第86話 敗北
桜のパーティと生徒会メンバーによる合同パーティが学園を出発して5分。戦闘を殆ど考えなかった為、草原を全速力で進んでいると、前方から大きな戦闘音が聞こえてきた。
「……一体何が?」
戦闘音と巻き起こる爆発等に気付いて立ち止まった桜達。段々と大きくなる音と声を訝しんだ桜が思わず呟いた。そうして夜目を凝らせば、前方では自分達と同じ制服を着た生徒達が戦闘を繰り広げていた。
「お兄ちゃんは……?」
「凛ちゃん……」
女子生徒が真っ青になった凛に気付いて、側に寄り添う。彼女は生徒会役員では無かったのだが、桜のパーティメンバーであった事、暴走の主犯が兄であったことで、部隊に参加したのである。
「ゴブリンに……あれはオーク!」
立ち止まって戦況を確認していた生徒の誰かがそう言った。その声で他の面子も前方の集団をよく見ると、自分たちの見慣れたゴブリン以外にも数回しか見たこともない醜悪な巨体があった。それ以外にも、全員がゴブリン討伐等で幾度も見た複数のゴブリンの亜種が存在しており、前で戦闘を繰り広げているのが一条率いる集団ならば、危険な状況であった。
「戦っているのは一条会頭率いる部活生みたいね。今すぐ救援に向かわないとまずいかも。」
楓が前方の戦況を把握しながら言う。今は一条の指揮でなんとか戦線が保っているが、生徒達の顔には何処か焦りと焦燥が滲んでいた。こちらから襲撃するはずが、こちらの数を遥かに上回る大軍勢による奇襲に対処出来なかったのだ。焦りと焦燥は仕方がないだろう。
「なんて数だよ……ゴブリンだけでも100体はいるんじゃないのか?それに、あいつは何だ?」
生徒会の男子生徒が、圧倒的な数で包囲された一条達を見てそう言う。あいつ、とは一際大きな赤黒い巨体だ。それは、今まで誰も見たことがない魔物であった。幸いまだ前に出るつもりは無いのか桜達からも一条達からも離れた位置に佇んでおり、動く気配は無かった。
「今すぐ救援に入ります!オークとの戦闘は避けて、各自ゴブリンのみを相手にしてください!」
とは言え、このまま手を拱いていても一条達が危険なだけだ。頭の中で考えを纏めた桜が、矢継ぎ早に指示を出していく。
「オークはどうする?」
「見たところ一番手薄な所には数体しかいません。私と楓ちゃん、瑞樹ちゃんで相手をしつつ、一条会頭と合流します。その後はルキウスさんの部隊が来てくれる事を信じましょう。」
「任されましたわ。」
楓の質問に桜が答え、瑞樹が応じた。それを受けた桜は、更に矢継ぎ早に指示を出していく。
「では、行きます!」
そうして、桜の号令に合わせて、生徒会率いる生徒達も戦闘に参戦。一路、一条らと合流を目指したのである。
少しだけ時が遡る。桜達が到着する少し前。一条はいきなりの奇襲で慌てる部活生達を宥めつつ、戦場を駆けまわっていた。3倍以上の数で攻められ、周囲を包囲されてしまい、逃げるに逃げられない状況であった。
「ちぃ!まだ居るか!」
一条が何体目かのゴブリンを討伐する。単なるゴブリンの攻撃自体ならば、肉体的に疲労感の無い今は無効化出来ている。しかしゴブリンの亜種の繰り出す攻撃であれば、現状では危険こそ少ないがこのまま疲労が蓄積されれば、何時かは命取りになるだろう。
しかも、倒しても倒しても湧いて出る様に現れるのだ。倒しても倒してもきりのないゴブリンに、一条率いる部活生は体力的ではなく、精神的な疲労が強かった。魔力による強化は精神状況によって大幅に変化する以上、今の一条達では心が折れれば、如何に弱いゴブリンの亜種であっても一撃が致命打となりかねない。
おまけに、相手からの奇襲である。本来ならば潰走しても可怪しくなかったのだが、一条とその補佐を務める生徒がとっさに冷静さを取り戻したが故になんとか潰走は免れ、各個撃破は避けられたのであった。
「オークを相手にする場合は決して一人で戦うな!最低で5人掛かりで戦え!防御の硬い奴以外は決して攻撃を食らうな!油断しさえしなければ勝てない相手じゃない!」
一条はなんとか冷静さを保つ生徒達の力を借りて全体を鼓舞しつつ、決して死者の出ない様に自ら戦場全体を駆け回り、少しでも危険な生徒を救援していく。その御蔭で、オークを相手にしてもなんとか死者は出ていなかったが、何人かは骨折等の重傷を負い、応急処置を受けて陣形の後ろに退避している。このままでは、遠からず死者が出る事は確実であった。
「治癒魔術を使える者を中心に陣形を組め!盾持ちは外周で攻撃を防げ!奴らに高威力の遠距離攻撃は出来ない!俺達遠距離攻撃が可能な面子で仕留めていくぞ!」
