第311話:期待とトラブル
「で、本当に鉱物資源が発見されたと」
新制騎士団となり、第2中隊を中心に進められていた洞窟の調査の結果、ある程度進んだ先で枝分かれしていることが分かり、そのうち1つの道で鉱物資源、鉄鉱石が発見された。
「精錬してみにゃハッキリせんが、こいつはかなりの上物だぞ。不純物がかなり少ない。それに、なんか魔素が結構含まれてないか?」
「え?」
そう言われて、集中して見てみる。
「・・・確かに。魔石とかを混ぜながら打ったのと近い感じ?」
「ああ。嬢ちゃんの『鑑定』だと鉄鉱石なのか?」
「うん。普通に鉄鉱石」
「うーん」
「ギリギリって感じ?」
「なるほどな。見つかった鉱脈の中じゃ、浅いところって話だったか。もっと深くまで掘り進めれば?」
「・・・かもね」
進んだ先の様子がそれまでの洞窟とは違うと感じた騎士たちが、適当に壁を叩いたり、落下物を拾ったりして持ち帰った中から発見されたのが、今目の前にある鉄鉱石だ。
「コイル少尉。この鉄鉱石は入って直ぐのところで見つけたのよね?」
「はっ。通路に入って10メートルほどの場所になります」
「その通路?は調査が終わってるの?」
「いえ。発見が昨日の調査の終盤であったことに加えて、姿を目撃したわけではないのですが、複数の足跡を発見したことから、何らかの魔獣が生息している可能性が高いと判断いたしました。明日出発する調査において、奥まで入り、魔獣・魔物の生息実態を調査する予定です」
「分かった。気を付けてね」
「ありがとうございます」
洞窟の調査は第2中隊のコイルが率いる小隊が主に担当している。
冒険者出身の者が多く、洞窟の調査へのモチベーションが高い。戦闘能力などはもちろん、冒険者として培ってきた嗅覚が侮れない。魔獣・魔物が隠れ潜んでいる場所、何かで塞がれている通路の入り口、よく調べないと見つけられないお宝の発見など、彼らの嗅覚によって、洞窟の調査は想定以上のスピードで進められていた。
「嬢ちゃん。俺も同行していいか?」
コイルに今後の調査予定について確認していたところ、彼らが持ち帰った鉄鉱石を調べていたドランドがそんなことを言い出した。
「同行って、調査に?」
「ああ。これは待ってられないぜ」
「うーん・・・。けど、何か住み着いてそうだったんでしょ? ドランドって戦えんの?」
「・・・うっ。チンピラくれぇなら・・・」
「いやいや・・・。コイル。その足跡から推測できる魔獣の大きさって?」
「足跡の大きさから、少なくともファングラビットよりは大きいかと・・・」
「だって。とりあえず、明日の調査が終わるまでは大人しく待っててね?」
「・・・分かったよ。コイル! てめぇらの安全が優先だが・・・、何か見つけたら持ち帰れよ!」
「はい、ドランド殿」
危ない危ない。私でさえまだ洞窟に行くことは認められていないのに、ドランドが行くなんて危なすぎる。いや、立場のこと考えたらドランドが先かもしれないけど、ここでは強さが物を言うだろうし・・・
まあ、ドランドの気持ちも分かるのだけどね。入り口付近で発見された鉄鉱石ですらかなり魔素を含んでいた。もしかしたら、奥の方で見つかるものは魔鉄や魔鋼かもしれない。
現在は、商会を通じて鉄鉱石や鉄を仕入れ、それをドランドが鍛えることで魔鋼にした上で、武具にしている。そもそも仕入れが不要になるだけで一大事なのに、魔鋼にする工程が不要になるのであれば、ドランドの負担が一気に軽減される。同じ作業を繰り返し、新たなものを生み出すという一番楽しい作業に割ける時間が減っている現在、ドランドにとっては吉報を待つだけでなく、自ら探しに行きたいのだろう。
♢ ♢ ♢
翌朝、いつもより騎士ゴーレムの数を増やしたコイル率いる小隊が洞窟へ向けて出発した。じっくりと準備した上で調査を行うために、洞窟近くにキャンプを設営し、数日掛けて調査に取り掛かる予定だ。
彼らを送り出した後、
「コトハ様。ガッドに先触れが到着したとのことです。明日、ダン王子殿下とラムス殿がガッドに到着されるそうです。明日を含めて6日間滞在する予定らしく、明日以降の任意の時間でガッドまで来てほしいとのことです」
レーノが、クライス砦からの連絡を伝えてくれた。
