19-2 久吾の過去 その2
「草…? 忍、って…」
風月が呟いた。久吾は、
「『草』と呼ばれる忍の一族は、その土地に馴染みながら諜報活動をする者達です。…お館様は山寺で、親を亡くした子供達の面倒を見ていましたが、その実、子供達を斥候…、忍として育てていました」
「え、じゃあ、お前さんも、その、いわゆる忍者ってヤツだったのか?」
皆が驚く中、倉橋が興奮気味に訊くと、久吾は、
「いえ、私は山寺に滞在する僧侶として偽装するのに丁度いい、と言われましてね。それだけでなく、子供達の為に山で食材になりそうな山菜や獲物を獲ったりしてましたよ。食事の支度や寺の掃除なんかも行ってました」
思い出しながら、懐かしそうに久吾は語る。
「…ですが、私、年取りませんからね。育っていく子供達にも不思議に思われていたんですが、十年ほど経った頃でしたか…。その時の領主が、お館様を裏切りましてね」
少し表情を険しくしながら、久吾は続ける。
「………その際に、私の妻も、忍として育てられた子供達も、お館様も、皆死にました」
「「!?」」
「私はお館様の命で、まだ寺に来て間もない小さな子供達や、その母親達を尼寺に預けるため…」
「…ま、待て待て!」
久吾の話の途中で、倉橋が遮った。
他の皆も、久吾のある『言葉』に驚いて、目を丸くしている。
久吾が「?」と思っていると、
「…い、今、『妻』って言ったか?」
倉橋の問いに、久吾は眉をひそめて、
「? 以前、話したことありましたよね? 佐久間さんと呑んでた時…」
「俺は覚えてねぇぞ! …はっ! もしかして、俺が酔いつぶれた時に…」
久吾は、知りませんよ、と言いながら、話を続ける。
「…私の妻、彼女は、よう、と言いましてね。とても美しく、優秀なくノ一でしたよ。…ほんの束の間でしたけど、夫婦となりました」
そう聞いて倉橋は、
「…なんだ、仮初めの、ってヤツか」
「……………」
「? なんだ、その間は」
倉橋に言われ、久吾は少し不服そうに、
「…ちゃんと夫婦でしたよ? 私にとっての妻は、後にも先にも、おようさんだけです」
!? と倉橋が驚く。
話を聞きながら、彩葉の様子もおかしい。
(…おじ様に奥様、おじ様に奥様、おじ様に奥様………)
そんな彩葉はとりあえず放置され、倉橋が久吾に近づき、小声で、
「…だ、だってよぉ、お前さん、人間と違うだろ? …その、なんだ、…アッチの方は………」
聞いて久吾が顔をしかめる。
「………そんなの、言いたくありませんよ」
「だっ! だけどさぁ、気になるじゃねぇかよ」
「じゃあ、ピエールさんにでも聞いたらいいじゃないですか」
え、と驚き、ピエールとリュシーの方を見る倉橋だったが、二人はいつも通り仲睦まじい。
そんな挙動のおかしい倉橋を無視して、月岡が、
「…久吾さんはその際、皆を助けたりしなかったんですか? あれだけの能力があれば、簡単に…」
そう言われるが、久吾ははっきりと、
「『人』に関わる、と言う点で、私がその領主達に手を出せば、それは《0》の意に反することになります。…引いては、我々でこの世を治めてしまえることにもなる。今の《2》さんの行いと変わりません」
「…でも! …あなたはそれで良かったんですか?」
月岡が言うと、久吾は、
「個人的な感情ならば、良くはありませんよ。…ですが、彼等を一時助けられたとしても、結局追われる身になるのは目に見えています。皆、それを分かっていて、覚悟を持ってお役目に臨んだ結果なんです」
当時を思い出し、久吾は項垂れる。落ち着きを取り戻した倉橋が、
「…人権だとか、そういった事が慮られる今の時代じゃ考えられない話だろうけどな。…昔の『人の命』の扱いってのは、そりゃあ軽いもんなんだぜ。子供を間引く、なんてことも結構頻繁にあったんだ」
「…世界中がそうだったと思いますよ。『身分』や『貧富』というものは、嫌でも差別を生みます。…人間はそうやって人を差別して、自分より下に見た者の命を軽んじることの出来る生き物なんです。それでも、今は昔よりだいぶ良くなりましたけどね」
久吾もそう言った。すると風月が、スマホを見ながら、
「…そうですね。今テレビとかで、呼びかけしてますよ」
見ると、日本のニュース番組でキャスターが、
『―――全国の皆様、落ち着いて行動して下さい! 何の根拠もなく、映像の男に似ているという方々を非難しないで下さい! むやみに騒がず…』
他の国でも、同様の呼びかけがされているらしい。話を聞いて石塚が、
「まぁ、偽善って言われるかもしれないけど、…そうだな。こうやって、あんな魔女狩りみたいな真似すんのやめようって言えるだけ、昔よりマシなんだろうな」
そんな話をしていたが、ふいに月岡が、
「…それで、久吾さん。そういえば以前、旅の僧侶として諸国を巡っていた、と言ってましたが…」
久吾は、ああ、と言いながら、
「そうですね。私は尼寺に居られませんでしたから、子供達を預けた後、極力能力を使わず普通の人間と同じように歩いて旅をしていました。…あの頃は、いわゆる戦国の世でしたからね。何処もひどかったですよ」
古い記憶を掘り起こしながら、久吾は話を続ける。
『久吾の過去』、この章ホントはじっくりやりたかったのですが、どう考えても内容、発禁モノ…。なろうではとても書けません。
なので、ここではサラッと進めさせて頂きます。
完結後に、ムーンライトとかで『外伝』としてじっくりやろうかな、と思ってます。だいぶ先になると思いますが。




