22-1 《2》
やっと戻りました。
「…ホントにコイツらで良いのか?」
「さあ…。でも確かに、瓜二つの奴も一人いるよな」
そんな話をしているのは米軍の兵士達だ。
ここはホワイトハウス・跡地。
もうすぐ日没となる。夕焼けに赤く染まったこの場所に、数百人の人間が集まっている。
…跡地の中央に、《9》が用意したであろう豪奢な椅子が置かれていた。
そこに座る《2》の前に晒された数十人は、ノアの複製として集められた人間達だ。
ただ、その中に一人、本物の複製がいる。
チベットにいたはずのダスが、寺の近隣の人間達に寺の者達と一緒に暴行され、ボロボロのまま《2》の前に晒されていた。
それらを囲む残りの人間達の、半分以上は米軍関係者。取り仕切っているのは、次期大統領一派の者達だ。
《2》が消滅させたホワイトハウスには、残り数日で任期を終えるはずだった前大統領達がいた。
引き継ぎも出来ずに全て消え去ったというのに、先日の選挙で次期大統領に決まったその者は、『これで悪しき古き伝統を覆し、新しく強い米国を築き上げることが出来る』と、意気揚々と語っていたらしい。
今も不機嫌そうに座る《2》を見ながら、鼻息を荒げ、得意満面の笑みを浮かべていた。
自分自身を愛する彼には、自信があった。
このまま《2》を説得し、自分達に都合良く《2》の能力を米国のために、引いては自分自身のために使える、という、全く根拠のない自信だった。
(………汚い)
《2》は、次期大統領を始めとする、自分達を取り囲む人間達を見ながら、そう心の中で呟き、顔をしかめた。
それは彼等を蝕むように、うねりながら彼等の周りを漂っていた。
それは黒ずんだ赤であったり、黒ずんだ茶のような色であったり、様々な色を含んではいるが、とても美しいとは言えなかった。
◇ ◇ ◇
―――《2》が初めてそれを見たのは、自らの創造主が纏っていたものだった。
美しく輝く銀色のもや。そして創造主の周りを弱々しく囲む白と金のもや。
《2》は自らの創造主を、とても美しく誇らしい者だ、と、その時は認識していた。
―――『方舟』がまだアララト山にあった頃、《2》は時々外の人間の様子を窺っていた。
人間達はしょっちゅう戦をしていた。
人間同士で争うその様子の中、《2》の目には、様々な暗い『色』が渦巻いて見えていた。
…戦が終わった後の、人間達の死骸が累々と拡がるその様子は、《2》以外の…、《3》や《5》達が見ても、とても美しい光景とは言えないものだった。
「…汚いわね。燃やしてしまった方が良いんじゃない?」
《3》にそう言われたとき、《2》は、ふい、とローブを翻し、何も言わずに方舟へと帰っていった。
―――以来《2》は、人間達を極力見ないようにしていた。
時折、必要に迫られ外に出たときなどは、人を選んで接していたように見えた。
ある時、《2》は犬を連れた一人の少年と出会った。
人懐こいその少年は、《2》に自分の大切な親兄弟、飼い犬のことを話していた。
《2》の目には、その少年を包む白くふわふわとした、時折煌めく柔らかいもやが見えていた。
…しかし、戦でその少年の親兄弟、飼い犬が殺された。美しかった少年を包むもやは、あっという間に赤黒く濁っていき、見る影もなくなってしまった。
(………人を包むあのもやは、すぐに汚れ、濁っていく)
そう理解していた《2》は、ますます人間と関わらなくなっていった。
◇ ◇ ◇
―――方舟を南極に移し、数百年経った頃。何人かの人間が、宮殿に住まうようになる。
《2》は顔をしかめつつ、極力関わらないようにしていた。
《3》が連れてくる少女達は、差異はあるものの、そのほとんどが、ぬらり、とした人の内臓のような色をしたもやを纏っていた。
(気味が悪い…)
そのような者が自分に接したが最期、《2》はその者を容赦なく処分する。
《3》もそんな《2》の行いに、特に文句は言わなかった。
―――最近、料理番として宮殿にやってきた男。美しい淡い空色のもやを纏っている。時折キラキラと煌めいていた。
今までの人間達より、だいぶましだ、と《2》は思う。
だから彼が、純粋に『自分の料理を食べて欲しい』と思う気持ちを、一度だけ尊重することにした。
《3》が飼っていた二人の少女。
彼女らも、《3》が消え、《5》に仕えるようになってから、纏うもやが輝き出した。
一人は若草色に、一人は太陽に照らされ輝く海の色のように。
このような人間であれば、居ても構わない、と《2》は思っていた。
《0》が目覚め、天使達との邂逅の後、あのように消滅するまでは…。
◇ ◇ ◇
―――今、自分の目の前に並ぶ人間達に、最近宮殿にいた者達のような輝きを持つ者はいない。皆一様に、暗く淀んでいる。
(………やはり、人間は…、人間が纏うあのもやは、汚い。一時、美しさを保っていたとしても、きっかけがあればすぐに、濁り淀んでしまうものなのだ)
《2》が見ているもや。
時に輝き、時に淀むそれを、《最後の番号》と呼ばれる《2》達ノアの複製の末弟も同様に見ている。
《2》自身は、人の霊を視ることは出来ない。見ているのは、人間を包むもやだけだ。
―――それは、久吾だけが視ていると思われていたそれは、人間の、魂の色だ。




