表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/94

第45話 このままじゃダメ?

 司君は、ちょっと照れた顔をしながら電車に乗り、電車の中で私が話しかけると、にやついた顔になり、小声でやばいって、何回も言っていた。


 片瀬江ノ島駅に着いた頃には、クールでポーカーフェイスの司君はいなかった。すぐに私の手を取り、学校ではあんなに距離を開けていたというのに、ぴったりと横に張り付き歩き出した。

「こんなに近づいてていいの?知ってる人に会っちゃうかもよ?」

「だけど、ほら、キャロルが見てるかもしれないし」


「キャロルさんは、今日お通夜に行ってるんでしょ?」

「あ、そっか」

「うちの学校の生徒もいるかもよ?」

「…そうだね」

 司君は渋々って顔をしながら、私から少し離れた。


「は~あ」

と小さなため息が司君から聞こえ、ちらっと司君を見ると、司君も私のことをちらちらと見ていた。

 な、なにかな?なんのため息なのかな?


 そしてまったく人通りのない小道に入ると、司君はまた大接近して、私の手を掴んできた。

「ここなら、いいよね?」

「……うん」

 まさか、禁断症状?抑えきれなくなってますか?司君…。


 今夜、キャロルさんもお父さん、お母さんも遅いのかな。だ、大丈夫かな。司君、いきなり襲ってこないよね。

 あ、そうだった。守君がいた。

 よかった。さすがに守君がいたら、司君も平静を保ってくれるよね?


 ガチャ。ドアを開け、司君が先に家に入った。

「ただいま」

 私もそう言って家に入ると、メープルが一目散に尻尾を振って飛んできた。

「メープル、ただいま…。あれ?守君はまだ部活から帰って来てないのかな?」


 家の中は静かだし、薄暗かった。メープルのために廊下とリビングにはいつも、小さな明かりがともっているが、その明かりしかついていない。


「守、遅いのかな」

 司君はそう言いながら、携帯を取りだした。

「あ、メール来てる…。あいつ、夕飯いらないって。部の友達の家に行くって書いてある。あ、そうだ。夕飯どうしようか?何か取る?」


「うん」

「ピザでも取ろうか?それとも…」

「ピザでいいよ?」

 私がそう言うと、司君はダイニングに行った。私はお風呂に入ろうと思い、2階に行こうとしたけど、

「穂乃香、どのピザがいい?」

と司君がダイニングから顔をだし聞くので、ダイニングに私も行った。


 メープルは司君のすぐ横で、尻尾を振ってワフワフ言っている。相当私と司君が帰ってきたのが嬉しいらしい。


「司君が好きなのでいいよ。私、好き嫌いないし」

「そう?じゃあ、これにしようかな。サイズはM?L」

「Mで十分」

「じゃ、ポテトもつけようか」


「私、そんなに食べれないよ?」

「いいよ。俺が食う。それに残ってたら、守が帰ってきて絶対食べるから」

 司君はそう言うと、なぜか私の背中に腕を回してきた。

「なあに?」

「今、誰もいないね」


「いるよ。メープルが」

「メープルはいいんだ。犬なんだし…」

 ワフワフ。メープルは自分の名前が出たからか、また喜んで尻尾を振った。そして司君の足にじゃれついたが、司君はメープルのほうをむこうともせず、私にキスをしてきた。


 こ、これは、もしや、やばいかも?

 

 司君は私のことを抱き寄せ、やたら長いキスをしている。まさかと思うけど、すでにオオカミに変身しかけてる?

「つ、司君」

 唇を離しても、司君はまだ私を抱き寄せたままだ。

「は、離して。私、お風呂に入ってくるから」


「…まだ、抱きしめていたいな」

「え?」

「風呂、一緒に入る?」

「入らないよ~」

 入るわけないじゃん!


「じゃあ、また背中流してもらおうかな」

「昨日はキャロルさんがいたから、仕方なくしただけで」

「仕方なく?」

 司君の眉がピクンと動いた。

 あ、怒った?と一瞬思ったけど、司君はそのあと、寂しそうな顔つきになった。


「そうか。仕方なくだったんだ。本当は穂乃香、そんなことしたくなかったんだね」

「え?」

「……」

 うわ。なんだか、司君、顔、沈んでる。


「あ、あの。そうじゃなくって。嫌じゃないの。でも、恥ずかしいから。だから、その…」

「なんで恥ずかしいの?」

 ええ?

