番外編・3 夢の国
その日は、風月が名奈家に来ていた。
「ウフフ、め〜ぇチャン!」
相変わらずの様子だが、その日のテレビでは、あの有名な『夢の国』テーマパークの特集をやっており、みー君とふーちゃんが画面に釘付けになっていた。
風月がそれを見て「好きなんだねぇ」と言ったのだが、
「…ううん、私達、行ったことないの」
ふーちゃんの言葉に風月が「え!?」と驚くと、みー君が、
「ななさん、人混みキライなんだよ」
風月は何となく、ああ、と納得してしまったが、羨ましそうに画面を観ている子供達を見て、
「…じゃあ、行ってみる?」
みー君とふーちゃんは、え!? と驚いた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、今日一日お預かりしますねぇ」
テーマパークの前でそう言うのは、風月の妹・水波だ。
風月の話では、
『ウチの妹、年パス持ってるくらい好きなのよね。接客業してて、平日にお休み取りやすいから、連れてってもらうと良いわよ』
ということで、久吾はみー君とふーちゃんを水波に託し、
「よろしくお願いします。おいくらかかるか分からないので、とりあえずこれ…」
厚い封筒を手渡す。
水波が「?」と中身をのぞくと、百万円の束が入っていた。
「!? え!? ちょ、ちょっと! こんなに…」
「足りませんか?」
「い、いえいえ! 多すぎですよぉ!」
慌てる水波に、久吾は、
「とりあえず持っていて下さい。多いぶんには問題ないでしょうから」
にっこり笑って言う久吾に、水波も少々呆れながら、
「………分かりました。余った分はお返ししますね。実際、入場するだけなら無料なんですけどねぇ。アトラクションにパスポートが必要なんですよぉ」
そう聞いて、久吾は、ほう、と言いながら、
「お食事などでもお金かかるでしょうから、水波さんもよろしかったら使っちゃって下さい。では、よろしくお願いします」
そう挨拶して、みー君とふーちゃんに手を振られながら家に戻った。
◇ ◇ ◇
(やれやれ、入口からすでに混んでるんですねぇ…)
久吾がそう思いながら家にたどり着くと、めぇ・もっちー・もつこが、なんだかしょんぼりして部屋にいた。
「おや、どうしました?」
久吾が聞くと、もっちーが、
「な、なな! なんでもないぞ! みー君とふーちゃんがウラヤマシイなんて、思ってないぞ!」
それを聞いて、久吾が三体のぬいぐるみに、符を貼り付ける。ぬいぐるみ達が「?」と思っていると、久吾は、
「共有符です。ミカエルとガブリエルにも貼ってありますから、同じもの見えるでしょう」
すると、もっちー達の頭の中に、にぎやかなアーケードが見え、ステキな音楽も聞こえてきた。
「わあ! スゴイですメ!」
「キレイ! 風船いっぱい!」
「スゲー! これが夢の国かぁ!」
ぬいぐるみ達は嬉しそうにしている。
久吾はそれを微笑ましく見て、霊薬の取引に赴いた。
◇ ◇ ◇
―――久吾が帰宅すると、ぬいぐるみ達が「おかえりなさーい!」と迎えてくれた。
「ミカエル達は、どうですか?」
久吾が聞くと、めぇともつこが、
「これからショーが始まりますメよ」
「花火もあがるんだって!」
それを聞いて、久吾は、
「おや、そうですか…。では、我々も行ってみますか?」
するともっちーが、
「え? 行くって…」
「入場だけなら無料だそうですからね。せっかくですから、特等席にご案内しましょう。今日だけ、特別です」
久吾はそう言って、ぬいぐるみ達を透明の球体に包み、印を結んで瞬間移動していった。
◇ ◇ ◇
テーマパークの人波の中、久吾から精神感応で連絡をもらったみー君とふーちゃんが、互いの顔を見合わせ頷きあう。
そして、ふーちゃんが水波に、
「ねぇねぇ、水波おねーさん」
「? なぁに?」
続いてみー君が、
「ちょっとだけ、目をつむっててくれる?」
水波は「?」と訝しむが、ニコニコしてそう言う子供達を見て、言う通り目をつむり、
「こう?」
すると、ふーちゃんが結界を作り、自分達の姿を周りの人間から見えないようにして、翼を広げ、水波を連れて久吾達のいる建物の上へと飛んで行った。
◇ ◇ ◇
「きゃ…! ナニナニ!? まだ目、開けちゃダメなの!?」
みー君が「もぉいーよぉ」と言うのを聞いて、水波が恐る恐る目を開けると、そこはショーが良く見える建物の上だった。
「え、ええ!? こんなとこ登ってるの、誰かに見られたら…」
「認識阻害の結界を張りました。大丈夫ですよ」
そこには、久吾とぬいぐるみ達がいた。
水波は風月に「久吾さんは、ちょっと不思議な人だから」と言われていたのを思い出し、
(………そっかぁ。確かに…)
深く考えないようにした。
―――ショーが始まる。プロジェクションマッピングによる美しい映像と輝くライト、それらがショースタッフのダンスや音楽と相まって、とても素敵だった。皆夢中で観ていた。
「「うわぁ…!」」
久吾はショーを観ながら、それを観ている人間達の魂色を視ていた。
(…ショーも素敵ですけど、それを観る人間…、特に子供達の魂の色は、とても綺麗ですねぇ。今なら上質の寿命が抽出出来そうですが…)
そう思いながら、夢中で観ている子供達の笑顔を見て、
(…こういう時には、野暮ってものですねぇ)
そう考えて、一緒にショーを観る。
花火が上がった。「キレイだねー」と水波が言い、子供達も「うん!」と返事をする。
ふいに、めぇが久吾に、
「………旦那様」
「はい?」
「ワタクシ、今日のこと、一生忘れませんメよ」
「オレっちもだ…」
「もつこも…」
ぬいぐるみ達が一斉にそう言う。
それを聞き、久吾も、
「…そうですね。私もです」
そう言って、皆で最後までショーを楽しんだ。
◇ ◇ ◇
「―――お客さん、着きましたよ」
はっ、と水波が気付くと、いつの間にかタクシーに乗っており、自宅の前に居た。
「…あ、あれ? 私…」
「お代はもう頂いてますからね。ご乗車、ありがとうございました」
運転手はそう言い、水波が降りると行ってしまった。
(………あれぇ?)
―――後日、水波は風月から、渡したお金の返却不要の旨と、霊薬についての説明を聞き、
「久吾さん、水波から一粒分寿命もらったから、その対価にしてくれって」
久吾には、柔らかな乳白色のもやに、煌めく光の粒を纏った、綺麗な水波の魂色が視えていた。今後、供給源としてお願いをするかもしれない、と風月は言付かったそうだ。
(良いのかなぁ…)
水波はそう思いながら、
「私で良ければ、みー君とふーちゃんと、また一緒に行こうね、って言っておいてねぇ」
にっこり笑って、風月にそう伝えていた。
番外編終了です。
次から本編に戻ります。




