第47話 傷心のキャロル
耳掃除も終えて、司君と布団に入った。司君は、私のすぐ横に枕を持って来て、じいっと私を見ている。
「おやすみなさい、司君」
「寝るの?」
「え?うん」
ドキン。司君、私の頬を撫でてきちゃった。
「本当に、もう寝ちゃうの?穂乃香」
「だって、もう11時だよ?」
「うん。まだ、11時だね」
う~~~。司君の言いたいことはわかっている。でも、やっぱり、キャロルさんが隣にいると思うと、気が引ける。
さっき、静かに階段を上り、司君の部屋に入って行ったみたいだしなあ。
「キャロルが隣にいても、OKだって言ってたよね?」
「だけど、やっぱり」
「じゃ、俺、1週間やっぱり、おあずけなのかな」
「1週間だけだよ?」
「1週間もだよ?」
え~~。もう。司君、やっぱり変です。
「俺、寝てる間に襲うかも」
「それは…」
それは、やめて。って言いかけて、その言葉を飲み込んだ。
あんまり、じらすのもよくない?ここは、どうしたらいいんだ。
「学校で、もし、禁断症状出たら、どうする?」
「え?禁断症状ってどんな?」
司君の言うことに、私は焦って聞いてみた。
「たとえば、知らない間に穂乃香のこと抱きしめてたり」
「そんなこと、いくらなんでもしないでしょ?」
「わかんないよ。知らない間にキスしてるかも」
「ないない。しないよ、そんなこと絶対にしない」
「じゃあ、誰もいない教室に連れ込む」
「そんなの大山先生にばれたら、大変だもん」
「うん。大変だ。だから、ね?」
司君は、徐々に私の布団に入り込んできた。
「で、でも」
「し~~」
司君はそう言ってから、キスをした。
ドキドキドキ。駄目だ。司君、もうやめてくれないかもしれない。
だけど、前に言ったよね。無理強いはしないって。
でも、今日は、もっと大胆になってって言ってたし。
ああ、頭の中、グルグルだ~~。
トントン。
ノックの音?
「誰?」
司君が私から唇を離して、ドアの外に向かって聞いた。
「司…。寝レナイ」
「キャロル?」
鍵、閉めたっけ?大変。こんなべったりくっついているところを開けられたら。
でも、司君はしばらく黙って、動かないでいる。
「司。一人ジャ、寂シイ…」
キャロルさんの声、泣いてる声?
「キャロル、泣いてるのか?」
司君も気が付いたらしい。
「司…」
ヒック。というキャロルさんの泣き声が聞こえた。
「ごめん。ちょっと見てくる」
司君はそう言って、布団から出て、鍵をあけ、ドアを開けた。
あ、鍵、司君しめてたんだな。いつの間にしめたのやら。
「司」
キャロルさんはドアの真ん前に立って、司君がドアを開けると、すぐに司君に飛びついた。
あ!司君が、キャロルさん抱きつかれるのを阻止する暇もなかった。ああ、思い切り抱きついちゃってるよ。
司君、離れて。キャロルさんの腕、ひっぺがして!
私は布団の中で、少し顔をあげ、2人をやきもきしながら見ていた。
「司…。ヒック…。オ、オバアチャン、モウ呼ンデモ、目、開ケナイ。デモ、マダ、生キテルミタイダッタ」
「うん、わかるよ。俺のばあちゃんやじいちゃんもそうだった」
「触ッタラ、冷タカッタ?」
「うん。冷たかったよ」
「…司。悲シイ」
「うん」
「人ガ死ヌノッテ、悲シイヨ」
「うん、そうだね」
キャロルさんは司君の胸に顔をうずめ、それからわんわん泣いた。司君はそんなキャロルさんの背中を優しく撫でている。
ズキ。
胸が痛い。だけど、司君にキャロルさんから離れてって、今の状況じゃとても言えない。
ガチャリ…。守君の部屋のドアが開いた音がした。
「司。今日ハ、一人デ寝タクナイ」
「……。そっか。わかった」
司君はそう言うと、キャロルさんの背中に手を回したまま、私の部屋のドアを閉めた。
え?
もしかして、隣で寝てあげるの?
司君の部屋のベッドで、一緒に寝るの?
