいた他の商人達も振り向き、声を上げた。
「あれは、ブラウ帝国の旗か!?」
はためく旗を見て、誰かがブラウ帝国の名を口にする。
街道の先から、銀色に輝く鎧を着て槍を手にした大勢の騎兵が向かって来ており、列の中心にいる騎兵の何名かは槍の代わりに旗を掲げていた。
それはまさしくブラウ帝国の旗である。
「て、帝国が攻めてきたのか!?」
「いや、そんな筈は……噂じゃあ、帝国は自国内の体制改革に乗り出したって話だろ? それに、このカルルク王国に辿り着くには間に二つの国が……」
「そりゃ、この馬鹿みたいな速度で進軍してきたのなら、最初から帝国とは話がついてたんだろうさ……まずいぞ。これだけ誰にも悟られずに侵攻するなんて、新しい皇帝は恐ろしいまでの戦略家だ! これから一気に帝国の時代が来るに違いない!」
「くそ……! 帝国が敗れたと聞いて移動したのに! 商機を逃したか!?」
突然の事態に一挙に混乱する街道の中を、帝国の旗を掲げた騎兵達は厳かに進む。その迫力に、街道にいた者達は慌てて道の外へと飛び出し、成り行きを見守った。
「……おい、あれを」
声をひそめて何人かが騎兵の列の中心を見ろと口にする。
百以上の騎兵達に囲まれるようにして四頭立ての大きな馬車があり、その豪華絢爛な造りの馬車を目撃した商人達が唾を呑み込む。
馬車には、ブラウ帝国の皇帝の紋章が刻まれていたからだ。
馬車は件の店の前で停まり、騎兵達も規律正しく行進を止める。
ほどなく、馬車の左側には馭者をしていた男達が並び、馬車の扉を開いた。
銀色の見事な髪と黄金の王冠が陽光を浴びて輝く。遠目からでも目を惹く金の刺繍が入った豪奢なマントをまとったその男は、興味深そうに店構えを眺めた後、供を連れて店の中へと入っていった。
その光景を見ていた者達は、驚愕に目を瞬かせる。
「お、お、おい……今のまさか……」
「間違いない、ブラウ帝国の新たな皇帝だ」
騒然とする街道だったが、騎兵達が睨み据えると、急速に騒がしさは消えていった。
暫くして、皇帝は店から出てきた。後ろには入店時と同じ様相の供の者達と、数十人からなる奴隷らしき者達の姿があった。
この店で購入した奴隷達は全て清潔な衣服と革の靴を身に着けていて、一見奴隷には見えない。しかし、最上級奴隷として契約した証として、手首か足首のどちらかに銀の輪がはめられている。
故に、出て来た大勢の男女が皇帝の購入した奴隷であると知れた。
「……あ、あれは、金貨何枚分だ?」
「若い男女が多い。百や二百じゃきかないぞ」
ひそひそと商人達が話す姿を横目に、店の中からディエゴが顔を出した。
「皇帝陛下! 此度は誠にありがとうございます! また、是非とも当店をご利用くださいませ! ささ、よろしければゴーレムをお呼び致しましょう。馬は驚きます故、専用の籠にてまた明日にでもお届けにあがりますぞ」
その言葉に皇帝が無言で頷くと、ディエゴはニコニコと笑顔で両手を打ち鳴らし、空を見回す。
直後、遥か上空に黒い点が幾つも現れ、徐々にその姿を大きくしていった。
そして、気がつけば空には無数のゴーレム達が浮いており、力強い姿を見せ続けていた騎兵達ですら緊張感を漂わせ、暴れようとする馬を力づくで抑え込んでいる。
空飛ぶゴーレム、タイキのロボットの一体がゆっくりと地面に降り、皇帝の前に立った。
皇帝は怯えもせずに一言二言何か言い、馬車の中に入る。
すると、そのロボットは徐に馬車に手を掛けた。それを合図にしたかのように他のロボット達も地上に降り立ち、それぞれが騎兵や奴隷達の側に立つ。
「さぁ、皆さまこちらをどうぞ」
怯える騎兵達にそんな風に言いながら、ディエゴが簡易的なローブを配り始めた。その後には頭の上に獣の耳がついた少女や十才前後ほどの子供達の姿があり、同じようにローブを配って回る。
「空の旅は寒いですからな。これで風を遮っておけば大丈夫ですぞ」
ディエゴがそう言って最後のローブを配り終えると、それを合図にしたかのように、ロボット達は目の前の対象を抱え、空へと浮かんで行った。
空から聞こえてくる騎士達の悲鳴を聞きながら、店の裏にいたレティシアは呆れた顔で乾いた笑い声を漏らす。
「……何度見ても信じられない光景ですね。しかし、これなら確かに今後、奴隷の待遇は変わっていくのかもしれません。なにしろ、奴隷が次々に売れていって足りないくらいなのですから……」
なんとも複雑な表情でそう呟いたレティシアの元に、一人の少女が走ってくる。
「あ、いた! まだ洗濯してたの!? 新しい奴隷さんが売られてきたよ! 五人!」
少女がそう叫ぶと、レティシアは苦笑して頷く。
「またですか? それでは、急いで水浴びをしてもらって着替えさせてください。私は食事の用意をしましょう」
売られてきた奴隷のケアと世話を任されているレティシア達は連日休む間も無く働いていたが、それでも皆笑顔で働いていた。
そのことを、元から献身的な性格のレティシアは嬉しく思いつつ、これからもこの生活が続いたならと、心の中で祈ったのだった。




