翼の折れた者 2
まさか、拳銃を持った相手に、丸腰で突っ込んでくる女子大生なんて想像してなかったんだろう。
あたしはあっけなく、須藤の懐に飛び込んだ。
のけぞろうとする両肩を、力任せに掴む。
翼の力があれば、瞬間的には捕まえることぐらい出来る。
よほど驚いたのか、須藤は自分からあたしの目を直視した。
「…!な…にを…」
まずい、とは思ったんだろう。でも、遅い。
思い切り集中して見返してやった。
「あんた、正気じゃない。こんなことして、どうする気なの!」
須藤の顔が紅潮し、目が揺れる。
「全部話せ!お前の知っていること全部!それを全部公表してやる!」
呆けたような、気味の悪い笑みが広がった。
わななきながら、須藤の唇が動く。
「得体の知れない…黒い…翼。金になる。こっちには銃があるんだ。致命傷にならないくらいの怪我をさせて、捕まえればいい…所詮、チビの女の子だ。ボクに敵うはずがないだろ?
なにより、『野宮れい子の子供たち』には、ダーウィン・ミッションの連中が相場の5倍の金を出すと言っているんだ。あのクラスの出身のウィンガーは全て登録されてるし、特別に注意を払われてる。下手に手は出せないって、断っていたのに…まさか隠れ天使がいるとはね」
次第に、須藤の顔はうっとりとしてきた。
あたしに喋らされているとは、思いもしないらしい。
「考えてみれば、ラッキーじゃないか…他のガキの行方を追うのは簡単だ。あと何人、未登録のウィンガーがいるか…1人、いくらで売れるかな?
ああ、国会議員の父親がいるのがちょっと注意事項だけど」
そこで須藤の微笑みが、さらに顔全体に広がった。こんな、『喋らされている』状況にも関わらず、「いいこと思いついた!」とでも、言い出しそうな微笑みだ。
「いや、野宮れい子のクラス出身者に、これだけ隠れ天使がいると分かれば、かえって伊達守議員だって、手出しできないじゃないか。彼らの存在を隠す手助けをしているなんて言われたら、政治生命に関わる。
そうだ、これは伊達守議員の弱味にもなるじゃないか…面白い。つまり、こっちにも金づるが…」
須藤の独演会を遮ったのは、本郷だった。
「ああ!ストップ!ストップ!もういい!滅茶苦茶だ!お前の言ってることは支離滅裂だよ!自分勝手な妄想だけだ!」
珍しく、本郷の顔が紅潮していた。ものすごく、怒っている。
本郷が、負の感情を表に出すところは、あまり見たことがない。
あたしもこれ以上は聞くに耐えず、翼を消した。
須藤が、呆然と視線を巡らせる。
「お前の身勝手な企みのせいで、人が死んだんだぞ!死にそうなんだぞ!!」
ナオさんの震える体を抱き支えながら、本郷は声を震わせた。
ナオさん…まともに息もできなくなってきている…
早く、ここを出なきゃ…
よろけながら、
「…なん…なんだ…」
呟いた須藤があたしたちを見る。
自分が心の内を思うままあたしたちに漏らしていたことに、今更気付いている。
その顔が歪み、肩が震えた。
「…は…はは…フッ…アハハハ!!」
次第に、狂気を帯びた、甲高い笑い声へと変わっていく。
「ヒャハハハハ!!ぼくとしたことが!!他人の言いなりになるなんて!アーッッ、ムカつくよ!!」
最後の方は、悲鳴みたいだった。
おそらく、人の言いなりになるなんて、この人には、この上ない屈辱なんだろう。
あたしを見る目は、憎悪にみちていた。
この先何があろうと、この人と理解し合えることは無理なんじゃないかと思う。
肩でゼィゼィと息をする須藤に対し、本郷はゆっくり深呼吸してから口を開いた。
「全部、金のためかよ?そんな、きったねえことまでして、金が欲しいのかよ」
質問というより、憐れみと蔑みを混ぜたような言い方だった。
