第33話 固い決意
その日の夜、夕飯を食べ終わり洗い物を手伝ってから、2階に上がった。司君は私よりも前に、2階に上がっていた。
実は夕飯の時、守君にキャロルさんがうちに来るかもしれないとお母さんから話をして、守君が憤慨してとっとと部屋に行って、こもってしまったのだ。おかずのコロッケも、一口食べただけで。
それを司君はお盆にのせ、守君の部屋に持って行ってあげていた。
司君はそのまま、守君の部屋に入って、話をしているんだろうなあ。
大丈夫かな、守君。いつも私、助けられているけど、今回は守君のためにも、頑張りたいなあ。
ちょっと気になるので、守君の部屋に行ってみた。
トントン。
「入ってもいい?」
「穂乃香?いいよ」
守君の返事が聞こえ、私は部屋に入った。守君は勉強机の椅子に座り、クルクル回っていた。司君は床にあぐらをかいて座っている。
「私も、いいかな?話に加わって」
そう言うと、守君は椅子を止め、
「うん」
とうなづいた。
私は司君の横に座った。
「キャロルが、うちに来るのを阻止しようよ、穂乃香。穂乃香のためにもさ」
守君がそう言った。
「…うん」
私はうなづいた。
「母さんも父さんも、キャロルに入れ込み過ぎなんだ。なんでなんだ。あんな嫌な奴に」
「守…」
司君は静かに、守君の名前を呼んだ。
「なんだよ。兄ちゃんがどんなにキャロルをかばっても、俺は絶対に嫌だし、あいつのこと大っ嫌いなのは変わらないからな」
「いや、別にキャロルをかばうつもりはないけどさ」
司君はそう言ってから、
「でもな」
と何か言いたげな顔をした。
「あのさあ!兄ちゃんだって、今朝懲りただろ?あんなことがあって、穂乃香が出て行っちゃって。穂乃香、ちゃんと戻って来てくれたからよかったけど」
守君はそう言うと、私の顔を見てから、くるりと椅子を後ろに向けた。
「…」
守君はしばらく黙っている。
「守?」
司君は、守君の表情を見ようと、立ち上がり、顔を覗きに行った。
「見んなよ!」
「泣いてんの?お前」
「泣いてない!」
守君はそう言って、司君を追い払おうとしてから、グスっと鼻をすすった。
え?な、なんで?そんなにキャロルさんが来るのが嫌なの?
「お前も穂乃香が出て行っちゃって、相当パニクってたもんなあ」
え?
「戻ってきてくれて、ほっとした?」
「……そ、そうだよ。家に帰ってきて、もし穂乃香がいなかったらって思うと、気が気じゃなかったよ。それに、穂乃香の代わりにキャロルがふんぞり返ってたらどうしようって、テニスの練習も手につかないほど、気になって…」
うそ!そうだったの?守君、可愛い。
「そうだよな。俺なんて、部活さぼったくらいだし…。行ったとしても、集中できなかっただろうな」
「…兄ちゃんも、泣きそうだったもんね、朝」
「……」
司君は守君にそう言われ、コホンと咳払いをして、また床に座った。
「穂乃香がいてくれたらいいんだ。っていうか、絶対に穂乃香のほうがいい」
守君が鼻をすすってそう言った。
「あ、ありがとう」
そんなに2人から大事に思われて、なんだか照れくさい。
「父さんと母さんも、穂乃香のことはすごく大事に思ってるさ。ただ、アメリカでキャロルのことも面倒見てたし、娘みたいな気持ちもあるんじゃないかな」
「娘?息子じゃないの?それも、相当乱暴で手の付けられない…」
「…ま、まあな。男よりも強かったしな」
司君は守君の言葉に、苦笑いをしながらそう言った。
「邪険にはできないんだろ。特に、キャロルが泣いたりしたのを見て、心配してると思うよ、あの二人は」
「俺や穂乃香のことより?」
守君はそう言うと、また鼻をすすった。
「………」
司君は黙り込んだ。それからまた立ち上がると、
「守は、俺にとって大事な弟だから、俺は守の味方になるよ」
と、優しく頭を撫でながらそう言った。
わ。司君、優しい。守君も鼻をすすって、嬉しそうにしている。
本当に司君は、守君を可愛がってるんだなあ。
「私も!」
私も立ち上がり、守君の前に進み出て、
「守君を守る!」
と声高らかにそう言った。
「…穂乃香、それ、しゃれ?」
守君にそう言われた。
「ち、違うよ。いつも守君には助けられてるんだもん。今度は私が助ける番なの!」
そう言うと、守君は嬉しそうに笑った。
それに、司君もくすっと笑って、
「出た。穂乃香のガッツポーズ」
とそう静かに言った。
あ、ガッツポーズ、本当に私してた…。