一条の言葉に合わせて、部活生達は拙いながらも陣形を構成している。陣形が上手く効果を発揮し始めたのを見て、なんとか当分は大丈夫と判断した一条は一息ついた。
「はぁはぁ……なんとかこれで……」
と、一息吐いた所で、桜達がゴブリン達の包囲網が薄い所を突いて一条達に合流する。とは言え、それでも数は圧倒的で、再び包囲網が敷かれてしまった。
「一条会頭!ご無事ですか!?」
「天道か!……すまん。勝手をした。」
なんとか怪我人も無く辿り着いた桜達は、防御に人数を回すと即座に一条と話す為に陣形を駆けまわる一条を探しだした。
「お兄ちゃん!大丈夫なの!?」
「凛!何故来た!」
「それはどうでもいいでしょ!」
「……そうだな、すまん。」
顔に苦悶を浮かべながら、一条が妹に謝罪する。自分を心配して来た事ぐらい、考えるまでも無かったのだ。それを見た桜は、一条が冷静になった事に安堵し、周囲を鼓舞すべく言った。
「すぐにルキウスさんらも来られるはずです!それまで堪えましょう!これからは私達も援護に入ります!」
そうして、10人もいないとは言え増援を得た部活生達は、なんとか士気を盛り返す。しかし、そう言って鼓舞した桜に、一条が申し訳なげに告げた。
「……いや、ルキウスさん達はもう少し時間が掛かるはずだ。」
「え?」
一条による妨害工作を知らない桜は呆然となる。桜達の前提は、即座にルキウスらによる救援が来ることであった。その前提が崩れたのである。愕然とした桜を見た一条は顔に満面の後悔を浮かべながら、事情を説明する。
「すまん。俺達が妨害工作をした。職員室にもまだ連絡が行っていないはずだ。」
「な……何故です!?」
「……知られれば止めるだろう。」
「当たり前です!私達ではオークの集団相手には勝ち目はありません!」
「……ああ。冷静になって気づいた。」
激高する桜にそう言って、一条は奥歯を噛み締めた。顔には自らの無謀さへの激怒が浮かぶ。
「すまん。本来なら俺が仇討ちを止めるべきだった。それなのに俺が率先して仇討ちを果たそうなぞ……」
相当に後悔しているらしく、顔に深い悔恨が刻まれた一条は事情を説明しながら何度も謝罪する。そうして大方の事情を説明し、生徒会と部活生による合同パーティの連合がなんとか連携を発揮し始めた頃、遂に今まで動かなかった一体の魔物が動いた。
「グオォオオオオ!」
腹の底から響くような魔物の雄叫びが聞こえ、赤黒い巨体が一歩、前に踏み出した。誰もが―ゴブリンやオーク達さえ―竦む中、その巨体に見覚えのあった生徒が、震える声で呟いた。
「あいつだ……。あいつがやったんだ!」
死んだ男子生徒と一緒にいた男子生徒が、覚えのある姿に思わず声を上げる。
「あれは……オークじゃない!オーガだ!」
生徒会の男子生徒が、段々と近づいてくる何処か鬼に似た赤黒い巨体を見て、醜悪なオークではない事に気づいた。他の生徒もオークを間近で見たことで、相手がオークで無いことがわかった。
「ちぃ!悪い、天道!生徒会面子にも力を借りる!おい!何人か俺と一緒に来い!」
「ええ!楓ちゃんも一緒に!瑞樹ちゃん、申し訳ありませんが、周囲の方と一緒に、オークが来た場合は抑えてください!私達でオーガを討伐します!」
オークよりオーガの方が圧倒的に厄介で強い事は、桜も一条もしっかりと理解していた。そうして、一条と桜が生徒会と部活連の連合の中でも特に戦闘能力の高い面子を引き連れ、オーガへと向かう。それに合わせて、楓と瑞樹が部隊の指揮を変わる。
「了解!」
「わかりましたわ!」
そうしてオーガと戦おう一条達が身構えた時、再度オーガが雄叫びを上げる。
「ゴガァアアア!」
今度は魔力を大量に載せた雄叫びで、桜達では動くこともままならないほどの威圧感が放出されていた。まだお互いの距離は50メートル程もあったのにも関わらず、誰もが動けない程に竦み上がる。
「くぅ……」
なんとか動こうとする桜であるが、思うように動けない。一番近かった桜達は動けなかったが、瑞樹ら比較的遠くにいた面子は動きが鈍った程度で済んでいた。
「くぎゃぁ!」
「きゃあ!」
と、そこで竦んで、動けなくなった桜や楓他、一条と共に戦列に加わった比較的オーガに近い位置にいた女生徒がゴブリンによって奇襲を受け、気絶させられてしまう。そのまま運ばれていく桜達を見た一条が、気合だけで無理矢理身体の動きを取り戻した。
「やら……せるかぁ!<<燕>>!」
強張った身体を無理矢理動かした為、最大の威力を込めることは出来なかったものの、自らに出来る最大の攻撃を放つ一条。放たれた投槍は周囲のゴブリンをなぎ倒しつつ、桜達をさらったゴブリン目掛けて一直線に飛翔する。