「じゃ、司君は恥ずかしくないの?」

「うん」


「私に裸見られても、恥ずかしくないの?」

「うん」

 司君はうなづいたあと、不思議そうに私を見た。

「な、なんで?」

「え?」


「なんで恥ずかしくないの?」

「なんで恥ずかしいの?」

 逆に聞かれてしまった。

「女の子に裸見られて、恥ずかしいと思ったりしないの?」


「…思うかもしれないけど」

「キャロルさんだったら?」

「恥ずかしいより、怒ったけど。何で風呂に勝手に入ってくるんだよって…」

「そう…」


 裸を見られて、恥ずかしいって思う前に、怒っちゃったわけね。

「じゃ、他の女の子だったら?」

「見られるような、そんなシチュエーションありえないし」

「でも、恥ずかしいんだよね?」


「…まあね」

「じゃ、なんで私だと、恥ずかしくないの?」

 ハッ。まさか、女の子として意識してないから…とか。

「??」

 司君の顔はもっと、きょとんとしてしまった。


「お、女の子として意識、していない…とか?」

 思い切って聞いてみると、司君の目が一瞬点になり、

「まさか。もろ、女の子だって意識してるよ。でも、今さらでしょ?」

とそう言ってきた。


「今さら?」

「うん。だって、穂乃香とはいつも、裸で抱き合ってるし。今さら穂乃香に裸見られても…。穂乃香、俺が着替えてる時、見ちゃってるみたいだし」

「え?な、何言ってるの?見てないよ?いつも、布団かぶって見ないようにしてるじゃない」


「……」

 司君は黙って、私の顔をじっと見た。

「な、なあに?」

「俺のケツの、ホクロ…」

 う!それを今言うか!


「見たよね?」

「だから、あれは!」

「クス。真っ赤だ、穂乃香」

「……」

 またからかわれた?


「あはは。穂乃香、本当に可愛いよね。食べたいくらいだよね」

「え?」

 な、何それ。

「だから、食べていいかな?今…」

「駄目!!!!!」


 私は司君の腕を引っぺがし、司君から離れた。このまま、近くにいたら絶対に危険だ。

「お風呂入ってくるから。司君は、ピザ、頼んでおいてね」

 そう言って私はさっさとダイニングから飛び出し、2階に上がった。


 うわ~~~、司君が、司君が、あの司君が、あんなこと言うなんて!

 クールも、ポーカーフェイスもどっかにいってるってば。家に入ってからの司君はずうっと、にやけっぱなしだよ?


 どうしたっていうんだ。


 着替えを持って、また私は一目散にお風呂に入りに行った。それも、洗面所の鍵までしっかりとかけて。

 あの変な司君だと、勝手にお風呂にまで入ってくる可能性大なんだもの。

 あれ、絶対にすでに禁断症状出ちゃってるよね。


 もし、何もしないで寝たら、絶対に寝ているうちに襲われそうだ。

 絶対に、司君、危ないよ。

 ど、どうしよう。


 ドキドキドキドキドキ。

 わ。いきなり、心臓がドキドキしてきちゃった。

 いや、でも、司君と別に初めての体験をするわけでもないんだし、ここまでドキドキしなくっても…。


 バスタブに入ると、さらに心臓がドキドキした。それどころか、なんだかクラクラしてしまった。


「も、もう出よう。のぼせそうだ」

 私はすぐにお風呂から出て、体を拭いて着替えだした。

「クシュン」

 寒気…。お風呂であんまり、あったまらなかったからかな。


 トントン。ドアをノックする音がして、

「穂乃香、もう風呂から出た?」

と司君がドアの前で聞いてきた。

「出たよ」


「じゃあ、開けてもいい?俺も入るよ」

「ちょっと待って」

 私は鍵をあけ、そしてドアを開けた。

「…穂乃香、鍵してたの?」


 ドアの外から司君が聞いてきた。

「え?うん」

「…なんで?」

「なんでってそりゃ、司君が入ってこないように」

「…なんで?」


「なんでって?」

 なんで、なんでって聞くの?

