#16 お姫様
私が紅華と付き合ってから、もうすぐ3ヶ月になる。なのに1度もデートらしいデートが出来ていない。
全くデートしていない訳ではないのだが、放課後に図書館に行ったり本屋に行ったりするのはデートというよりは寄り道というべきだろう。
まともに2人きりでデートしたのが付き合う前に映画を見に行ったくらいというのははさすがに如何なものか。
「それで、彼氏いる私に相談しに来た訳か」
「うん。せっかく夏休みなんだし、どこかデートっぽい所行きたいんだ」
由那が考え込むように腕を組んだ。
沈黙の中を扇風機の回転する音がゆったりと通り抜ける。自室に扇風機があるのはちょっと羨ましい。
「遊園地は前に行ったし、やっぱ王道なのは映画館?」
「映画館も前行ったんだよね・・・・・・。由那は彼氏と行って楽しかったところとかある?」
そうだなぁ、と視線を上に逸らす由那。数秒置いて由那は答えた。
「やっぱ思い出に残ってるのは水族館かな?那谷島水族館。電車で1時間くらいのところにあるちょっと大きいところなんだけど、ジンベエザメもいたよ」
由那はスマホにつけたキーホルダーを掲げた。そのジンベエザメを象ったキーホルダーは、去年から由那のスマホに着いていたものだ。余程気に入っているらしく、ところどころ塗装が剥げてなお、ずっと由那のスマホにぶら下がっている。
「玲子も紅華とこういうの買ってみたらいいんじゃない?」
確かに、これまで紅華とお揃いという事で買ったのは消しゴムとシャーペンくらいだ。いつも授業中に紅華を感じられるようでそれも悪くはないのだが、シャーペンはともかく消しゴムは消耗品だ。少しずつ削れていくのはなんというか、切ない気持ちになる。そういう意味では、ここでひとつお揃いのキーホルダーでも買うのが踏むべき手順というものなのかもしれない。
「なるほど、水族館か。早速今晩でも誘ってみようかな」
「よーし、玲子と紅華のデート先も決まった事だし、カラオケでもいく?縁も紗奈も冴子も夏休みはバイト漬けらしいから暇で暇で」
ということで、玲子は由那とカラオケに向かった。満室だった。
その晩は、いつも通りの時間に訪れた。
ほぼ毎晩交互に通話をかけて紅華と話すのだが、今晩はいつもよりもドキドキしている。今日は紅華からかけてくる番なので、すぐに電話に出られるように玲子は部屋でスマホを机に置いて待機していた。
(『今度予定空いてる日に水族館行かない?』いや、これじゃ唐突すぎるかな?『今度予定空いてる日ある?』これだ。いやしかし・・・・・・)
脳内会議も終わらせられずに準備は万端とは言い難い
(やっぱり、緊張しちゃってる・・・・・・)
ただ恋人をデートに誘うだけなのに、いかに自分が恋愛というものに対して不慣れであるかを痛感する。
(付き合う前も、こんな感じだったなぁ)
玲子は緊張よ去れと言わんばかり感慨に浸った。
毎日がドキドキだった片想いの日々が、ほんの数日前のように思える。
当時は紅華に嫌われたくないあわよくば好かれたい一心で紅華と話していた。
今も全くそういうことを考えない訳ではないが、少しは余裕が出来たと思う。
そんなことを考えていると、特徴的な着信音がスマホから鳴り出した。
(来たっ!)
「もっ、もしもしっ!」
『? ・・・・・・はい、もしもし』
思わずキョドってしまった。怪訝そうな声が帰ってくる。一旦深呼吸を挟んでから玲子は言った。
「えっと、す、水族館に行きませんか!?」
話の順序も脈絡もない唐突な誘い。脳内会議の意味もない。なぜ敬語。
スマホの先で紅華がパズルを解くような表情で首を傾げているのが感じられる数秒の沈黙を経て返答はきた。
「いいよ、もちろん。いつ?」
「えぇと、いつでも、紅華の予定が合う日に」
すっかり紅華に主導権を握られてしまった。
しかし過程はどうあれ、紅華をデートに誘うことには成功した。
『じゃあ、今度の日曜日で、いい?』
「う、うん。大丈夫」
それから続いた取り留めもない会話は、夏真っ盛りだと言うのにクリスマスイルミネーションのように数段輝いて感じた。
眩しい太陽に日焼け止めで抵抗しながら、玲子は駅前公園で紅華を待っていた。休日にお昼のメンバーで待ち合わせすることは一学期中も
ちょくちょくあったのだが、私と紅華は2人とも律儀と言うか暇と言うか、5分前には必ず待ち合わせ場所に到着しているのが恒例だった。
しかし、今スマホを確認すると待ち合わせの15分前。ついでに言うと目的地行きの電車の20分前だ。
「どんだけ楽しみなんだって、本当に」
玲子は独り言を零した。
昨晩はどんな服を着ていこうかと悩んで夜更かししていたくせに何故か目を覚ますと早朝5時だったのだ。多少早くなってしまうのは仕方がない。
そういう事にして、玲子は瞼にぎゅっと力を入れた。
(今日は、全力で紅華に楽しんでもらうんだ!)
改めて今日の目的を認識する。まだ時間もあることなのでついでに髪も整えておく。
紅華が到着したのはその5分後だった。
「・・・・・・お互い、早すぎだね」
紅華が苦笑する。その体を包み込む白いワンピースの着こなしから、紅華も今日を楽しみにしてくれていたのが伺える。
玲子は紅華と付き合う日々の中のキラキラを、何度目かまた拾いあげた。
「電車、あと15分後だって」
スマホの画面に時刻表を映して紅華に見せる。
「15分・・・・・・」
「とりあえず、駅入っちゃおうか」
「うん」
玲子は今日のお姫様の手を引いて歩きだした。
休日の電車は案外混み合うものだ。それは田舎の路線とて例外ではない。
そうは言ってもやっぱり田舎。座ることこそできないものの、不快感のない一定のスペースは余裕で確保できる。
玲子と紅華はつり革に気持ち程度に手をかけて話していた。
「紅華は行ったことあるの? 那谷島水族館」
「うん、小さい頃に、家族と」
そういえば、紅華は一人暮らしだ。同じ中学だった縁と紗奈は家族と実家暮らしなのだから、距離的な問題ではないのだろう。
ほんのわずか紅華の目に浮かぶ哀愁。
車窓から見える海はキラキラと、紅華の瞳が輝いていた。
「んんー!着いたー!」
水族館の最寄り駅で降りて精一杯伸びる。
田舎の電車は多少出入口付近で立ち止まっても大丈夫なのだ。
「着いたよ、紅華!」
いよいよ紅華との水族館デートが始まるのだ。
いつも以上にテンションが上がっている。
「うん、着いた」
ゆっくりと電車から降りる紅華。その姿が高貴なプリンセスを想起させるほどいつも以上に綺麗に映るのは今日という日だからだろうか。
夏休みに水族館に遊びに来たプリンセス。なんというか、いい。
「じゃあ、行こっか」
手を繋いで、玲子と紅華は改札へと向かった。
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