キツネの嫁入り
期間が空いてしまって申し訳ございません。
これから精進して行きますので、よろしくお願いします。
「じゃあ、改めて作戦を確認するよ」
電車を降りて、お姉ちゃんはくるりと振り返った。
「まず、私たちの勝利条件は試験終了の午後6時半まで逃げ切る事。その為に、今から佳奈先輩のお家に行きます」
「佳奈先輩って、去年よく家に遊びに来てた人だよね?」
紗奈は彩加に確認した。
「うん、そだよ~」
「確認もなにも、別に姉さんの家に隠れてるだけだろ?」
上島先輩はぼやいた。確かに、そういうことである。
今更確認することなど特には無い。
ちょっとかっこつけたかったらしい頬を膨らます姉を引っ張って、ボク達は駅のホームを出た。
目的のアパートには、徒歩3分で到着した。
「ねぇ、紗奈。その佳奈先輩ってどんな人なの?」
「うーん、大学生のしっかりした人で、よくお菓子くれる人?」
なるほどー、と縁は頷く。今ので分かったのか。
本当にここまで来てしまった。編入試験から逃げ出してこんな所にいる事に背徳感を感じながらも、ここに縁といられるというそれだけで何倍もの幸福感が溢れ出す。
今日の空は、そんなボク達の未来を照らすような快晴。
雲ひとつない、とはいかないが太陽はその姿を満遍なく晒している。
肌を包み込む陽気にくすぐられながら、紗奈はインターフォンを押した。
「おっ、来た来た」
部屋の扉から出てきたのは、いかにも大学生と言ったような知性的な女性だった。
「佳奈先輩久しぶり~」
お姉ちゃんは、遠慮なくその女性に抱きついた。
「久しぶりだね~彩加。ちょっと身長伸びたんじゃない?」
佳奈先輩も、笑いながらよしよしとそんな姉の頭を撫でている。
「お久しぶりです。佳奈さん」
「紗奈ちゃんも久しぶり。もう高校生なんだね~」
しみじみと感慨に浸るように紗奈の頭を逆の手で撫でた。ちょっとくすぐったい。
「それで、君が縁ちゃんだね?」
「はい。よろしくお願いします」
「礼儀正しいね~」
うんうんと頷く佳奈さん。
「ごめんな、姉さん。急に無茶言って」
「気にしないでいいよ啓介。お礼は彩加を大事にしてあげるって事ね。立ち話もなんだし、入りなよ」
そう言って佳奈さんはボク達を部屋の中に迎え入れた。
その1K(意味はよくわからない)の部屋は整理整頓が行き届いていて、見るからに頭が良さそうな雰囲気を感じとる事ができる。
もうすぐ夏だというのに、この部屋ではコタツは未だ現役らしい。その上にはみかんの代わりに手作りと思しきクッキーが皿に盛られて置かれている。
「大体の事情は啓介から聞いてる。狭いけど、ゆっくりしてくれていいよ」
そんな佳奈さんのはからいで、紗奈と縁は並んでコタツに足を入れてクッキーをボリボリとかじっていた。
アイシングクッキーというらしいカラフルなクッキーは、お店の商品に比べても見劣りせず、作った人の練度の高さがうかがえる。
そういえば、受験勉強の時に佳奈さんが差し入れしてくれたあのクッキーも手作りだったのだろう。ラッピングまで綺麗で本当にお店の商品だと思っていた。
「佳奈さんってお菓子作るの好きなんですか?」
縁が佳奈さんに聞いた。
「そうだね、まあまあ好きだよ。小学生の頃からよくお菓子作ってたから、我ながら結構上手だと思うんだけど」
「はい! 本当においしいです!」
縁は目をきらきらさせている。
その横顔に、紗奈は安心感を覚えた。
最近は、ずっと引越しの事と編入試験の事でいっぱいいっぱいになっていたからだろうか。
縁の隣の、こんな他愛もない時間が、ボクにとって世界で1番の幸せな時間だ。今ならそう、確信を持って言える。
「ん? どうしたの紗奈? クッキー欲しい?」
縁がお行儀悪くクッキーをもぐもぐしながらこちらに振り向いた。そんなに気に入ったのか。
「なんでもない。でもクッキーは欲しい」
縁に答えて、ボクは皿に手を伸ばした。
「あ、もう結構少ない・・・・・・」
思わず声を出した。皿の上には最初、そこそこの枚数があったはずなのに、気が付いたら残り数枚になっている。
この場には5人も人がいるのだから、そういう意味では妥当な減り方ではあるのだが、それでも切なくはなってしまう。まだ3枚しか食べてないのに。
「うわ、本当だ~どうしよう佳奈先輩」
「じゃあ、啓介になんか買ってきてもらおうか?」
「俺かよ」
上島先輩はやれやれとばかり肩を下ろした。
お気の毒に。
「わかったよ。何がいい?」
観念したように上島先輩は立ち上がった。
「手伝います」
ちょっと可哀想なので、ボクも立ち上がった。
「紗奈が行くなら私も選びた~い」
名残惜しそうにコタツから足を出しながら姉は間延びした声で言った。すっかりリラックスされているご様子だ。
「買い出しに3人もいらないよね、よしボクとお姉ちゃんで行こうか」
強引にお姉ちゃんの手を引っ張って、コタツから引きずり出した。恨めしそうなうめき声が聞こえるが、全力でこれを無視する。
「もう、バスケ部の筋力は卑怯だって・・・・・・」
やがて諦めたように渋々と姉は立ち上がった。
さて、何を買おうか。
最寄りのコンビニに彩加を引っ張って来た紗奈はお菓子コーナーで悩んでいた。
みんななんでもないもいいと言っていたので、あんまり攻めたものでもなければ大丈夫だろうが、ここで何を買うかである程度人が見えそうな気がする。
ポテチを買ってきたあなたはなんとか、みたいな。
そんな事別に言われないだろうけど、なんか負けた気になってしまう。
「紗奈まだ~?」
お姉ちゃんがカゴにお徳用チョコレートを入れながら言った。
「逆にお姉ちゃんは悩まないの?」
「だってこれおいしいじゃん?」
「そうだけどさ」
こんなにあっさり決めてしまう姉を見たらわざわざ悩んでいる自分が馬鹿らしくなってしまう。
もういいや。ポテチにしよう。
紗奈は観念して鞄の中から財布を探した。
「あれ・・・・・・財布忘れた・・・・・・?」
いつも財布が入っているポケットの中は空っぽだった。
「お姉ちゃん財布持ってる?」
「持ってないよ?」
・・・・・・まあ、こんな時もあるよね。
仕方がない。一旦帰って
「紗奈、彩加」
全身が総毛立った。
それは、聞こえるはずのない声。
なんで?なんでお前がここにいる?
「・・・・・・お父さん・・・・・・!」
ここまで読んで下さってありがとうございます。
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