第305話:王都からの使者
ケール砦の周辺で、うちの騎士団が捕らえたダーバルド帝国軍の捕虜について、ホムラに報告を頼んだが、それから少し、王都からの使者がクライス砦に到着したとの連絡が入った。
気付けば、王都で建国式典等々に参加していた頃から、4か月が経とうとしている。カイトとキアラが、王都で学院に入学するまで4か月ほど。そろそろ、この件についても確認したい。
・・・・・・うーん。面倒だけど、また王都に行く必要があるかも?
「コトハ様?」
レーベルに声を掛けられて、頭を切り替える。
「ああ、ごめん。使者だっけ。砦に行ってもいいけど、どうせトマリックたちはこっちにいるし・・・、ここに来てもらおうか。レーベル。騎士団に伝えて、使者をここまで連れてきてもらって」
「承知いたしました」
そうして数時間後、使者がうちの応接間に通された。
そういえば、この屋敷の応接間とか使ったの初めて? というか、うちの領にこうしてお客さんが来たのが初めてか? いや、貴族がやたらと使者を送ってきた時期はあったけど・・・
応接間に入ると、2人が立ったまま待っていた。
「お待たせ」
そう言いながら2人を見ると、1人とは面識があった。
「バンさん?」
サイル伯爵ことギブスさんの三男で、私の数少ないお友達サーシャのお兄さん、近衛騎士のバンさんだった。
「ご無沙汰いたしております、クルセイル大公殿下。急な訪問をお許しいただき、感謝申し上げます」
そう言って、深々と頭を下げるバンさん。
王都で見た近衛騎士の正装?とは違い、少し動きやすそうな格好だ。それでも、白を基調とした、上品なデザインの鎧ではあるが。
「ううん。元はといえば、こっちが頼んだことだしね。ああ、座って座って」
座る様に促し、私も向かいのソファーに座る。
そして、一緒に部屋に入ってきたマーカスとレーノが後ろに立つ
「大公殿下。紹介させていただきます。王国騎士団所属のレンドリックです」
「お、お初にお目にかかります。王国騎士団、第3部隊所属、レンドリック、と申します」
緊張してる?
いや、これでも大公だから? オーラは漏れていないし、私を見て緊張する要素なんてないはず・・・。あるとすれば、大公って身分だけか・・・
「どうも。クルセイル大公家当主、コトハ・フォン・マーシャグ・クルセイルです」
そういえば、名前だけってことは、貴族じゃない?
前に、平民に対しては、正しく名乗る必要はないって言われた気もするけど・・・
まあ、初対面で名乗るのは普通だし、いいか。
相変わらず緊張したまま・・・、というか悪化している気がするレンドリックさんは一旦、放置して、
「それじゃあ、マーカス。説明お願い」
「はい」
マーカスに、説明を任せた。
♢ ♢ ♢
マーカスがダーバルド帝国軍との戦闘について伝え、レーノがうちの領で考えている方針について伝えた。
また、ホムラが王都に報告にいった後の出来事についても。
それは、トマリックの話で警戒していた別動隊。トマリックの部隊と同時にクライスの大森林に入ったと思われる別動隊のうち、2つの部隊を発見した。といっても、1つはキャンプ地と食い殺された死体の残骸を。どうやら、夜に複数の魔獣・魔物に襲われたらしく、テントや荷物の数から大まかな人数を特定するので精一杯だった。もう1部隊も、同じく襲われたらしく、10人ほどがボロボロになりながら逃げてきたところを、ケール砦の部隊が発見、拘束した。こちらは、トマリックたちと違って超反抗的だったので、犯罪奴隷になることが決定している。
「なるほど・・・。別動隊についてのご報告は、理解いたしました。間違いなく、軍務卿の殿下にお伝えいたします。そして、捕虜たちについてですが」
「は、はい。トマリックという隊長とその部下7人は、直ちに王都へ移送したいと考えております。また、残りの捕虜が24人と伺っておりましたが、先ほどのお話ですと少し増えたということでしょうか」
レーノが、
「ええ。トマリックらを除き、奴隷商人を合わせて35人です。うち20人はここに。15人は、ケール砦にて拘束しております。できれば、これらも早くにお引き取りをお願いしたいのです」
犯罪奴隷になることが決まっているとはいえ、収容している連中の食事を抜くわけにもいかない。もちろん、うまいものを出してやるつもりは無いが、餓死させるわけにもいかない。