ドク。ドク。
ああ、血の気が引いて行く。
私は布団の中で、耳だけ澄ませてじっとしていた。
すると、司君とキャロルさんの階段を下りていく足音が聞こえてきた。
一階に行った?もしかして、一階の和室に行ったのかな。
じゃあ、一緒には寝ないの?司君、戻ってくる?
「穂乃香」
ドアの前から、守君の声がした。私はドアを開け、顔を出した。
「守君、どうしたの?」
「いいのか?兄ちゃん、キャロルと下に行っちゃったよ」
「う、うん」
「兄ちゃんに、キャロル抱きついてたよ。なんで、邪魔しなかったの?」
「そんなことできないよ。キャロルさん、泣いてたし」
「でもさ、兄ちゃんにしがみついて泣いてたんだよ?いいのかよ」
「…」
いいわけない。でも、でも…。
「もしさっき、司君がキャロルさんを冷たく突き放していたら、ショックだったかも」
「え?なんで?」
「司君、優しいもの。そんなことできないよ」
「だけど」
「守君、私は大丈夫だから、もう寝よう」
そう言うと、守君は、お休みと言って部屋に戻って行った。
私もドアを閉め、布団に潜り込んだ。
本当は大丈夫じゃない。さっきから、足もがくがくしている。
もし、司君、今夜キャロルさんと一緒に寝ちゃったら?
それに、なんとなくだけど、気が付いてしまった。
キャロルさんの司君を見る目、あれ、今までとは違った。
すがるような視線。そして、司君の胸に顔をうずめると、一気にキャロルさんは安心した顔になった。
保護された子供のように、ほっとして、キャロルさんは大泣きした。
キャロルさん、きっと司君が好きだ。
女の勘ってやつなのかな。さっき、司君に抱きついて泣いたキャロルさんを見て、わかってしまった。
本人は気が付いているかどうかわからない。それに、司君も。
ドクン。時計を見た。もう1時間くらいたってしまったかのように感じられた。でも、時計を見ると、まだ10分もたっていなかった。
司君。司君。戻ってきて…!
目を閉じても眠れそうにない。今晩私は、眠れそうもない。
カチカチ…。時計の音がやけに部屋に響く。
ミシ…。その時、階段を上ってくる誰かの足音がした。
ドキン。司君?
そう思っていたら、お母さんがドアを開け、司は下で寝るから…なんて言って来たらどうしよう。
キャロルさんがやってきて、司を渡さないって言って来たらどうしよう。
一瞬のうちに、いろんなことが頭の中をかけめぐった。
ガチャ…。静かにドアが開いた。怖いけど、私は布団からそっと顔をあげ、入ってきた人を見た。
あ…。司君だ。
「穂乃香、起きてる?」
「うん」
「ごめん。もう寝よう」
「…うん」
よかった。司君、戻ってきた。
うわ。私、今にも泣きそうだ。
司君は隣の布団に入った。私は泣きそうになっているのをばれないように、司君に背を向けた。
「キャロルさん、泣いてた?」
泣き声にならないように気を付けて、私はそう聞いてみた。
「うん。泣いてた」
「下にいるの?」
「うん。和室で母さんが隣に寝てあげるって」
「そ、そう」
そうか。司君、キャロルさんをお母さんに任せるために下に行ったのか。
「ショックだよな。そりゃ…」
司君はそう言うと、はあってため息をついた。
「ショック?」
私はそっと司君のほうに顔を向けた。司君は頭の下で腕を組み、天井を見上げていた。
「俺も、じいちゃんや、ばあちゃんが死んだ時、ショックだった。もう目も開けてくれない。もう話もできない」
「……」
「身近な人が死ぬって経験、きっとキャロルは初めてしたんだろうな」
「そう…」
「あんなキャロルも、初めて見た」
「…あんなって?」
「母さんの前でも泣いてた。なんだか、小さな子供みたいだった」
「…」
「あ、ごめん。さっき、俺、キャロルのこと…」
「ううん。いいよ…」
そう言うと、司君は私の顔のすぐ横に顔を持ってきた。そして私を、黙ったままじいっと見ている。
「司君?」
私が泣きそうなのばれた?目、赤かったかな。
「なんだか、俺って最低だね」
「え?」
いきなり、どうしたの?