「俺、入ったらまずかった?」

「そ、そりゃ、恥ずかしいもん」

「……」


 司君は黙り込んでしまった。

「あ、私、部屋でドライヤーかけてくるから、お風呂、どうぞ」

 私はそう言って、洗面所を出て2階に上がった。


「クシュン」

 部屋に入ってドライヤーで髪を乾かしていても、寒気がした。もしや、風邪をひいてしまったんだろうか。

「さむ…」

 デニムの膝丈のスカートを履いていたが、ジーンズに変えた。薄手のカーディガンも脱いで、厚手のパーカーを羽織ってから、私は一階に行った。


「ワフワフ」

 メープルが嬉しそうに、私にじゃれついてきた。私はメープルとリビングに行き、メープルに抱きついた。

「あったかい」

「ワフワフ」


「気持ちいい」

「ワフワフ」

「癒されちゃう」

「ワフワフ」


 ギュウっとメープルを抱きしめると、メープルは私の顔をベロベロなめ、それから突然、

「ワン」

と嬉しそうに吠えた。


「いいな。メープル」

 後ろから、司君の声がして、驚いて後ろを向くと、司君がいきなり抱きしめてきた。

「え?」

「俺も、あったかいよ?」


「う、うん」

 ドキドキドキ~~。司君、思い切り抱きしめてきたよ~。

「癒される?」

「え?」

 癒されるより、ドキドキしちゃって…。


 ワフワフ。ワフワフ。

 司君と私の周りで、メープルが嬉しそうに尻尾を振って歩き回り、それから司君の背中に飛びついた。

「め、メープル、重い。体重をかけるなってば」

「ワフワフ!」


「メープル…。重いって」

 メープルが司君の背中から離れると、司君は私から離れ、

「重かった」

と、腰を伸ばした。


 い、今のうち。

 私は司君から離れ、ソファに座った。すると、司君もすぐ隣にべったりと座ってきた。

 ああ。だから…。今、心臓が持ちそうになくって、司君からやっと離れたのに。なんでひっついて来ちゃうかな。


「あれ?着替えた?」

「え?」

「さっき、スカート履いてなかった?」

「よく覚えてるね」


「え、う、うん、まあ…。でも、なんで着替えたの?」

「寒かったから」

「それだけの理由?」

「うん」


「…そう」

 司君はそう言うと、なんだか寂しそうな顔をした。

「スカート、ちょっと嬉しかったんだけどな」

「え?なんで?!」

「なんでって、そりゃ…」


 司君は私の太ももに手を乗せた。

「スカートなら、生足だし」

「え?」

 ちょっと~~~。


 江の島水族館に行った時には、私の生足見ただけで、司君恥ずかしがって、こっちを見ることもできなくなったくせに。いったい、この変化は何?


 って、なんで司君、私のパーカーのファスナー、おろしているの?

「な、なに?」

 司君の手を掴んでそう聞くと、司君はキスをしてきた。

 ちょっと待って。司君、まさかと思うけど、その気になっていないよね?!


 ピンポン。

 チャイムが鳴った。

「お母さんたちかな?!」

 私はそう言って、立ち上がろうとした。

「ピザだよ」


 司君は私をソファに座らせ、自分が立って、リビングを出て行った。

「…あ、ピザか」

 ピザが来たってことは、これから夕飯の時間だよね?

 司君、もう、襲って来たりしないよね?


 だ、駄目だ。いちゃいちゃする時間が増えたり、べったりすることがあっても、やっぱり、なかなか私はこういうのに慣れない。

 いつも、心臓がドキドキしてしまって、どうしていいかもわからなくなる。


 司君にキスもしてもらえなくなって、ずっとかまってもらえなかった時には、あんなに寂しい思いをしたっていうのに。私ってもしかして、贅沢かな。今はこんなに司君が、ぺったりしてきてくれるっていうのに。


 だけど、やっぱり、ドキドキしちゃって、ちょっと今の司君についていけないくらいだ。


「穂乃香。ピザ来たよ。ダイニングにおいで」

「うん」

 夕飯だ。さすがに夕飯の時には、司君も襲ってこないよね。

 私はちょっとほっとしながら、ダイニングに行った。


 メープルも後ろからついてきた。

「さ、食べよう」

 司君はピザの箱を広げ、それから冷蔵庫からジュースを持ってきた。


「いただきます」

 2人で席に着き、ピザを食べだした。メープルは司君の足元に寝転がり、しばらく尻尾を振っていたが、そのうちにおとなしくなった。


「メープル、嬉しそうだね、今日」

「キャロルがいないから、のびのびできるんじゃない?」

「ずっと、司君にひっついてるね」

「穂乃香にも、くっついてたよ。あ、あれは穂乃香のほうがくっついていたのか」


「うん。あったかかったから、つい」

「…穂乃香ってさ」

 司君が、なぜか真面目な顔をして話しかけてきた。

「え?」


「俺にはあまり、抱きついて来たりしないね」

「そ、そりゃ…」

「なんで?」

 また、なんでって聞いてきた。今日はなんで攻撃だな。


「恥ずかしいもん」

「…恥ずかしいのはなんで?俺は、もし抱きついて来てくれたら、嬉しいんだけどな」

「……」

 そんなこと言われたって、そんな簡単にできないよ。抱きつくのなんて…。


「穂乃香はもっと、大胆になってくれてもいいのにな」

「え?」

「キャロルと足して2で割るといいのにね」

 え~~!


 私、もしや、おとなしすぎるの?

 「まな板の鯉」

 うわ。今、いきなりそんな言葉を思い出してしまった。


 いつでも、受け身って駄目なの?いつまでもこんなじゃ、司君も嫌になっちゃうの?

 キャロルさんみたいに大胆にならないと、飽きられちゃう?つまらないとか?


 ガ~~~~~ン。


 わけのわからない、ショックを受けた。

 なんだ。このショックは。

 司君は、そんな私の心の内も知らず、ピザをほおばっている。

 

 なんだかわからないけど、そのあとはピザの味もしないくらい、私は真っ白になっていった。


 司君、私って、このままじゃダメなの?

 受け身じゃダメなの?

 変わらないとダメなの?


 ああ、そうだ。わかった。

 司君なら、私が変わらなかろうが、受け身だろうが、まな板に鯉だろうが、恥ずかしがり屋だろうが、いつまでもお子ちゃまでも、それを許してくれるって思っていたんだ。


 きっと、司君のことだから、そのままでいいよって言ってくれるって、私、甘えてたんだ。

 だから、ショックだったんだ。


「………」

 突然の不安がやってきた。これはなんの不安だろう。

 嫌われるかもっていう不安?飽きられちゃうかもっていう不安?


 ああ、やっぱり、恋って一喜一憂の連続なんだな…。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