ギロリとあたしたちを睨みつけた須藤の口の端に、小馬鹿にしたような笑みが浮かんだ。
「君たちさぁ、自分の寿命、把握してる?コソコソ隠れている君らが、ウィンガーの基礎知識、ちゃんと知ってるのかなぁ?」
いきなり、話の方向が外れたようだけど。
本郷が、ムッとした表情になったので、この場は任せて、あたしは黙っていた。
本郷は軽く息を吸うと、改まった口調で話し出した。
「現在までの統計では、ウィンガーの平均寿命は33.4歳。ただし、これには事故や事件による不慮の死が相当数含まれている。病死などの自然死と認められたものに絞ると、40.2歳。確認されているウィンガーで最も長生きしたのは、45歳5ヶ月のイギリス人男性。だろ」
須藤はあからさまに不貞腐れた顔になった。
あたしたちのこと、なんの知識もなく、ただ隠れてるだけのウィンガーだと思ってるんだろうな。
座った目つきのまま、須藤は続けた。
「ああ、そうだよ。分かってるじゃないか…いや、分かってるか?ちゃんとその意味が!」
…意味?
須藤は、あたしたちに口を挟む隙も与えずに話し続ける。
「あと、いいとこ10年ぽっちしか、ぼくは生きられないんだよ?素晴らしい素質だの、国内最高の能力者だの、おだてて、持ち上げて、都合のいいように仕事させて、いいとこだけ使って、ちょうどよく寿命がくる。いいとこ取りで使い捨てされるんだ、ウィンガーってのはね!世界中の研究者が、ウィンガーの研究をしてる?次々と新しい知見を出している?はは…誰が世界に数百人しかいないウィンガーの為の研究なんかするか!奴らがやっているのは、効率よくウィンガーを扱うための研究だよ!黙ってたってウィンガーは一定数出現する。若死したって替えはきく。文字通り、死ぬまで使われるんだ!」
一気にまくしたてる須藤の目に、さっきまでの狂気に満ちた光が戻ってきていた。
「ぼくは…優れた人材だ。いいように振り回されるだけの人間じゃない。それなのに、そこいらの人間より時間は限られている。今を!この時間を楽しんで何が悪い!楽しむために、必要な金を自分で調達して何が悪い!!」
あたしの力の影響が残っているのかもしれない。でも、須藤も本心を吐き出したくて仕方なかったのかもしれない。そんな気がした。
全然、共感も同情も出来ないけど、言いたいことは分かる。
あたしは考えたこともなかったけど、須藤と同じことを考えるウィンガーは、きっと他にもいる。
明らかに一般人より短い寿命を突きつけられ、その不条理に憤り、でも受け入れざるを得ない現実。
叩きつける場所のない怒り。
優れた身体能力や五感をもって優越感に浸ったところで、ほんの一時のこと。
でも、だからといって、須藤がやったことは許されることじゃない。
絶対に、許されることじゃない…
あたしも本郷も、しばし無言だった。
須藤の荒い息づかいだけが、埃と一緒に室内を漂っている。
本郷が、大きく息を吐いた。
「…ウソだろ…長生きできないからって…何してもいい理由になるかよ!!」
答えず、ギロリとあたしたちを睨め付け、須藤は翼を広げた。
「水沢!」
本郷が叫ぶのと、パン!と、さっきも聞いた破裂音が鳴ったのは、ほぼ同時。
こっちに飛びかかってくるかと思われた須藤の体が、バランスを崩して傾く。
大きく広げた右翼が、不自然な角度で折れ曲がったのをあたしは見た。
床に手をついた須藤の背中から、翼が光となって消える。そしてー
頭の中に、つんざくような金属音が響く。
さっきと…ナオさんの翼が吹き飛ばされた時と全く同じ衝撃。
それが意味するものを、あたしは瞬時に理解した。
須藤の翼が折れた。
だけど、なぜ?