私と司君は、守君の部屋を出ると、司君の部屋に一緒に入った。
司君はベッドにドスンと座り、そして私を横に座るように呼んだ。
「守君、大丈夫だよね?」
「ん?」
「部屋に引きこもったりしないよね」
「うん。コロッケもばくついてたし、大丈夫だよ。穂乃香もいるしね」
「司君もいるんだもんね」
「…うん」
私は司君の肩にもたれかかった。
「司君と守君、仲のいい兄弟だね」
「……そうだね。守は昔から、可愛かったし」
「そうなの?」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんって、よく俺のあとくっついてきてた。キャロルにいじめられてた時には、俺、助けに入るんだけど、俺もこてんぱんにやっつけられて、結局助けられないんだよなあ。悪かったな、守にはさ」
信じられない。どんだけ、キャロルさんって強いんだ。
「でも、俺、それからもっと強くなりたいって思ったかな。合気道も習ってたけど、前よりも真剣にするようになったかもしれない」
「アメリカで?」
「うん。弟一人守れないなんて、情けないって思ってさ」
「それ、小学生の頃でしょう?」
「そうだよ」
「…司君って、やっぱり、男らしいね」
「どこが?女の子に負けるくらい、弱かったんだよ?俺」
「内面がだってば。弟を守るために強くなろうなんて、今、感動しちゃった」
「そう?でも、守れないくらい、情けなかったんだよ?」
「だけど、大事な人のために強くなろうとするなんて、男らしいよ。昔でいう、侍みたいだよ」
「…侍?」
「うん。前にクラスの男子が言ってたよね?司君が江戸時代に生きてたら、絶対に武士になってるって。私もそう思うもん」
「……ふ。じゃあ、穂乃香は、武士の妻かな」
司君は笑いながらそう言った。
「え?私が?」
「…穂乃香も、内面強いし。器でかいし。外側物静かで、内面は強いなんて、きっと武士の妻としてやっていけると思うよ」
私が~~~?嘘でしょう。外側がさつで、内面よわよわなんですけど?
「俺は、弱いんだ。だから、ポーカーフェイスで、人に弱みを見せないようにしてる。本当に強かったら、そんな仮面をつける必要もないんだ。だって、弱さがないわけだからさ、強がらなくてもいいじゃん?」
「弱さがない人なんているのかな」
「…」
私の言葉に、司君は黙り込んだ。
「いないと思う…」
「そうだね」
司君は静かにそう言うと、
「でも、守だけじゃないかな。俺、穂乃香のためにも強くなりたいって思うよ」
と言って私を抱きしめてきた。
「…え?」
「俺は情けないし、弱い。だけど、そんな俺でも、守りたい人がいるってだけで、強くなれるのかもしれない」
「…」
「人ってそうなのかな。大事な人ができたら、強くなれるのかもね」
司君はそう言うと、抱きしめる腕に力を入れた。
「…うん。そうかも」
私も、なんでだか、守君や司君のためなら頑張れちゃうって、そう感じる。
司君はずっと私を抱きしめていた。司君に抱きしめられて、私はドキドキした。でも、やっぱり安心する。
「司君」
「ん?」
「今日、ここで寝てもいい?」
「いいよ?」
「…もう、キャロルさんと私を間違えないでね」
そう言うと、司君は一回私から離れ、私の顔を見た。
「…もし、キャロルがうちに泊まりに来ても、穂乃香が俺の隣で寝ていたらいいんだ」
「え?」
「最初から、ここで穂乃香が寝てたらいいんだ。そうしたら、キャロル、入って来れないでしょ?」
「……司君の部屋で、私も一緒にってこと?」
「そう。べったりくっついて」
「……」
か~~~っ。顔が熱くなった。でも、嬉しかった。
「う、うん。そうする」
そう私が言うと、司君はまた抱きしめてきた。そしてそのまま、押し倒された。
「電気、消す?」
「……うん」
暗くなった部屋で、私の髪にキスをしたり、撫でたりしている司君に私は聞いた。
「キャロルさんの前でも、べったりしててくれるの?」
「うん」
「い、いちゃついててくれるの?」
「うん」
うなづきながら、司君は私のパジャマのボタンを外しだした。
「キャロルさんの近くにいないで、私のそばにいてくれるの?」
「…いるよ」
「じゃ、じゃあ、私ももっと司君にべったりしてていいの?」
「…うん、いいよ」
「ほんと?」
「遠慮しないでいいよ。俺、そうしてくれたら、嬉しいから」
「……」
私は司君に抱きついた。
