第50話 休日
訓練が開始されて一週間が経過した頃。多くのものが魔力を顕在化させることが出来るようになり、上達の早い者だと
「おい!見てろよ!」
ある男子生徒がそう言って片足を後ろに下げて腰だめになり、若干上半身を傾ける。更にそこから両手を身体の右側へ持って行き、両手の間に魔力球を顕現させる。
「おりゃ!」
そう言って両手首を接触させ前へ突き出す。手からは球状の魔力が放出された。某有名格闘ゲームの代表技であった。
「なら、こっちは!」
別の男子生徒もそれに対抗して同じようなポーズを取り―ただし、此方は腰だめの時点から両手首を接触させている―、更に何かを大声で伸ばしながら叫び、セリフの最後で両手を突き出す。
「はー!」
此方は球状というより長い棒状に魔力が放出される。某有名漫画の代表技であった。
「すっげーよな!魔術って!」
本当は魔術でなく、魔力なのだが、そんなこと誰も気にしてはいなかった。
「ああ!」
「今度はあれにしてみるか!」
そう言って男子生徒たちはまた何かを始めるのであった。他にも同じように生徒達が漫画やゲーム等物語の中でしか出来ない筈の技を再現しようと試みている。
しかし、興奮しているのは何も男子生徒だけでは無かった。
「見ててねー。」
そう言ってある由利は弓の先に魔力を集めて矢を放ち、用意させた的を全部叩き割る。
「百発百中ー!」
「お見事ー!」
側に居た魅衣も興奮して賞賛する。今度は魅衣がレイピアを構える。
「じゃ、今度は私ね!」
そう言ってレイピアから魔力球を複数放出させ、同じように用意した的を全部一度で叩き割る。
「すごーい!」
「でしょ!」
このように学生達は夢にまで見た魔力を使えるようになって興奮に陥っているのであった。中には仲良くなった隊員に頼み込み、冒険者としての訓練を行ってもらっている冒険者登録していない生徒もちらほら見受けられた。
そんなこんなで、一番始めの休日はそこかしこで狂乱を起こしながら、隊員たちの奮闘もあってなんとか、誰も大した怪我無く、更けていった。
「まあ、出来るのはまだ魔力放出だけなんだけどな。」
そんな学生たちの狂乱を他所にカイトは会長室で本を読んでいた。横には同じように桜と大きくなったユリィが本を読んでいる。
なお、ティナは昨夜から研究室に篭もり研究・開発三昧、ソラは狂乱から離れ、密かに自主訓練を続けている。
現在、訓練は一週間の内、2日が休みであった。冒険者としての訓練を行っていない生徒達も同じ様に5日授業で2日休みである。授業内容はエネフィアの作法や常識等様々である。今日は訓練が始まってから初めての休みとあって、学生たちは狂乱に包まれていたのであった。
「まあ、しょうがないんじゃない?魔術なんてなかったんでしょ?まだ誰も完全にコントロール出来るレベルまでは至ってないけど……習得の早い桜でようやく技の練習に入った所でしょ。次がイチジョウ?だっけ、が魔力コントロールが完璧ってところ。ソラもいい線いってるけどね。」
ユリィはその愛嬌を活かし、そこかしこの訓練に顔を出しては、その様子をつぶさにカイトに報告していた。正体を知る隊員達は止められず、ユリィを単なる妖精としてマスコットの様に思う学生達からは、自慢げにどこまで出来たのかを教えてもらえるので、非常に情報が集まっていた。
「早いって、カイトさんとティナちゃんの方が早いと思うんですけど……。」
カイトとティナはそもそもで論外なのであるが、一応技が使えるようになった、というレベルにしておいた。
「まあ、カイトは皆より訓練が早かったからね。桜も少し早かったけど、それでも筋はいいよ。」
「そうですか?ありがとうございます。」
現在、桜には4人の講師が付いている様なものなのだ。桜の筋が良いのもあるが、この講師の内3人がエネフィアで最高頭脳の一角であるので、上達も一際早かった。
「はぁ……今日はいい天気だし、このまま本を読んでいてもいいかもな。」
コトン、と会長室に備え付けのティーカップで紅茶を飲むカイト。視線を外に向けると、非常に良い青空が広がっていた。
「そうだねー。たまにはこんな一日があってもいいかもねー。」
「そういえば、カイトさんは何を読んでいるんですか?」
カイトが読んでいたのはかなり重厚な書物。学校にはそんな書物があった記憶の無い桜は興味を引かれたのであった。
「ん?ああ、こっちの世界の戦術書だ。興味があったんで、クズハさんに頼んで貸してもらった。」
実際には帰還後にウィルから贈られた書物の一冊の戦術書である。
「桜は何を読んでいるんだ?」
「私はこちらの世界の小説ですね。」
「小説?恋愛もの?」
「ええ。クズハさんから借りました。元々は勇者様のお仲間の妖精さんの所有物らしいです。」
そう言って再び本を読み始める桜。カイトはユリィを見ると、珍しくユリィが羞恥で顔を赤らめていた。
『お前、意外と恋愛小説なんて読むんだな。』
カイトがまだ居た頃に、彼女が読んでいたのは主にカイトと同じく漫画が殆どである。それも、少年向けの物である。それが何時の間にか少女向けの小説を読んでいれば、意外に思うのも無理はなかった。
『……何、文句あるの?』
何処かむすっ、とした気配を漂わせながら、ユリィが返した。
『いや、まあ、ないな。意外とは思ったが。』
誰のせいだと思ってんの、そう思ったユリィだが、知られたくなかったので、会話には上げなかった。
「ユリィちゃんも後で読みますか?」
「あー、いいや。それ読んだことあるし。」
自分の持ち物なので当然である。クズハが勝手に貸し出した事には文句があるが、別に桜が読んでいることに問題はない。
「で、ユリィは何読んでいるんだ?」
「んー、フィクション歴史小説?」
「何故疑問形?」
「勇者の行動を勇者視点で書いた歴史小説らしいんだけど、行動の記述が間違いだらけだから。」
「そうか。」
詳しくは聞かないことにしたカイト。自分の行動がどう書かれているのかは、知りたくなかった。この日は全員、何も大事は起こること無く緩やかに過ぎていった。
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