「了解。うーん、明日はバタバタしてそうだし、明後日行く?」
「そうですね・・・。おそらく、コトハ様との交渉以外にも予定はあるのでしょう。コトハ様を最優先としているにしても、他の予定を入れやすいように、こちらが訪れる日時を伝えておくのが親切かと」
「そうだよね。ヤリスに明後日で問題ないか確認して、大丈夫そうなら明後日行くって連絡しといてもらえる?」
「承知しました」
ヤリスの準備も完了しているようで、明後日ガッドに行くことが決まった。
行くのは私とヤリス、後はレーベルと騎士たちになる。レーノは「ヤリスに任せています」とのことで、留守番になった。
そうして2日後、朝の身支度やら仕事やらを済ませて、ガッドに向かおうとしていたときだった、
「カンカンカンカンッ!」
と、鐘の音が鳴り響いた。この鐘の音は、領都の近くに魔獣・魔物などが迫ったときの音・・・
「マーカス!」
部屋の外にいたマーカスを呼んで、状況の確認に向かわせる。
単に魔獣・魔物が近づいたというだけで、鐘は鳴らない。門の警備や物見台で監視している騎士たちが、「対処不能な可能性を感じた場合やその他の緊急事態」に鳴らされる。つまり、単にファングラビットやフォレストタイガーが出た程度では、この鐘は鳴らないのだ。
カイトたちの所在を確認し終えたところで、マーカスが戻ってきた。
「コトハ様。ひとまず、魔獣・魔物の襲来や敵襲ではありませんでした。ですが、少し厄介なことに」
「ん?」
「オプスの友人だという人物が、白いオオカミに乗っておりました。至急、コトハ様にお目通り願いたい、と」
「ええっと、どういうこと? オプスの友人?」
「本人はそう言っております。何度も『里を助けてくれ』と叫んでおり、会話が成立していない様子で・・・」
「うーん。とりあえず、行ってみようか」
「・・・そうですな。混乱も収まりつつありますし、コトハ様が直接お話しいただくのが解決には資するかと・・・。危険も少ないとは思いますが、念のため護衛を多めに付けさせていただきます」
「うん。任せる」
「はっ。ボイル! 一緒に来い!」
第1中隊の少尉の1人ボイル。
マーカスの指示に応じて、直ぐに数人の曹長に指示を出し、あっという間に騎士15人、騎士ゴーレム15体が集結した。
・・・多くない? いや、いいけど・・・・・・
オプスの友人が現れたという南の門へ向かい、一先ず外に出た。
既に領都警備の騎士団が到着し、白いオオカミに跨がる少年を取り囲んでいる。少年は、そんな騎士たちを見て身構える白いオオカミを必死に宥めている様子。
私が前に進むのに合わせて、ボイルが騎士と騎士ゴーレムを前に出す。ある程度進んだところで止まる様に合図を出す。
横にいるマーカスやボイルは、目の前の白いオオカミや少年ではなく、その後ろの森の方に気を配っている。この子が囮の可能性ってこと?
とりあえず、私は話を聞いてみよう。
「こんにちは。君が私を呼んだの?」
私の言葉に少年が反応し、それにオオカミが反応する。そうすると、彼らを取り囲む騎士団が反応して・・・
面倒過ぎる。
「あなたたち、あのオオカミに襲われても万に一も怪我なんてしないし、後ろの森にも誰もいないみたいだから。ちょっと落ち着いて。君も、私を攻撃しようとは思っていないんでしょ?」
とにかくこの緊張状態を解消したい。
囮にしても罠にしても、特に危険はなさそう。それよりも、不幸が重なって騎士が少年や彼が大切にしているように見える白いオオカミを攻撃してしまうことを避けたい。
幸い、双方の緊張状態がいくらか解消されたように思えた。
マーカスたちは私の周りに張り付いてはいるが、私が身体の一部を変化させたのを見ると、防御力が上がったことに安心したのか、雰囲気の物々しさが和らいだ。・・・表情は険しいままだけど。
先に到着していた第2中隊の騎士たちは、ボイルの指示で後ろに下がり、この場を第1中隊に譲った。
そうして、
「それで、私にどんな用?」
もう一度問いかける。
すると、
「オプスからあなたのことを聞きました。お願いです、オプスを、里のみんなを助けるのに手を貸してください!」
少年は、オオカミから飛び降りながらそう叫び、頭を地面にこすりつけた。




