16-3 《0》の夢・その2
ノアは意味が分からなかった。
「…それは、どういう理由だろうか…」
するとミカエルが言う。
「だからね、唯一神に認められていた君が、あいつの管理下から抜け出したでしょ? そうすると、あいつはもう君に手出し出来ないからね」
ラファエルが続けて、
「つまり君が一緒なら、ボクらは邪魔されずに仲間達を助ける事が出来るんだ」
そこまで言われて、ノアは何となく理解出来た。
「…なるほど。君達の話は何となく分かった。………しかし」
「?」
「『唯一神』とは、君らの敵、なのか?」
そう言われると、子供達は笑い、
「敵とか味方とか、そんなんじゃないよ。…ただ、人間達の意識…、信じる力っていうか、そういうのが唯一神の力を増幅させたお陰で、ちょっと面倒くさいことになってるのは確かかな」
ミカエルが少し困ったように言う。
ラファエルが、もういいだろう、と言いたげに、
「とにかく、だ。洪水で被害を受けた場所を順番に回ろう。…君は一度死んでいる。だから、今なら視えるはずだ」
………? 視える?
ノアが何のことか分からずにいると、ガブリエルが、
「私達には気配しか分からないのよね。あなたなら多分、お話も出来ると思うわよ」
ノアが理解出来ずうろたえていると、ウリエルが、
「実際にやってみれば分かるわよ。とにかく、行きましょ?」
子供達は立ち上がり、歩き出した。
ノアも仕方なく、とりあえず子供達について行くことにした。
◇ ◇ ◇
「―――たぶん、この辺りだと思うんだけど」
夜道の川辺りを歩きながら、ミカエルが言う。
子供達は、気配は感じるものの、存在を確認することが出来ないと言う。
…ノアは、目の前で泣いている、魚と人間の合いの子のような異形の子供を見ていた。
ただ、闇の中には他にも、形にならないぼんやりとした何かも視える。
それらの気配は何となく、良くないもののような気がしたが、泣いている子供だけは、ほんのりと輝いて見えた。
(………もしかして)
そう思い、泣いている子供の前にしゃがみ込み、声をかけてみる。
「…君が、あの子達の言う『神』なのか?」
そう言うと、異形の子供はノアの顔を見ながら、
((………おじさん、ボクが見えるの?))
「? 見えるも何も、君はここにこうして…」
その様子を見つけたミカエル達が、走り寄ってきた。
「ノア! そこに誰かいるの!?」
ノアは、? と思う。
もしかして、この子供は自分にしか見えていないのか…?
『君は一度死んでいる。だから、今なら視えるはずだ』
先程ラファエルが言ったことは、このことなのか? と思い、
「…あ、ああ。ここに、魚のような人間の子供がいるんだが…」
するとラファエルが、
「………恐らく、アープ(水神)の一族の子だ。…よし、そこなんだな」
子供達は顔を見合わせ頷き合い、アープの子供がいる辺りに両手をかざす。
―――すると、どこからともなく、白と金の美しい、キラキラしたもやが立ち上り始めた。
「! これは…」
ノアが驚いていると、子供達はそれぞれ、その背に翼を広げている。ノアはさらに驚いて、
「………天使、真であったか」
…もやは、アープの子供に吸い込まれていく。
そうしてもやが消えていき、天使達の翼も消えた時、アープの子供は最初にノアが見た時よりも、心做しか鮮明に、生き生きとして見えた。
おまけに、周りにいた良くない気配も消えている。
「…ああ、ありがとう! 助かったよ! …ボクの家族はもういないけれど、ボク達が司っていたこの川で、ボクは静かに暮らしていくよ!」
そう言って手を振り、川に飛び込んでいった。
天使達も手を振り、アープの子供を見送った。
「………今のが、『神』、なのか?」
ノアの問いに、ミカエルは、
「…うん。この辺りに住んでいた人間達が、そう言って奉っていたから、人間が言うところの『神』になるね」
するとラファエルも、
「本来、『神』とかいう呼び名も人間が決めたものだ。別に僕らが『私達は神だよ』なんてことは、一言も言ってない」
「……………」
ノアが呆然としていると、ガブリエルが、
「唯一神くらいじゃない? 自分が神だって言い出したの」
「この辺りの地域なら、そうかもね。…でも、人間達に恩恵を与えてきたって意味では、『神』を名乗って崇められても問題なかったのよね」
ウリエルもそう言った。そしてミカエルが、
「…うん。唯一神自身に問題はない………。けど、彼を敬っていた人間達の数が、異常に膨れ上がった。…その人間達は、唯一神を敬いながら、『神』の名を傘に着るようになっていったよね」
ラファエルが、
「そう…、それでも唯一神の傘下にいる人間達の心の力は、あいつの力を増幅させる。あいつなりに悩んだんだろうけど、洪水はやり過ぎだろ」
「……………」
ノアは天使達の話を聞きながら、何が正しかったのか分からなくなっていた。
「………私は、間違っていたんだろうか」
するとミカエルが、ええ? と言いながら、
「間違いとか、正しいとか、そんなの誰にも分かんないよ。誰かの『正しい』は、誰かの『間違い』かも知れないでしょ?」
言われてノアは、ミカエルを見る。ガブリエルも、
「そうよ。そんなこと考えるんじゃなくて、今やる事は、さっきみたいに消えかけてる仲間達を助けることなの!」
―――ノアは、自分が蘇らせられた理由を、何とか理解した。
こうしてノアと天使達の、各地にいる『神』救済の旅が始まった。