そのため、ここ1か月ほど、こいつらに出す食事にかかる手間が、地味に嫌だった。
それをよく知っているレーノの要請。
「・・・分かりました。バイズ公爵領のガッドに移送の上、必要な準備を施してから、各地の鉱山などに移送する予定です。そこで、その。可能であれば、ガッドまでの移送をお願いしたいのですが・・・」
「コトハ様」
「いいよ。早いとこ追い出したいし。馬車はあるし・・・、マーカス。騎士団もいけるよね?」
「はい。急ぎ、移送部隊を準備させます。万が一に備えて、騎士ゴーレムの領外使用の許可をいただければ、と」
「うん、許可する。早いとこやろう」
「というわけですので、レンドリック殿。ガッドまでは我が領が」
「感謝申し上げます、大公殿下、マーカス殿、レーノ殿」
よしよし。これで、あの邪魔な連中とおさらばできる。
マーカスが、外に待機していた騎士に何やら指示を出し終え、戻ってくるのを待って、バンさんが話を再開する。
「それでは、捕虜たちの処理について確認ができたところで、いくつか大公殿下にお伝えすべきことがございます。よろしいでしょうか?」
「うん、どうぞ」
それからの話は、カーラルド王国やジャームル王国、そしてダーバルド帝国について。
日頃フェイヤーでやり取りしている話をベースに、いくつか踏み込んだ詳細な話を聞くことができた。
そして、
「難民か」
現在、最もカーラルド王国を悩ませているのが、ジャームル王国からの難民。
ジャームル王国と国境を接するシャジバル辺境伯領とフーバー辺境伯領には、ジャームル王国の西側の戦火から逃れてきた人や、東側に住んでいた者であっても戦争によって治安が悪化し、また物価が急騰した関係で、ジャームル王国から逃げざるを得なくなった人が大勢逃げてきているらしい。
王国軍がそれぞれ約1000人ずつ派遣され、国境の警備を両辺境伯軍から代わり、両辺境伯軍は自領内の治安維持に回されているが、足りてないとのこと。
「辺境伯軍の大きな町の外にはいくつもの難民キャンプが設置されています。本来、領主や町の管理者の許可無くこういったキャンプは設置できないのですが、数が多く対応が間に合わないそうで。静かに細々と暮らしている難民は、事実上放置状態だと。それでも、数が増える一方で、いよいよ放置はできない状態に」
バンさんが、辺境伯領に派遣されている王国軍からの報告内容を教えてくれた。
もう少し詳しく聞いてみると、ジャームル王国から逃げてきた人たちには共通点があった。それは難民の多くが、『人間』以外の種族であったり、両親や祖父母に『人間』以外の種族がいたりすることだった。
ダーバルド帝国がジャームル王国に攻め入った目的。その1つが奴隷の確保。それも、これまでのダーバルド帝国の振る舞いから、『人間』以外の種族をターゲットにしているであろうことは、明らかだった。そのため、ダーバルド帝国の奴隷狩りの標的になり得る人たちは、ダーバルド帝国がジャームル王国に攻め入ったのと同時に、脱出を開始したらしい。
そして、そうした動きに追従する様に、『人間』の中にも逃げ出す人が続出した、と。
「まあ、ダーバルド帝国に捕まるかもしれないって考えたら、難民の行動も分かるよね・・・」
「はい。ですが、両辺境伯領の治安の悪化も見過ごせない問題でして・・・。難民への対応に、頭を悩ませている状況です」
「・・・・・・どんな可能性があるの?」
「やはり、ジャームル王国に追い返すことが考えられます。もっとも、ジャームル王国に多くの難民を送り返したとして、受け入れ可能な都市は王都とルメンの2つだと思われますが、どちらの都市もダーバルド帝国を警戒して完全封鎖に入っているとのことでして。また、ダーバルド帝国の目的を考えると、難民をジャームル王国に追い返すことは、ダーバルド帝国を利することにも繋がりかねず・・・」
うーん。
確かに、奴隷を求めているダーバルド帝国の前に、都市の中にも入れないような人たちを送り返せば、そりゃあ標的になるよね・・・。特に、ダーバルド帝国は『人間』よりも身体の魔素が豊富な種族は、『魔人』の実験のために多く欲しいだろうし・・・
ドランドが言っていた知り合いの職人さんたちがいるのって、そのルメンって都市だっけ? あの後気になって聞いてみたら、うちの各所で人手は欲しいって言ってたし・・・・・・




