10-1 新しいマネージャー
「めぇチャン! 会いたかったよぉ! 一週間が長かったよ〜!」
風月が、めぇを抱っこしながら頬ずりする。
風月のめぇ参りは、週に一度程度で行われている。本人は『めぇチャンの補給』と言っている。
「…あれ? 今日は久吾さん、いないの?」
風月の問いに、めぇが抱っこされながら答える。
「旦那様なら、昔馴染みの方にお会いしに行きましたメよ」
「昔馴染み?」
「富士のお山の近くだそうですメ」
「へぇ…、その人、いくつ?」
「えーと…、最初の方から九代目とか言ってた気がするメけど…」
「えぇ?」
めぇも良く分からなかったようだ。
◇ ◇ ◇
「お久しぶりです。光栄さん」
久吾が訪れたのは、本栖湖に近い、とある町の一角にある『名執』という名の旧家である。
ここは、富士の『龍脈』に繋がる土地である。
久吾が過去、世話になった家であり、戦時中はみー君とふーちゃんを匿ってもらったこともあった。
久吾は定期的に訪れ、霊薬で得た収入の一部を納めている。
久吾達の事情を知る、数少ない人間達のうちの一人だ。
「まあ。久しぶりと言っても、久吾さんは息子夫婦よりも、まめに足を運んで下さってますよ」
そう笑う光栄は、齢80を超えているが、上品で矍鑠とした女性だ。光栄は布に包まれた現金を受け取りながら、
「いつも有難うございます。…それにしても、本当に不思議。何年経っても、貴方は変わりませんのね」
「…そうですね。光栄さんと初めてお会いしたのは、まだ貴女がやっと歩き始めた頃でしたかね」
光栄は、急須で入れたお茶を久吾に差し出し、懐かしそうに、
「さすがにそれは覚えていないけれど…、母は久吾さんが来ると、いつも嬉しそうだったわ。…ご存知かしら? 母の初恋は、貴方だったそうよ」
「…存じませんね。みねさんには、決まった相手がいらっしゃいましたよ」
久吾はお茶を頂きながら、そう答えた。
「フフ。貴方って、いつもそうね。優しいのに、深く関わらないようにして…。…でも、そうね。それが、『人』ではない貴方が『人』の中で生きる術なのかしらね」
「………」
「…本当に。『人』でないと聞いた時は、信じられなかったわ。貴方よりも非道い人間の方が、よほど多いのにね…」
光栄は、自分のお茶も淹れながら続ける。
「…この名執の家は、代々女の方が霊力を持って生まれるけど、娘は霊力を持たなかったから…。でもね、孫の彩葉は受け継いでいたみたいですよ」
「おや、そうですか。最後にお会いしたのは確か、小学校に上がるとかで、ランドセルを背負って見せてくれたような…」
「そうね、十年くらい前だったわね。貴方がいらっしゃる時、大体彩葉は学校の時間だったから…。今ね、あの娘、東京の高校に通ってるのよ」
久吾が驚いていると、光栄の娘・みやびが庭から顔を出し、
「あら、久吾さん! いらしてたんですか!?」
慌てながら挨拶をするので、久吾も、お邪魔してます、と挨拶をした。
みやびがパタパタ、と庭をかけていくのを見ながら、光栄が、
「…そういえば、彩葉にはまだ久吾さん達の事情を話してないのよね。今度帰ってきたら、説明しないと…」
そう言って、再びお茶をすすっていた。
◇ ◇ ◇
章夫の息子・裕人の朝は早い。
サッカー部の朝練があるため、毎日早くから起きて、父が洗濯をする間に簡単な朝食と弁当を作り、二人で食事を済ませて出かける。
「よお! 裕人!」
同じサッカー部の蓮が、学校近くの通学路で声をかけてきた。
「おはよ。蓮にしちゃ、早くない?」
裕人が言うと、蓮は、
「だってさぁ、稲葉センパイが遠くに引っ越しちゃって、マネージャー不在だったのが、今日から新しいお方がいらっしゃるんだぜ!」
裕人は、ああ、そうか、と言って、
「誰? 蓮、知ってるの?」
「何だ、お前知らねーの? 2年の名執センパイ。もう、チョー美人! 茶道部と掛け持ちでマネージャーやってくれるって、あんだけ盛り上がってたのに!」
裕人は、興味なさそうに、へぇ、と言った。
学校に到着し、部室で着替えてグラウンドに出ると、ジャージ姿の女子が水飲み場にいた。小柄で、長い黒髪を後ろに束ねている。
その女子が、こちらに気づいた。
ニコッと笑う。
「おはよう。…えーと、まだ名前覚えられないや。私、名執彩葉。今日からマネージャーなの」
そう声をかけられて、裕人は、ドキッ、とした。
「…あ、お、おはようございます。…ぼ、僕、1年の伊川裕人です」
彩葉はキラキラした笑顔で「よろしくね! 裕人くん!」と言って、部長の下へ走って行った。
(…うわぁ、あんなに可愛らしい女の人、初めて見た)
裕人の胸はまだ、ドキドキと脈打っていた。