「穂乃香。でも、今はちょっと離れて。ボタン外せないから…」
そう言われ、私は司君の背中に回してた腕を離した。
司君は私のパジャマのボタンをまた、一つずつ外しだした。暗いせいか、ボタンをしっかりと見ながら外している。
そんな司君が愛しくなった。胸がきゅうんってした。ボタンを外し終えると、司君は自分のスエットを脱ぎだした。そしてTシャツも。
司君の胸があらわになった。
でも、暗がりの中、司君の表情も、体もはっきりと見えず、ちょっと私は寂しくなった。
司君の顔が、もっとはっきりと見えたらいいのに。どんな表情をしてる?どんな目をしてる?暗い中、なんとなくはわかるけど、はっきりとはわからない。
前は顔を見たり、司君の体を見るのも恥ずかしかった。でも今は、なんでだろう。司君が見たい。
どんな表情も見逃したくないからかなあ。
「あ、あ、あのね」
「ん?」
やばい。今、なんだか、ものすごいことを言いそうになった。
「なに?」
「なんでもない」
「気になるよ。なに?」
「…あ、あのね?」
「うん」
「あ、あの。電気」
「え?消したよ。まだ明るい?外の街燈のせいかな。でも、遮光カーテンじゃないし、どうしても部屋まで街燈の明かりが入って来ちゃうんだよね」
司君はそう言って、しばらく黙り込んだ。もしかして、どうやったら暗くなるのか、考えてるのかな。
「そ、そうじゃないの」
「…ん?」
司君は私の顔に顔を近づけた。きっと私がどんな表情をしているのか、気になったのかもしれない。
「やっぱり、いい」
「…クリスマスのこと?もしかして。電気、つけるのがやっぱり、嫌とか?」
司君は私に思い切り近づき、小声でそう聞いてきた。
「…」
そうじゃないの。そうじゃなくって。今でも、小さい明り、つけてもいいって言いたかったの。だって、司君の表情が見たいの。
でも、言えない。これ、やっぱりかなり、恥ずかしい。
「大丈夫だよ。俺、無理強いはしないから。穂乃香が嫌がることはしないよ?」
「違うの」
「え?」
ああ。違うの、って言っちゃった。
司君はしばらく黙って、私の顔をじいっと見た。
「あ、あ、あのね?」
「うん」
「司君の顔、やっぱり、暗いとあんまり見えないんだなって思って」
「…俺の顔?」
「表情とか、目…とか」
「…今?」
「うん」
「これだけ顔、近づけても?」
真ん前に顔を司君が持ってきた。そして鼻にキスしたり、おでこにキスしたりしてきた。
キュキュキュン!
「あ…。え?っていうことは、え?」
司君はようやく、ぴんときたらしい。
「電気、つけたいってこと?」
「ち、小さい電気だけ…なら」
「………」
司君はしばらく、黙って私を見て、
「ほんと?」
と聞いてきた。
「うん」
「クリスマスの日に?それとも、今?」
「……」
え~~~~い。私、勇気を出せ。きっと司君はこんなことを言いだしても、引いたりしない。
「い、今!」
どうにかそれだけ言って、私は恥ずかしさのあまり、視線を外した。
司君はベッドから下りて、電気をつけに行った。小さい明りがつくと、部屋はさっきよりも全然明るくなったような気がした。
司君はベッドに上ると、私の顔を覗き込み、
「俺の顔、これでちゃんと見える?」
と聞いてきた。
「……うん」
ドキン。司君、なんだか、色っぽいかも。
「穂乃香の顔も、ちゃんと見えるよ」
「…」
そ、そうだよね。私もしっかりと見えちゃうんだよね?
「…穂乃香、色っぽいね」
「え?」
うそ。それは司君の方…。
ドキドキドキドキ。司君の胸がしっかりと見えた。たくましい筋肉だ。それに腕も。
それから司君は、私のパジャマを脱がし、ブラジャーも外して、胸元にキスをした。
ドキドキドキドキドキドキ~~~~~!!!!
胸、見えちゃってるよね。一気に恥ずかしくなってきた。
ああ、やっぱり、とんでもないことを言っちゃった?
ドキドキはずうっとおさまらなかった。それに司君が時々、私の顔を愛しそうに見つめるので、その目に胸がキュンキュンして、どうにかなっちゃうかと思った。
司君、こんな表情もするんだ。こんな目で私のこと、いつも見てたのかな。
あ~~~~~~~~。
駄目だ。
キュン死にしちゃうかもしれない…。
司君が、めちゃくちゃ愛しいよ~~~~~~~。
何があっても離れたくないって思って、私はぎゅって司君を抱きしめた。司君も抱きしめてくれた。
キャロルさんが来たって、何が来たって、私、司君の隣にいるからね!




