ジーグの野望
私は跪いた姿勢でそっと目の前の青年の様子を窺った。
黒髪の青年はあまり見慣れない異国風の顔立ちであり、服装も独特な雰囲気である。逆に、その脇を固める美女はまさに王族の血を感じさせる美しい見目と立ち姿だ。
そして、護衛にはエルフの魔術師である。一見するならば、思わず王族という言葉も信じてしまいそうな顔ぶれではある。
だが、あっさりと鵜呑みに出来る情報ではない。
ディエゴはともかく、ラービアはそう簡単には騙されないはずだが、何故か全く疑う様子も無く私に協力するよう進言してきた。
いったい何を見て、何を聞いたのか。
ここで選択を誤れば、それはそのまま私の進退を決めることとなるだろう。そして、もしこの話が真実であり、他国の王族との、それも今最も商人の間で噂になっている天空の国との繋がりが持てたなら、これまでにないほどの利益を得ることは間違いない。
まさに、正念場だ。
私は意を決して、天空の国の王を名乗る青年との探り合いを開始した。
「……ラービアから聞くところによりますと、陛下は我が国の王と謁見したいとのことでしたが、何故立場をお隠しになって場を設けたいと? それこそ、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの陛下の国の名を出せば、相手から門を開いてお出迎え致しますでしょう?」
そう尋ねると、青年は困ったように微笑み、首を傾ける。
「あまり派手にはしたくなくて……」
「派手に……では、周辺の国に陛下の国が関与しているとは知られたく無い、という意味で受け取っても良いでしょうか」
「あぁ、まぁ、そんな感じですね」
少々の無礼は覚悟で質問を重ねたが、青年はむしろ申し訳無いとでも言うような表情で曖昧に返答した。その顔を見るに、嘘を言ってはいないだろう。
なるほど。確かに、あのブラウ帝国を凌ぐとさえ言われる天空の国がこの国の王を訪ねたとあれば、様々な憶測が飛び交うこととなる。
それは周辺の国を混乱させるには十分なものとなるだろう。
しかし、強い影響力を持つならば、それを利用してこそ国益につながるはずである。
「……陛下が強く仰るだけで、大抵のご要望は通りましょう」
「それは申し訳ないですからね。まずは言葉を用いて対話して、お互いが納得出来る形で約定を取り付けたいですよね」
「……約定、ですか。それはやはり、全てが揃うとさえ言われるこのカルルク王国との優先的な貿易権ということで……」
「ああ、いやいや。別に物にはそれほど困ってはいません。ちょっと目に余るから、奴隷の扱いに対して改善を要求したいと思いまして」
そう言って、青年は照れたように笑った。
それに伴い、私の頭は思わず動きを止めた。
奴隷の待遇改善。
目の前の青年がそう口にした気がしたからだ。私は顔が引攣らないように気をつけながら、注意深く確認をする。
「……奴隷の扱いを、とは……どのように……?」
尋ねると、青年は眉間に皺を寄せて唸った。
「そうですね……簡単に言うと、攫ってきた人を奴隷にしたり、無実の人に罪をなすりつけて奴隷にしたりしないようにして……あ、それと奴隷になった人達に最低限の生活の保障と虐待の禁止とか……他には……」
唸りながらそんな冗談を口にする青年に、私は思わず無理だと叫びそうになった。
奴隷は安価で使い潰せるから儲かるのだ。それに、今ですら奴隷が足りないから人攫いも横行しているのに、その人攫いを止めれば多くの奴隷商人が路頭に迷う。
いや、そもそも奴隷売買が経済の中心であるカルルク王国において、間違いなく受け入れられない話だろう。
一国の国王が無茶な要求を突きつけるのは、どういった時か。
そう考えて、私は口の端を上げた。
「……なるほど。分かりました。陛下のお気持ちは十二分にこのジーグに伝わりましたとも」
「え、本当? いや、話せば分かってもらえるものなんですねぇ」
私の言葉に、青年は嬉しそうに目を細めた。
やはり間違いない。
これは武力を示した天空の国による、カルルク王国侵攻の狼煙だ。
カルルク王国は呑めない要求に対してどこまで抗い、どこまで妥協するのか。
それに関しては幾通りも選択肢があるから絞り込むことは難しい。
だが、結局は天空の国の方が遥かに大きな利益を得る。ならば、私はどちらに付くべきか。
私は深く頭を下げ、口を開いた。
「陛下の望むままに、必ず謁見を実現致しましょう」
私がそう答えると、青年は……いや、タイキ様は微笑を浮かべて頷いてくれた。