「グゥ……コノテイドカ。コノオンナドモハイタダイテイク。」
しかし、一条渾身の一擲は先ほどのオーガがその射線上に前に出てくるだけで、ふっ、と消失してしまった。そうして、一条に対してそう言うと、踵を返す赤黒いオーガ。オーガが一歩遠ざかる毎に一条達は動きを取り戻すが、誰もが追えるとは思わなかった。
「な……」
一切意味をなさなかった自身の切り札を見て、思わず絶望に膝を屈しそうになる一条。だが、今はそんな場合では無いとなんとか正気を取り戻し、身体に活を入れる。
「……っつ!行かせるか!」
そうして、一条が走ろうとした時、幾重もの閃光が闇夜を切り裂いて、ルキウス達が一条の前に降り立った。
「瞬!無事か!」
「ルキウスさん……申し訳ありません。」
「叱責は後にしてやる!今どうなっている!」
軍勢とは聞いていたが、あまりに有り得ない光景を見たルキウスは顔に焦りを浮かばせ、ジェスチャーで隊員を学園生達の警護に向かわせると即座に一条に問いかけた。問われた一条は、顔に無念さを滲ませながら答える。
「たった今、天道達がさらわれました……俺の攻撃も一切通じず……」
「どこだ!」
「あいつ……です。」
苦渋が滲む一条が指差す方向を見たルキウスは、思わず驚愕に目を見開き、次いで愕然とする。
「なに?……あれは……ブラッド・オーガ!」
ルキウスの言葉に周囲の隊員達にも緊張感が走った。ブラッド・オーガはランクBの魔物だ。本来ならばここら近辺には生息しておらず、何かの偶然で発生したとしても、こんな所に現れる様な魔物では無かった。何故それがこんな所に、という疑問が隊員達の間によぎるが、全員が一瞬でそれに応じた行動に移る。それは、学園生達を確保し、撤退する為の動きであった。
「総員周囲の学生を警護しろ!攫われた学生については今は諦めろ!」
そして、それはルキウスも同じだ。その言葉を聞いた瑞樹が憤る。
「桜ちゃんたちを見捨てるんですの!」
「奥様へと即座に連絡を入れろ!現状ではブラッド・オーガを相手にできん!このまま撤退する!」
憤る瑞樹の言葉を無視し、繰り出される命令に、一条も抗議の声を上げる。
「ルキウスさん!それでは!」
一条の言葉にルキウスはようやく一条と瑞樹に意識を割く。
「瞬、神宮寺さん。あいつはオーガじゃない。オーガの上位種のブラッド・オーガだ。今の俺達ではお前達を守りつつ、攫われた天道会長達を救うことはできん。」
「なんとかでき……畜生!」
振り向き、ルキウスの顔に浮かんだ苦渋を見た一条は、現状での救出が不可能であると悟った。そうして、一条が手を握りしめて血を流し、悪態を吐いたことで、瑞樹も救出が困難であることを悟る。しかし、そんな三人に対し、上から大声が響いた。
「隊長代行!奥様からの連絡が!……閣下が直々に救助に向う、との事!」
戦場を俯瞰で見させるために上空で待機させていた隊員が、学園生達が連れ去られるのを見て、即座にクズハへと連絡を入れたのだ。その言葉を聞いたルキウスは、ここでようやく安堵の表情を浮かべた。
「……そうか、閣下が動かれるか。ならば安心だ……俺達はこのまま学生たちを警護しつつ撤退だ!」
何処か苦渋の表情ながらも、ルキウスは今度こそ何ら慮ること無く撤退を命ずる。顔に浮かんだ苦渋は、自らの失態に主を動かした事に対してである。
「了解!」
ルキウスの号令に答える隊員たち。今まで何処か僅かに迷いがあった隊員たちの動作が、一気に撤退に向けて加速する。迷いは自らや友の教え子達を見捨てていかねばならない事に対する迷いだ。それが取り払われたのなら、もう迷う必要は無かった。
それに、一連の流れを見ていた一条と瑞樹がわけがわからない、とういうような顔をする。一気に機敏さを増した隊員達の動きに、瑞樹が疑問を呈した。
「閣下とは?」
「……閣下については言えん。」
ルキウスが安堵の表情を浮かべつつ、瑞樹の問い掛けに答えた。
「……信じて、いいんですのね?」
瑞樹が真剣な目をしてルキウスへと問いかける。それにルキウスは力強く頷いた。
「ああ。全員無事に戻ってくる。それは公爵家が保証しよう。」
「わかりましたわ……皆さん!撤退します!」
瑞樹が動揺する学生たちへと撤退を促す。学生たちは全員が悔しそうな顔をしているが、敵勢を把握したことで、やむを得ずそれに従うしかなかった。
「……くそぉ!」
奥歯を噛み締めて、一条が叫ぶ。この戦いはこの後も数多くの戦いを経験する一条にとって、人生最大の敗北として、長き人生が終わるその時まで記憶に残った。
お読み頂き有難う御座いました。