「キャロルがあんなに悲しい思いしていたのに、その横の部屋で、穂乃香のことを抱こうとしてた」
「……」
「穂乃香は、気にかけてあげてたのに」
「う、ううん。私も、そういうことはあんまり、考えてなかった」
「……」
司君はまた、黙り込んだ。
それから司君は、また天井を見上げた。そして、深いため息をついた。
「キャロル…、やっぱり、女の子なんだな」
ドキン。
「え?」
なんでいきなり、そんなこと言うの?
「あんなふうに泣くなんて…」
司君、キャロルさんが気になってるの?
「なんかさ、母さんが泣いてるキャロルのことを抱きしめてあげてたんだけど、それ見たらさ、キャロルのほうが図体でかいのに、すごく幼い子供のように見えたんだよね」
「…」
「母さん、優しく抱きしめて、慰めてた。背中ぽんぽんって、優しくたたきながら」
「そう」
「あれ見たら、俺が小さかった頃を思い出した。熱出して寝込んだ時や、友達と喧嘩して泣いて帰った時、母さん、ああやって優しく背中をぽんぽんってしてくれたなってさ」
「…」
司君は天井ではなく、もっと遠くを見ているような目つきだった。
「守のことも、優しい目で母さん見ていたなあ。キャロルのことも、自分の子供のように思ってるんだろうな」
「お母さん、優しいね」
「……俺も、キャロルはやっぱり、妹か、弟のような感じがする」
「え?」
「さっきも思った。妹がいたら、こんな感じかなって」
「キャロルさんのこと?」
「ガキの頃は、いじめられて泣いてばっかりだったから、妹だなんて思えなかったけど。なんか、今は小さな妹のように感じるよ」
「…」
妹?
「さっきも、いつもよりキャロルが小さく感じた」
「…だ、大事に思えたの?」
そう言うと、司君はまた私を見た。
「うん」
司君はうなづいた。
ズキッ。
あ、胸がまた痛い。
司君、認めちゃった。キャロルさんが大事だって。
どうしよう…。
司君は、私の頬を優しく撫でてきた。
司君。司君はわかってるの?キャロルさん、もしかしたら司君が好きかもよ?
もし、好きだって知ったら、どうするの?
大事に思っているキャロルさんが、自分を好きだって知ったら。
「穂乃香」
「え?」
ドキン。
「でも、穂乃香への気持ちは変わらないよ」
「え?」
私の心の声が聞こえたの?
「キャロルが、確かに妹みたいで大事だ。だけど、それと穂乃香を思う気持ちは、全然違うから」
あ、ああ。そういうことか。
「わかってるよね?」
「……」
わかっているつもりだけど、やっぱり、不安だ。
「穂乃香、手、繋いで寝よう」
「うん」
「やっぱり、キャロルがいる間は、穂乃香のことは抱かないよ」
「え?」
「俺も、なんだかキャロルに悪いっていうか、悲しんでいる横で、そういうことできないっていうか…」
「う、うん」
司君はしばらく私を見ていた。でも、目を閉じて、そのまま寝てしまったようだ。
司君…。
妹っていっても、妹じゃないんだよ?
司君の大事だっていう気持ちは、どの程度のものなの?
司君の中に、ずっとキャロルさんはいる。それは前から感じてた。でも、まるで男扱いしていたし、だから大丈夫かと思っていた。
だけど、司君、キャロルさんが女の子なんだってことを意識したんだよね。
それって、どんなふうにこれから、変わっていっちゃうの?
ねえ、これからもキャロルさんが司君に抱き着いてきたりしたら、ちゃんと離れてくれる?
もし、司君が寝ているベッドに潜り込んだら、また、怒ってくれる?
優しくしないで、突き放してくれるの?
司君離れ、本当にさせられるの?
どんどん不安が押し寄せてきた。
司君から、すうっていう寝息が聞こえた。ああ、司君は寝ちゃったんだ。
私は司君の顔の前まで顔を持っていき、司君のおでこにキスをした。
司君、好きだよ。どうか、離れていかないでね。
そんなことを思うと、胸がもっと痛くなった。
キュン…。
切ない。
すぐそばに、こんなにすぐそばにいるのに、なんでこんなに不安になっちゃうのかなあ、私。
今夜、私はきっとなかなか寝れないんだろうな…。




